第37話 熱
二階に戻ると、雛子が目を覚ましていた。
「雛子ちゃん大丈夫?」
呼びかけに、雛子はさえない様子で頭を下げる。俊一はベッドに腰掛けて、雛子の顔色をうかがった。頬が赤らみ、瞼は重く少し痩せこけて見えた。額に手を当ててみると、熱かった。
「熱があるみたい。どうしよう」
俊一は狼狽した。部屋を見回してみるも、なにも置いていない。あわてて携帯のGPS機能を使って、周辺に薬局がないかを探した。雛子に部屋で待っておくように伝えて、二キロ先の薬局に解熱薬を求めて走った。幸い金はまだ余裕がある。
それでも途中で風邪薬でいいのか分からなくなって、また部屋に戻ってくる。西園寺が部屋に戻ってきていたので、雛子の症状を診てもらえないか頼んでみたら、そんな知識はないと言われて断られた。病院はすでにどこもしまっているらしく、身元を調べられることを考えると、どのみち連れてはいけない。
俊一はネットであるだけの知識を検索して調べた。小児科の先生にメールで連絡を取り、運良く返答がもらえた。安静にして体力の回復を図ることと、熱が下がらなければ病院へ連れていくことを勧められた。再び薬局へ走って、体温計と解熱薬を購入し、コンビニで消化のよい食べ物を買って、部屋へと戻った。雛子は昼以降なにも口にしていなかったのだ。食欲がなかったらしいが、少しだけ口に入れてもらい、濡れたタオルで身体を拭ってやり、あとは薬を飲ませて寝かしつけた。時間はあっという間に過ぎてしまった。
「ストレスだと思うけどな俺は」
西園寺がパソコンを睨みながら、つぶやいた。
「当然の成り行きだね。もう何日経ってるんだ?」
「四日経ってる」
「そりゃ疲れるよ」
俊一にもよく分かっていた。俊一自身も慣れない場所で寝泊まりを繰り返し、ひどく疲労していた。まだ六歳の雛子ならば尚更である。
「もう諦めてその子、解放してやれよ」
西園寺が言った。
「この近くの駅にその子を置いていくんだ。君は遠くへ逃げればいい
「そんな」
俊一が漏らした。
「出来ないよ」
「なんなら俺が一人で生きていく方法教えてやるよ。ここはもうおまえが来て周辺うろついてたから、どのみち長居出来そうにないしさ、次はそうだな、久しぶりに関西の方へ行ってみようと思ってるから、しばらく付き添えよ。悪い提案じゃないだろ?」
西園寺は雛子を残して、逃げることを勧めてきた。雛子はそう長くない間に、誰かに発見されて保護してもらえるだろう。しかし、それはとても卑怯なことだと思えた。俊一は明確な答えを得られず、曖昧に言葉を濁した。
雛子が眠りにつくとき、不安そうな表情で目に涙を浮かべ、帰りたいと漏らしていた。母親のことを寝言で呼ぶ声がした。俊一は胸の奥が焼けそうなほど辛く、悲しかった。
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