馬乗り五郎

「昔はここいら一帯は蘇我氏の地だったらしいのです」


 馬商人の老人、馬屋原まやはらがいう。


「なるほどのぅ、それが今では鎌倉殿の直轄地になったのじゃな。ところでもう少し安くできぬかのぅ」


「う~む、さすがに色艶毛並みがよい馬はどれだけ銭を積んでも売れません。ですがそれ以外でしたらこの値段でどうでしょう?」


「むむむ……ならばこれでどうじゃ」


 商人二人は馬の値段交渉に入っている。


 ある程度、値段の折り合いがとれたところで話が変わる。


「それにしてもお嬢さんはいい御家人を見つけましたな」


「む、何の話じゃ」


「ふぉふぉふぉ、私は馬と人を見る目はありますので、あの五郎という御仁は出世しますよ」


「当たり前なのじゃ、あ奴には銭を一生分かけているのじゃからな」となぜか誇るムツ。


「……ほぅ、それならば私も一枚かませてもらいますかね。少々席を外させてもらいますよ」


「うむ、構わんのじゃ」といいニヤリと笑う。


 馬屋原が「おーい」と人を呼んで使用人と相談を始めた。





 一方、五郎は野に放たれている馬を見て回っていた。


 例えば障害物をひらりと飛び越えたら気性があるすぎるとダメ出し、足をつまづいたら運動不足とダメ出し――。


 ムツはそれが気になったので質問をした。


「のうお前さん、その馬の調べ方は誰から教わったのじゃ?」


「昔、父上から教わった。なんでも鎌倉に住むとある御仁がそうやって馬の良し悪しを見ていたそうだ」


「ふむ、馬の目利きは独特じゃしのぅ。お主に任せるのじゃ」


「おう、任せてくれ」


 ムツはどちらかと言うと家畜の良し悪しより鉱物や貴金属など希少な物と市場の価格差を見極める方が得意だ。


 馬は五郎の方が専門だと思い任せることにした。


 五郎はそれから手当たり次第に馬を見て回る。


 ――数時間後。


「うーむ、この中から選ぶべきか……」


 五郎は三頭の馬を並べるが甲乙つけがたく、選べないでいた。


 色はそれぞれ違いがあり、鹿毛かげと呼ばれる濃い茶色が一頭。


 柑子栗毛こうじくりげも明るいオレンジ色く美しい。


 鹿毛かげ白斑しろまだらが特徴的なのはすり寄ってくる。人懐っこいようだ。


 普段は即断即決をする五郎だが、馬に関しては悩む。


 熟考である。


「う~む、う~む。全部欲しいな……」


「竹崎殿、こちらの馬はどうでしょうか?」と馬屋原が言ってきた。


 彼が引いてきた馬はみごとな黒鹿毛くろかげつまり黒馬である。


 五郎はそれを見て即決する。


「これはなかなかいい馬だ。ムツ! この馬にするぞ!!」


「ほう、なかなか良さそうな馬たちじゃの、ではその四頭でよいのじゃな」


「え?」と驚く五郎。


「何を呆けておるのじゃ。竹崎郷の開発にも馬が必要じゃろ。いましがたの交渉の結果、四頭までなら手に入るのじゃ。感謝するのじゃぞ」


「商人というのは本当に! すごいじゃないか!! はっはっはっはっはっ!」


「まて、肩を叩くでない! 折れる妾の肩が折れるのじゃ!!」


「おお、すまんすまん。つい力が入ってしまった」


「あたた、次からは玉のような赤子を触るように頭を撫でるのじゃ。よいな!」


「おう、わかった! こんな感じでよいか?」


 今度は優しく頭を撫でる五郎。


「今はせんでよい! それよりも四頭をちゃんと使うのじゃぞ」


「そうだな。これだけ立派なら荷運びから戦まで何でもこなせる」


 この時代の馬は総じて駄馬である。


 駄馬とはダメな馬という意味ではない。


 駄馬とは荷駄馬のことである。


 荷物を運ぶことに特化した馬という意味だ。


 <島国>での馬の用途は多岐にわたる。


 農地開発に物資の輸送、そして合戦の軍馬になる。


 それは軍馬と家畜馬に違いはないということだ。


 重い物を長距離運ぶという意味では用途が同じだ。


 普段は重い荷物を九十キログラムは乗せて運送させる。


 戦時には八十キログラムになるゴリラが三十キログラムの甲冑を着る。


 つまり約百十キログラム重量ゴリラを乗せて戦場を駆ける。


 競馬というのはこうした用途に使えない。


 競争に特化したこの種の馬は長時間の負荷に弱く、速力のために細くなった脚は痛めやすい。


 そのため洋の東西を問わず軍馬は家畜馬、あるいはそれを品種改良した馬を使う。


 つまるところ五郎は足が太く、分厚い筋肉で覆われた馬を四頭も手に入れた。


「おお、四頭もいれば竹崎の開発も進みそうだ」


 五郎は久々に馬を触れられて、そしてまた鍛錬を再開できると喜んだ。


「これがあっしらが使う馬ですか。おい新入りよろしくな! ――あいで!!」「ぎゃー!」「ひぃー!」


 三人組は先輩風を吹かせようとして馬に噛まれる。


 <島国>の馬は人と長く接するうちに温厚になったと言われている。


 しかし阿蘇の草原のように広大な土地に放し飼いにしていると、野生化して気性が荒くなる。


「ぎゃー! いででっ気性が荒すぎますよー!」


「そうか? むしろ人懐っこいぞ。よーしいいこだいいこだ」


 もっとも武士のいう気性の荒いと庶民の言う気性の荒いは大ちがいだ。


 つまりゴリラにとって噛みつくぐらいがちょうどいい。


「妾にも懐いておるぞ」とムツにすり寄る白斑。


 また何事も例外は存在する。




 五郎たちは馬屋原まやはらと分かれて帰路についた。


「お主らは馬に乗れないのか?」


 三人組は馬を引いて徒歩で進む。


「いや~、五郎の兄貴とてもじゃないけど、うち等には乗馬は無理っす」

「乗りこなせる兄貴はすごいっす」

「うっすうっす」


「ムツも乗れないか?」


「うむ、妾も馬を乗り回すことはできんな」


「そうか、なら今度乗り方を教えようか?」


「ふむ、そうじゃな――いいや巴御前じゃあるまいし辞めておくのじゃ。こ奴らみたいに因縁をつけられても困るしのぅ」


「ムツの姉御、そういじめないでください~」


「確かにそれもそうだな。さあ行け、登るのだ」


 五郎は馴れた手際で馬を操り、険しい山をすすむ。


 馬にはひづめがあり、西洋では蹄鉄という保護具をつけることで蹄を守っている。


 しかし、<島国>にはそのような保護具はない。


 必要ないのだ。


 不要な理由は多岐にわたるが、技術は知っていてもつける理由がなかったのは事実である。


「それより馬の世話役は大丈夫なんじゃろな?」


「ああ、心当たりはある。それにこっちへ行く前に伺ったら馬が手に入ってから言えと怒鳴られた」


「それ大丈夫かの?」


「親類だから問題ない」


 ムツはまた菊池家ゴリラの親類か……と少し不安になった。

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