9章 その後
第45話 報道
事件に関する報道は、ネット上でも即座に拡散された。多くの人たちが断片的な情報を元にソーシャルネットワーキングサービスでつぶやき合い話題を共有した。犯人の男は世の人々から嫌悪され、報道番組では小児性愛と漫画やアニメコンテンツについての相関性をテーマに連日、特集が組まれた。髭を生やしたコメンテーターがこれは大変なことだと主張し、便乗した女性議員が直ちに過激な表現に対する規制を導入すべきだと騒ぎ立てた。事件の二日後には、足の速い週刊誌が被害者女児の家庭環境について調べ上げたありったけの情報を、紙面に踊らせていた。女児の母親は、離婚した三年前から幾度か児童相談所に通報されている過去があった。離婚した前夫と女児の間には血の繋がりはなく、本当の父親は行方不明となっていることも明らかにされた。富山に住んでいる前夫は報道で事件のことを知ったらしく、気にかけてはいるが、会いに行くつもりはないと、雑誌記者の質問に答えていた。
村越はデスク上に雑誌を放り投げると「ひどい話だ」と一人ぼやきを入れた。市原がシャツの裾を捲り上げながら部屋に入ってくるなり、陽気そうな声で挨拶をよこす。
「村越さんおはっす。暑いですねもう六月前ですよ」
「おー」
と気のない返事をする。
お構いなしに市原がしゃべり続ける。
「元気ないですね。どうしました。ひと段落して腑抜けちゃいましたか。根詰めすぎたんじゃないですか」
「まだ終わっちゃいねぇよ。こっからだ」
「なんか腑に落ちない感じですね。気がかりですか」
「色々とな」
村越は市原のようにさっさと割り切れるタイプの人間ではない。とりわけ今回の事件は、彼の心に妙な引っかかりを残したままだった。
「これで一安心ですね」
市原が言った。
「僕らの面目も立ちましたし、女の子が無事に帰ってきたんですから。よかったですよ。終わりよければ、何とやらってことで」
「前向きだな。お前は」
飲みかけの缶コーヒーに手を伸ばし、残りを一口でいっきに飲み干してから、再び雑誌を手元に引き寄せる。
「どうもやり切れないんだ。目を向けるべきところは、他にもたくさんあるだろ。それが無視されてるように俺は感じるんだ」
「僕もその雑誌読みましたよ。日頃は適当なこと書いてるのに、たまに本気出しますよね。あまり好きになれないですけど」
紙面上で大きく取り上げられているのは、加害者と被害者についてのほとんどプライベートに踏み込んだ内容の話ばかりであった。読者がそれを望んでいると言わんばかりに、綿密に調べ上げられている。
村越はそれに不信感を募らせていた。
「今回の事件を俺は近くでずっと見てきた。ただの偶然だとか、安っぽい恨み辛みなんかで起こった事件じゃねぇだろ。それが紙面に載せるとどうしてこうなる。上っ面ばかりだ」
「そんなもんですよ。上層部はみな、ほっとしてますよ。責任は果たしたって」
着席した市原がスマホをいじりながら、つぶやいた。
「よくやったって言えるのか? 俺には到底言えないけどな」
「どうしてですか?」
村越の指摘に、市原が顔を上げる。村越は不満たっぷりに、胸の内を吐き出した。
「ホシを上げただけで、おしまいになる問題じゃないだろ。そりゃ俺たちにとっては、事件解決したらいったんはおしまいだけどよ。そこに関心が向かうのは、どうも納得ならない」
「後味が悪いのは確かですけど」
市原が相づちを打ちつつも、諦めた様子で首を横にふった。
「でも僕たちが出来るのは、ホシを捕まえて裁判に掛けるとこまでですよ。協力した暴走族だって、同じじゃないですか。彼らが更正するかどうかまで、僕たちが面倒見ることじゃないんですよ。やれるとこまでは、やる」
しょっぴかれた族たちは、少年院に送致される者もおれば、釈放された者もいる。何名かの族幹部たちについては、捕まえることすら出来ていない。頭領の女についても、退院後に改めて逮捕状を請求する予定であった。
村越の口からため息が漏れる。
「これじゃいくらホシを上げても、モグラ叩きだ。終わりのないモグラ叩きをやってんだ俺たちは」
「じゃあ村越さんは、どうしたらいいと思います?」
市原からのなんとなしの質問に、村越は閉口した。モグラを出てこないようにするには、警察組織の力だけでは、一刑事の力だけでは、余りにも無力であった。解決するための方策は、よほど巨大で、曖昧で、漠然としていた。
机上に転がしてある煙草の箱を見つめて、村越がぼんやりと返事をする。
「到底、俺には分からねぇよ。でも現状がよくないのは確かだ。変わらなきゃいけないもんが、あまりに多すぎるってことじゃねぇかな」
それだけ答えると、村越は立ち上がり、上着を羽織った。左右のポケットに煙草と丸めた雑誌をそれぞれつっこみ、部屋を後にしようとする。
「外勤ですか? それとも一服ですか?」
市原の声が背に届く。
「会いに行くんだよ彼に。報告することがあるからな」
時計に目をやると、ちょうど昼食の時間帯になっていた。
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