第41話 手紙

 村越は特捜本部で仮眠を取り、翌日の朝から捜査資料の見直しをしていた。せめての目星がつかないことには、下手に県境を越えて捜査に動くことは出来ない。パンをかじりながら、各刑事たちからもたらされる一連の事件に関する情報を、再度洗っていく。すでに再三見ている。それでもわずかな手がかりを求めて、見落としがないかを確かめていた。昼が過ぎ、午後二時前になったところで、市原がやつれた顔で部屋に入ってきて、隣の席に腰を下ろした。

「逃げてった族のうちの何人かが出頭してきましたよ。次から次へと。めんどくせー」

「俺の隣でそんなこと言うなよ」

「村越さん熱心ですね。俺なんてもう、大学卒業してから体力の衰えがひどくて」

「おい邪魔だ。あっちいけ」

「邪険にしないでくださいよ。ちょっと休憩中なんですから。村越さん、ホシの動機について教えてくれたじゃないですか」

「それがどうした」

「僕、その考えに賛成ですよ。ホシは女の子を助けるために、連れ去ったっていうの。昨日、ホシと鉢合わせしたとき、被害者の女の子もなんていうか、一緒になって走ってたんです。恐怖からそんな行動をとってる場合もあるんでしょうけど、少なくともホシは女児をがんじ絡めにして、無理矢理担いで逃げてたわけじゃないんですよ」

 市原が難しそうに首を捻りながら話した。

「それで。なにが言いたいんだよ」

「つまり、なんというか、ホシは無策に逃げ回っているわけじゃなくて、女児と一緒に、行く当てのようなものが、あるんじゃないかなと思うんですよ。カンですけど」

「どこだよ?」

「そこで僕ひらめいたんですけど、秋葉じゃないかなって。だってホシが好きそうじゃないですか。あのホシ絶対、秋葉好きですよ」

 村越はそこまで聞いて、また顔を正面に戻した。

「市原おまえズレてるよ」

 つぶやいてから、村越はふとあることを思い出し、机の上の資料を漁り出した。

「どうしました?」

「ないな。どこ置いた」

 ズボンのポケットを軽く叩いて、今度はジャケットの内ポケットに手を伸ばす。中から捜査録を取り出し、つぶやいた。

「これだ。もう何度も見たんだけどな」

「なんですそれ」

「文通だよ。女児と、その担任教師の」

 四つ折りになっている複数枚の手紙を一枚づつ開いていき、村越はその文面に目を落とした。

「ここ、読んで見ろ」

 市原に手紙を渡す。市原はそれを読み上げた。

「好きな動物はワンちゃんです。ワンちゃんスキスキ」

「その二つ下の行な」

「旅行で行ってみたい場所ってあるの?」

 Q&A方式の手紙には、ひらがなで「ゆうえんち」と書かれていた。市原の視線が村越に向けられる。

「ここだ」

 村越が言った。

「いや、それはないんじゃないですかね」

「どうしてだよ。おまえの秋葉原よりは百倍マシだ」

 村越が急ぐように、席を立った。机の上を整理し始める。ちょうどそこで、通信指令本部より連絡が入った。デスクにある無線機から声が響く。内容はホシの目撃情報だった。三十分ほど前。似た風貌をした二人が、新小岩駅のバス停近くを歩いていたというのだ。

「葛飾区だ」

 デスクの署長が言った。村越はデスクに寄っていき、一課長及び管理官、特殊班長、所轄署長らに向かって口を切った。

「よろしいでしょうか。ホシの向かいそうな居場所が分かりました」

「ほんとか。どこだ」

 デスクの面々は驚いた様子で、思わず背筋をぴんと伸ばす。特殊班長が椅子から腰を持ち上げ、繰り返した。

「場所は」

「遊園地かと思います」

「ん?」

「遊園地です」

 村越は語調を強めて言った。班長は言葉に詰まっている様子だった。隣の渋沢署長が残念そうに眉をひそめて言った。

「村越くん。今日はエイプリルフールではないんだぞ。正気か」

「もちろんです」

 うなずく村越。今度は白神一課長が口を挟んだ。

「とりあえず話は聞く。根拠を言え。それからだ」

「はい」

 村越は返事をすると、先ほどの市原との会話の内容と、担任教師からの手紙を示して、ホシの行き先が遊園地である可能性を説明した。意外そうにしていた上官たちも、話をするにつれ、腕を組んで真面目に耳を傾け始める。

「ホシは立川から、葛飾へ移動しています。そのまま進んで、千葉に入ったんじゃないでしょうか」

「女児周辺の話は、近隣住民への聞き込みをした捜査員たちからも、そのような声が上がっているのは確かだ」

 宇野特殊班長が腕組みしながら、続ける。

「それでも、君のその話は憶測の域を出ないように思うが」

「もちろん承知しています」

 村越が大きくうなずく。

「私は、ここで待っているよりは可能性に賭けたいと思っています。正直これは勘です。外した場合は、笑われても構いません。ぜひ行かせてください」

 村越はいつになく真剣であった。しばらく沈黙していた尾上管理官だったが、村越の熱が伝わったのか、ようやく明るい返事がもらえた。

「そこまでいうなら行って来なさい。ただし、チケット代は落ちないから。自腹切りなよ」

「ありがとうございます」

 村越は礼を言うと、市原を連れてすぐ出発の準備に取りかかった。

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