第40話 落とせない

 なんとしても自らの手でホシを上げたい村越は、時間を忘れて族たちの取り調べと携帯電話の割り出しに精を出した。腕時計に目をやると、時刻は既に二十三時を回っている。終電を気にかけたところで、携帯電話が震え出した。画面に目を落とすと、娘の名前が表示されていた。

「もしもし。春菜か」

 少しだけ逡巡した後、携帯を耳に当てる。

「家に帰ってくるの?」

 娘からの短い問いかけに一つ間を空け、素直に今自らが置かれている状況を説明しようと試みる。努めて真面目な声で返答した。

「よく聞いてほしいんだがな、父さん今外せない用が立て込んでいるんだ。あともう一歩なんだ。俺の仕事は、今までずっとそういう仕事だ」

「帰れないんでしょ」

「そういうことだな」

「一言でいいなよ」

「帰れないんだ」

「今ね、自宅にいるけど」

「母さんも一緒か?」

 期待混じりに尋ねる。しかし素っ気ない答えが返ってきた。

「いるわけないじゃん。私一人だよ。近くで寄っただけ」

「そうか。泊まっていくのか」

「そのつもりだったけど、誰もいないから帰る」

「そうか」

「母さんに電話したの?」

 娘からの嫌な質問に、心が重たくなった。

「父さん今な、外せない用事があるから、終わったら連絡しようと思ってる」

 返事をし終えた頃には、既に電話は繋がっていなかった。

 村越はため息を漏らし、天を仰いだ。

 刑事になって二十五年。一心不乱に仕事に明け暮れてきた刑事人生に悔いはない。捕まえてきた容疑者の数は両手の指では到底足りず、取調室で落としてきたホシの数も、現役刑事の中でも頭一つ抜けている。長年に渡る経験から、ホシの落とし方は十二分に理解していた。しかし未だに嫁と娘の落とし方だけは、分からないままだ。

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