8章 交わり
第39話 行方
取調室から出てきた村越はその足で四階の特捜本部へと向かった。捕まえた族たちからホシの居場所を聞き出そうとするも、みなが知らないと口をそろえて言った。
「どうでしたか主任」
市原が廊下で呼びかけてくる。村越は歩を進めながら、その問いかけに応じる。
「だめだ。どうやら、本当に知らないらしい」
「やっぱりですか。僕が捕まえたあのハゲも吐きませんでしたよ。頭来たんで、すねに蹴り入れてやりました」
市原が誇らしげに胸を張る。
「おまえは取り調べの正しいやり方を覚えろ」
「知ってますよ、もちろん。でも、こっちは足を噛まれた恨みがありますからね。吐くまで蹴る作戦ですよ」
「吐かせようとするな。落とすんだよ。喋りたくなるようにな」
「あいつは落ちませんよ。ただのヤンキーですよ」
「今回は本当に下っ端には聞かされてねぇみたいだから、難しいけどよ。もう一度、女んとこに行ってみるか」
頭領である石垣真夜は渋沢署近くの大学病院で治療を受けている。面会は可能であったが、記憶がはっきりしないらしく、有益な情報を引き出せずにいた。
「あの女は間違いなくブラフこいてますよ」
市原が苛立つ。
「記憶にありませんと言えば許されると思ってるんですよ」
「嘘だってのはみりゃ分かる。言いたくねぇんだよ。だからもう一度、落としに行こうって言ってんだ」
四階の中会議室の扉を開ける。特捜本部には人が七八人、集まっていた。デスクの周囲を取り囲むように、群れが出来ている。二人もそこへ合流して声をかけた。
「進展ありましたか」
「幹部が一人、口を割りました」
返事をよこしたのは、同じ課の宮内刑事であった。宮内は一課きっての落とし屋である。整った目鼻立ちの涼しい顔した刑事だ。族から情報を引き出すなど造作もないと言った様子で、宮内は続けた。
「私が引き出した情報によりますと、族たちは警察との衝突による混乱に紛れ、ホシと被害者女子を現場から約二百メートル離れた駐車場近辺に移動させ、そこであらかじめ用意していた車が合流し、二人を乗せて北へ向かったようです」
「北とは?」
村越が聞いた。宮内刑事が答える。
「具体的な行き先を知っているのは、運転手だけのようです。ただ、ある男の元へ向かったという証言は取れました。族の頭が顧問と呼んでいた男です」
「顧問? 族のOBですか?」
今度は市原がつぶやく。宮内は首を横に振って答えた。
「OBではないようです。幹部の連中も実際に会ったことはないらしく、男がどういう伝手で、頭と接触を持ったのかも知らないと言っていました。名はさいおんじきみあき、漢字で書くとこうです」
机上に置いてあるノートの隅に、宮内が字を書いて説明する。漢字表記は西園寺公明であった。
「それは本名か」
「偽名のようです」
村越の問いに、宮内が答えた。
「次から次へと変な奴が出てきやがる。なら、その運転手を仮に当たってもホシにたどり着けるかまでは、はっきりしねえな。用心深い奴だろ」
「ええ。そのようです」
宮内が相づちを打って、さらに続けた。
「ホシに携帯を持たせたそうです。ただ、この携帯が誰のものかまでは」
「女の頭からは携帯を押収している。誰かの携帯を貸し出したのかも知れない。調べてみるか?」
「特定するんですか? 気の遠くなる作業ですね」
市原がため息をついた。
携帯の持ち主を特定できれば、位置情報からホシの向かった先を割り出せるかも知れなかった。しかし携帯の持ち主が、必ずしも捕らえた族たちの中にいるのかどうか、その保証はどこにもなかった。それでも現状で得られたありったけの情報である。ここからどうやってホシの居場所を特定するのか、知恵を絞る必要があった。
日が暮れ、午後十時を過ぎても、捜査員たちの取り調べは続いた。ホシが所持している携帯の持ち主の特定及び顧問と呼ばれる男の素性調査に時間は割かれた。とそこへ、警視庁から一報が寄せられる。
山部係長が声を大にして言った。
「立川の商店街でホシの目撃情報が入った」
特捜本部に詰めていた刑事たちはみな、デスクに視線を走らせる。ホシは族の証言通り、北へと移動していた。
「警視庁の各課員らが現在、周辺の捜索に当たっている」
「向かいますか」
と一人の刑事が尋ねる。しかし山部係長は悔しさを滲ませながら、ゆっくりと重い口を動かした。
「捜査協力を申し出たが、ハネつけられてしまった。向こうもそうとう頭にきてるみたいだ。我々に出来ることは、非常に残念ではあるが、県境の検問を強化することくらいだ」
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