6章 乱闘
第25話 県境
二日が経った。特捜本部は悶々としていた。女児が連れ去られてからすでに八十時間以上が経過している。警察に寄せられる目撃情報に、信頼性の高いものは未だない。テレビ各局ではニュース番組やワイドショーで大々的に特集が組まれ、世間の注目は高まるばかりであった。警察の重荷も日に日に膨れ上がっていく。県警本部だけでなく、警視庁及び近隣の警察組織も巻き込んでの大がかりな捜査体制が整えられた。ある筋からのタレ込みで京都県警が動いたほどだ。しかし事実誤認であることが判明し、特捜本部は一段と重々しい空気に覆われた。
苦悶の中、とある若い男から不審な電話がよせられた。通信指令より各局へ、すぐさま伝えられたその内容は、誘拐犯の男と女児を匿っているという半信半疑なものであった。
「場所はどこです」
デスクにいる山部係長に向かって、村越が口をきった。
「相模原だ」
「県内じゃないですか」
「県境だ」
かろうじて県内であった。ホシは戻ってきていたのだ。
「私も行きます」
「まぁ待て」
白神一課長が村越を制した。
「すでに何人か捜査員が車を走らせている。男からの通報が本物なら、あまり大事にはしたくない。大勢で押し掛けるのは避けるべきだ」
白神が懸念していることを、村越も理解していた。ホシが匿われている場所には近頃、族どもがたむろしているという噂が立っていたためだ。可能であれば密命で何人かを現場に送り込んで、早期に少女を保護する。荒事にせず解決できるに越したことはなかった。
「くだらん抗争はごめんだ。村越おまえは引き続き女児と母親の近辺を洗ってくれ」
山部係長からも頼まれる。
「もともとおまえが申し出てきたことだろ」
「ホシが戻ってきたなら、捕まえに行きたいに決まってるじゃないですか」
「絶対にいるという保障はない」
諭されて、村越は現場に向かうことが許されなかった。女児近辺を捜査するに従い、村越はますます確信を強めていた。女児が住まうアパートの住人に聞き込みをした捜査員からも話を聞き、女児が母親から虐待を受けていた可能性はますます濃厚となっていた。だけでなく、村越の中ではある一つの思わぬ回答が導き出されそうになっていた。ホシが女児を誘拐した動機についてだ。しかしそれは、推測の域を出ず。捜査会議で話すか話すまいか、迷っている矢先に、ホシの有力情報が舞い込んできたのだ。村越はなんとしても、自らの手でホシを上げたいと考えるようになっていた。この事件の真相を明らかにすることに、村越は執念を持ち始めていた。
部屋を出たところで、ポケットの中の携帯が震え出す。現場に向かっている市原からであった。
村越はもどかしい気持ちを押さえて、携帯を耳に当てた。
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