第7話 母への電話

 壊れた携帯電話を修理に出した。代わりに借りてきた代替機を使って、俊一は母親に電話をかけた。

「はいもしもし」

「母さん、俺だけど」

「俊一? あんた携帯換えたのかい? どうしたんだい」

「母さん。ごめん」

 俊一は思わず涙を流してしまった。ふるえる声でもう一度言った。

「ごめん母さん」

「ちょっと、どうしたんだい。いったい。え? なにがあったんだい俊一」

 引きつけを起こしながら、俊一は床に丸くなって、母親の声をしばらく聞いていた。

「事情を話してくれないと、なにがあったのか分からないだろう。ねぇ」

 母親の声を聞いたとたんに悲しみがこみ上げてきた。昔そんなことがよくあった。しかし安心したからではない。俊一はとても申し訳ない気持ちになった。

「騙されたんだ」

 俊一が言った。

「騙された? いったい誰に?」

「入学費を払えば、すぐにでもデビューできるって」

「入学費? なんのだい」

「声優になれるって誘われたんだ。それで金借りて、返せなくなって」

「あんた……」

 母親が言葉を詰まらせた。

「あんた、受験するって言ってたじゃないか」

「ごめん。でも今すぐデビューできるって言われて、嬉しかったんだ。俺を騙しやがったんだあいつ。くそっ」

「あんたはもう、どうしていつも、そうやって勢いにまかせてそういうことするんだい。俊一」

 母親も悲しい声で、泣きそうになっていた。

 つられて俊一もますます涙を流した。

「ごめん。ごめん母さん」

「親の気も知らないで。あんた今、大丈夫なのかい? なにかされてないのかい」

「家にいるよ。でも監視されてる。金返すまで逃げられないよ」

 俊一は嗚咽を漏らしながら言った。

「すまん母さん。俺、海に沈められるかも知れない」

「ちょっと、ちょっと待ちなよ。今大丈夫なんだろ。母さん、すぐに父さんに言ってそっちに向かうから。早まるんじゃないよ」

「無理だよ。返済は今日なんだ。間に合わねーよ」

「いくら借りたんだい」

 俊一は一つ間をおいて、答えた。

「三十万。ごめん母さん」

「謝ってばかりいても、仕方ないだろう。叔父さんにも頼んで、なんとか工面するから、明日には母さんたちそっちにつくようにするから、知り合いの弁護士さん連れていくから。あんたは危なくなったら、お金返して、じっとしてるんだよ」

「ごめん母さん。本当にごめん」

 電話を切って、俊一は号泣した。資金を工面してくれることは最初から解っていたのだ。母親のことはよく知っていた。自らが危なくなったとき、必ず助けてくれる。そんな母親を騙してしまったことが辛く、俊一は涙が枯れそうになるまで泣き続けた。

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