第11話 足取りを追って

 行方不明となった二人の足取りを追って、数十人規模の捜査員が導入された。ほどなくして、二人が昨日の午後三時頃に最寄りの渋沢駅ホームにいたことが判明する。駅の防犯カメラに二人が手をつないでいる様子が映り込んでいた。これを受けて誘拐事件としての捜査の方向性が固まった。

 特捜本部が立ち上がったのは村越たちが現場から離れて三時間後の午前十一時十二分のことだ。

 渋沢警察署署長大田原及び県警本部捜査一課長白神、管理官の尾上、特殊犯係長宇野らがデスクに詰める。渋沢アパート隣人女児誘拐事件と戒名が付けられた。渋沢署の四階にある中会議室に陣を取り、組閣はしめやかに執り行われた。

 事件当日、被疑者である男と被害者の女児は午後四時十一分に静岡駅で下車、その後、駅近くのコンビニで二人が買い物をする様子が防犯カメラに収められていた。二人が昨日の夜頃に静岡市にいたと言う情報が入ってくるまでに要した時間はおよそ四時間半。事件が起きてから通報があるまでに十七時間近くの空白があったことを考えると、遅れを取り戻すかのように捜査は急ピッチで進められていった。

「ホシの男と連れ去られた女児は昨晩、静岡にいたことが判った。その後の足取りは一切不明。年端もいかない子供を連れたまま夜間に遠出をするとは考えにくい。まず静岡近辺を当たれ。県警への協力要請は済ませてある。それ以上南へ向かっている可能性もある。情報が入り次第すぐに別班も飛べるようにしておけ」

 デスクから白神の声が飛ぶ。正面に並ぶ机でそれを粛々と聞いている険しい顔をした捜査員たち。三十人ほどが集められた。その中に村越と市原の姿もあった。

「どこへ逃げたとしても、お前たちに出来ることは最前を尽くすことだけだ。各々、最大限に知恵を絞れ」

 事件発生から二十時間以上が経っていた。長引けば長引くほど女児の生命の危険が増すことは、捜査員の誰もが理解していた。

「男がどこへ向かおうとしているのか。手がかりを見つけ次第、報告しろ。無策で逃げ回ればやがて資金が底をつく。いいか。そうなったとき男が少女を捨てる可能性は十分にあり得る話だ。時間を無駄にするな。以上だ」

 白神の言葉が終わると、机に座っていた捜査員たちは、目をぎらぎらさせ、競争が始まったかのごとく素早く捌けて行った。

 席に残ったままの市原を見つけて、村越が寄って行き話しかけた。

「おまえとは別行動だ市原。あまり相手に迷惑かけるんじゃねぇぞ」

「分かってますよ。迷惑どころか、感謝される働きをしますよ。見ててください」

「口だけは達者だな。おまえ」

 市原がペアを組むのは所轄署の刑事であった。年は十以上も向こうが上だ。実績もある。

 特捜の捜査員は基本的に二人一組が原則である。県警と所轄署の者がペアとなる。村越とペアを組む相手も所轄署の警官であった。

 市原が席から立ち上がり、ぼやいた。

「逃げた先は順当に南だと思いますか? 北じゃなくてよかったですよ」

「北だとどうなる」

「だって上に行かれたらやっかいじゃないですか。警視庁と合同捜査になってたかも知れませんよ」

「お前、そういうことばかり気にするな」

 村越が市原の額をグーで小突く。

「組織のしがらみなんて、被害者からしたらどうでもいいことだろ」

「分かってますよ。でも実際にやりにくくなるのは、事実じゃないですか」

 市原は半分笑いながら、申し開きの弁を述べる。それでも市原の言い分を村越も少しは理解していた。実際に県境で起きた事件などは捜査の舵取りにあたって組織的な問題が生まれる。全面協力と言っても、そううまく連携が取れたりするものではないのだ。特に警視庁とは噛み合わせが悪かった。

 現在、静岡県警からの協力により、交通要所には検問を配備、女児の身の安全を考え、各報道機関に対しては報道統制を要請、マスコミはこれに従うことが決まっていた。市原たちの班はすぐさま静岡へと飛ぶ予定だ。

 男には向かう当てがあるのだろうか、村越は市原と別れてそのようなことを一人考え込んでいた。会議室を出たところでペアを組むこととなる若手の警官が待っていてくれる。敬礼で出迎えられた。

「応援として加わりました渋沢署交通課勤務の上田です。このような捜査に加われたこと恐縮ですが、全力で努めさせて頂きます」

 その顔と敬礼の仕方に見覚えがあった。最初に現場へ到着したときに真っ先に話しかけてきた制服警官である。今は私服を着ている。特捜本部設置にあたり、所轄署から人員をいくらか選んで集めている。すでに内情を知っている者を捜査員として取り込むのは合理的に思われた。派出所勤務の上田が実際に捜査に当たって役立つかどうかは別としてではあるが。所轄署も人員の捻出に苦労しているのだ。

 上田の身体をつま先から頭までよく観察する。一見口は堅そうに見えるし、なにより村越と違って若く、体力は十分にありそうだった。

「捜査一課の村越だ。よろしく頼むぞ」

 村越が差し出した右手に、上田の右手が重なる。

 二人は話す間もなく、特捜本部を後にした。

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