弓崎の弓職人

「がっはっはっはっはっは!」


 五郎が訪れた屋敷で大笑いする老人がいる。


 名を野中「太郎」長季という竹崎「五郎」季長とは親類の男だ。


 五郎は言う。


「野中翁、馬を四頭ほど手に入れました」


「愉快! 愉快じゃ! それでこそ菊池の者よ! がっはっはっ!!」


 大笑いして喜んでいる太郎は豊前国、野仲郷を拠点とする宇都宮氏の一族の出である。


 しかし五郎と同じく土地を失い親類を頼って菊池家に食客として身を寄せている。


 太郎は領地回復のための準備――馬や武具一式の調達ができなかった。


 しかし自分ができなかったことを親類であり、我が子のように可愛がっていた五郎が成そうとしているのが嬉しくてたまらないのだ。


「ふ~、籐源太! 籐源太はいるか!」


「はいはい、なんか御用ですか?」


 現れたのは野中翁の郎従、籐源太資光とうげんた すけみつだ。


「今日から五郎の馬の世話を任せる」


「え!? オイラっすか!」


「ついでに竹崎郷でその馬を使って耕してこい」


「それもオイラっすか?」


「あと、馬の世話や扱いを農民にも教えてくれ」と五郎も言う。


「いやいやいや、オイラの体はそんなにねーっすよ!」


「言い訳するな籐源太! 一人に教えれば籐源太が二人。三人に教えれば籐源太が四人! 教えながら世話をしろ!!」と野中翁は筋肉の理論で籐源太を説き伏せる。


「よろしく頼んだぞ籐源太」と五郎もいう。


「ひぃ~~無茶苦茶だ!!」


 こうして馬の世話役として籐源太が竹崎郷に来ることになった。


 帰り道、「それにしても五郎殿はすごいっすね」と籐源太が言う。


「ん、何がだ?」


「竹売って馬を手に入れるなんて、普通出来ることじゃないっすよ」


「うむ、それはムツのおかげだな。彼女にはいつも世話になっている」


「噂の奥方っすね。」


「違う!」


 女商人について五郎自身隠していない。


 だから竹崎の五郎には知恵者がついた、と噂になっていた。


「オイラもいい嫁さんが欲しいな~」


「人の話をちゃんと聞け、まあいい。お、ちょうど馬の世話を教えさせたい三人組がいるな」


 竹崎に戻ってくると、「五郎の旦那~」と猿助たち三人組が声をかけてきた。


「それで、新入りの世話係ってのはどこだい。ここは兄貴の舎弟として挨拶を…………ようこそお越しくださささい……まし……した」

「あ、新しい兄貴っすね!」「……ぶくぶく」


 五郎の後ろから現れた籐源太。


 籐源太は発言などは気弱であるが、もちろん野中太郎のしごきによって筋肉質の巨漢ゴリラである。


 いつもの様に、サルは手のひらを返し、イヌは尻尾を振り、トリは気絶した。


「オイラこの子たちに馬の世話の仕方を教えればいいっすか?」と三人組を子供と思っている籐源太。ちなみに同い年である。


「ああ、手が空いたら拙者も手伝うので、それまでは任せたぞ籐源太」


「はぁ~、わかりました」


 しぶしぶながら籐源太が馬の世話のために三人組を連れて行った。


 五郎は武家屋敷――というより掘っ立て小屋に近い屋敷に戻ってきた。


 場所は竹崎の崎、つまり丘の上にある。


 御家人たちは平地に水田を作り、丘の上に屋敷を構えることが多い。


 さらに周りを堀で囲み、さながら砦のようにして有事に備える。


 しかし無足人にそこまでする力は無いので、丘の上の掘っ立て小屋に住んでいる。


 戸を開けるとムツが待っていた。


「おお、五郎。お主に客人じゃぞ」といつもの残念な笑顔で迎え入れる。


「…………」

「お待ちしておりました。と言っています」


 ムツ以外に男が二人いる。


 一目に職人とわかる風貌の初老の男。


 もう一人は若者だ。 職人の弟子だろうと五郎は思った。


「お初にお目にかかります。拙者は竹崎郷の五郎、季長と申します」


「…………」

「わたくしたちは豊後国の弓職人の一派、弓崎ゆみさきとその弟子のツルといいます。弓崎師匠は無口なのをお許しください」


「弓職人だと!!」


「そうじゃ、ほれこの前から港町で大量の竹を売ったじゃろ。流れた竹の質に興味を持ったようじゃな」


 なるほどと思い、もう一度職人の方を見る。


「…………」

「師匠はここで弓を作りたい。と言っています」


 五郎は、そんなこと言ってないだろ、と言いそうになるがその前に道具を取り出して作業に入る。


「まてまて。弓を作ってもらうのはありがたいが、今は金がないぞ!」


「ふむ、値段についてはお主が来る前に聞いておいたのじゃ。材料の竹を売るからそこまで高くないのじゃ。しかし製作に必要な材料を得るためにもう一稼ぎせねばならんのぅ」


「なるほどわかった。では急ぎ――」


 話し合いが済む前に弓職人が五郎の前に来る。


「…………」

「師匠は動くなと言っています」


 弓崎は五郎の手や体つきを見る。


 五郎はその並々ならぬ気迫から従わないと弓が手に入らない気がした。


「…………」

「師は五郎様の体格に合った弓を作りますので、どうか動かないでもらいたい、と言っています」


「聞いたことがある。弓の使い手に合わせて作る奇特な職人がいると」


 そしてそう言った職人は総じて頑固で奇人変人の部類。


 機嫌が悪くなると仕事をしなくなる――気難しい人。


 五郎はこれでは銭稼ぎができないと困る。


「なら銭稼ぎは妾に任せるのじゃ。なにこれまでの商売で顔と名は売れている。問題はないのじゃ」


「そうか、それなら任せた。もし危険がありそうなら籐源太を連れて行ってくれ」


 いつの間にか要人警護の仕事ができた籐源太。


「おお、新しい菊池の者じゃな。してその者はどこにおるのじゃ?」


「三人組と馬の世話をしている」


「そうか、なら後で挨拶でもしておくかの。じゃが護衛はいらぬぞ、妾にも親類はいるからのぅ」


 そう言ってニヤニヤするムツ。


「む、なんだ。何を笑っているんんだ」


「いやいや、気にするでない。むふふふふ」


 五郎は気づいていないが只の商人に屈強な侍を護衛に付けると言ったのだ。


 それはこの時代の武士としてはあり得ないことだ。


 そのことに今さらながら今気づく。


「ムツ、ちょっと待つのだ。いや待ちなさい。何か誤解がある」


「いやいや、そちらも忙しいじゃろう。妾もすぐに出立するのじゃ」


「待て! 話を聞かぬか!」


「…………」

「動かないでください。と師匠は言ってます」


「何も言ってないだろ!」


「…………」

「黙って座ってないと作らないぞこの筋肉。と師匠は言ってます」


「今のはお主の悪口――」「五郎」とムツが制する。


 そこで言葉を飲み込む五郎。


 五郎はとりあえず頭を冷やすことにした。


 職人は気難しい。


 言い争うのはやめておこう――そう思うことにした。


 五郎が落ち着いたのを確認してからムツが一言いう。


「では行ってくるのじゃ」


「ああ、気を付けるんだぞ」



 なお、五郎はこれから数ヵ月は竹崎を離れることができなかった。



――――――――――

苦労人ポジションの籐源太。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る