第4話 ベランダにいる天使ちゃん

「どど、どうしたの」

 声をかけると、雛子ちゃんは驚いたようにさっと立ち上がった。そして俊一から二三歩距離を取る。

「ママは、留守なの?」

 また尋ねると、少女は困惑しながらも首を縦に下ろした。

「もしかして、ママが鍵を閉めちゃったから中に入れないんだ」

 今度ははっきりとうなずいた。

 雛子ちゃんは、猿が口を大きく開けて威嚇している柄の入った白いTシャツ姿に、太ももの前にポケットのついてある膝丈ほどの茶色いズボンを穿いて、裸足で、ベランダに放り出されていた。足下にはランドセルが置いてある。学校から帰宅して休む間もなく閉め出されたのだろう。陽が西へ傾いている。長時間ベランダに座っていた雛子ちゃんは、身体が冷えてしまったようで、幾分か寒そうにしていた。

 俊一はなんてことするんだと内心むかっとした。

「ちょっと待ってて」

 部屋に戻ると、アニメのイラストがプリントされている膝掛け毛布を押入れの中から引っ張り出して、それと冷蔵庫にあるお菓子をいくつか選び、併せてベランダへと持っていった。お菓子を毛布にくるむ形で、雛子ちゃんのいるベランダに放り投げてやる。

「ナイスキャッチだ。うん」

 毛布を受け取った雛子ちゃんは、おずおずとそれを身体に巻き付け、中から飛び出してきたお菓子を拾い上げて、それらをどうしていいのか持て余すようにこちらの様子を伺ってくる。

「えと、いいかい。よく聞くんだ。食べた後のゴミはこの仕切の板の下から、ここからこっちに戻すんだよ。毛布はお兄ちゃんのベランダに放り投げとけばいいから。できるかな?」

 俊一が身振り手振り説明すると、雛子ちゃんは無言でかくりと顎を引いた。俊一に対する緊張が少しだけ解けたように思える。ありがとう、と微かに返事が聞こえた。

 部屋に戻ってきた俊一は、とてつもない剣幕になって、すぐに携帯電話を手に取り、町の福祉事務所に連絡を入れた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る