第28話 裏切り

「ビニコンでなんか買ってこようか」

 真夜が俊一に尋ねてくる。俊一はそのような気分ではなかったため、やんわりと断りを入れようとした。だが返事をするよりも前に、真夜は隣のコンビニで軽食を買ってくるように部下に指示を出していた。指示を受けた部下が外へと姿を消す。その後にまた別の部下たちが入ってきて、真夜を呼んだ。一番最初に真夜の脇に控えていたヤンキーたちである。

「姐さん。例のもの持ってきました」

「ご苦労だな。やっぱ、これがねぇと締まらねぇわ」

 受け取ったのはところどころ黒ずんでいる白い特効服である。

「リーマンで言うところの、背広みたいなもんよ」

 スカジャンを脱いでシャツの上からそれを羽織る。髪を纏め上げて、こちらを振り返り話を続けた。

「さっき言ってた男のことだけどよ、連絡が付いたんだ。あいつがお前たちの面倒見てくれるんだと」

「面倒見るって、いったいどこに。その前にここからどうやって逃げるのさ」

 俊一が思っていることをぶつける。

 真夜は自らのバイクに近づいて行き、笑って答えた。

「安心しろよ。ここから出してやることくらい造作もねぇ。あたしらを何だと思ってんだよ。敵に回すと日本一恐ろしいって噂の、渋沢スペクターだぞ? 無駄な心配してないで、腹ごしらえしとけって」

 買い出しから戻ってきた仲間たちからコンビニの袋を受け取ると、真夜は三角おにぎりを二個、こちらに投げて寄越した。それから自分もサンドイッチを頬張り出す。

「二階からヒナを呼んできてくれるか。そしたら走りのうまい奴をなるたけ集めろ」

 部下に再び指示を飛ばすと、真夜は、自らの大型バイクに跨った。

「それでカズキは来ないのか」

 一人残っているヤンキーに尋ねる。ヤンキーはそれを受けて怒りを露わにした。

「カズキの野郎!」

「なんかあったのか」

「そうだ姐さん。あいつが俺たちを売りやがったんだ。サツに垂れ込んだのあいつだって自分で吐きやがった」

「そうかい。あんだけ警察にはチクんじゃねぇっつったのに」

 カズキというのは、俊一が殴り飛ばしたニキビ男のことだ。

「俺が家まで行って、引っ張って来ますよ」

「どうせ逃げてるよ。あいつ背は高くてもチキンだからよ」

「見つけだして袋叩きにしねぇと気が済まねぇ」

「いいよ。あいつは除籍だ。今はそれどころじゃねぇ」

 真夜は怒った様子もなく、むしろさばさばしていた。

 それでも納得の行かないヤンキーから不満が漏れた。

「でもよ姐さん」

「構わないっつってんだろ。それによ、あたしがこの渋沢スペクターの頭領だぜ。部下を統率出来ずによ、裏切り者を出しちまった責任は、あたしが取るべきだろうがよ」

 そこまで言うと、真夜はバイクのエンジンをがんがん吹かせて、フルフェイスのメットをかぶった。赤い車体の改造バイクに、赤いヘルメット。厳ついマフラーが唸りを上げる。特効服の背に刺繍されている金色の龍を見て、俊一はそこではじめて、真夜が族の頭領であるのだと実感を持てた。

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