三枚打竹弓

 この時期の遠距離兵器である弓は世界中に多くの種類が存在する。


 種類が多い理由はそれぞれの環境でもっとも製造しやすい弓が作られてきたからだ。


 例えば遊牧民は複数の材料を組み合わせる複合弓を主に使用する。


 彼らは木材を芯に使い身近な動物の骨や角、それに鉄板や銅板などの金属を張り合わせることで小型化と連射性を実現している。


 その複合弓に対抗した文明国では低練度でも扱える機械弓をそろえることになる。


 中には伝統などの要因で衰退する文明もあるが、大部分は環境に合わせた弓が発達した。


 <島国>においてもそれは例外ではなく、この地で作られる弓は自生する竹を利用した。


 他のどの地域とも違う特徴は全長が二メートル程度になる長弓であることだ。


 これは<帝国>の一般的な弓の倍ほどの長さにあたる。


 この弓の長さは矢の長さにも影響する。


 弓を引いた時の距離が増える分だけ矢の長さが増したのだ。


 これらの特徴は射程や威力に少なからず影響を与える。


 特に矢の質量の増加はその分、貫徹力の上昇を意味する。


 また独特の射法により張力を上げて飛距離を伸ばすこともできる。


 が、この時代の鎌倉武士たちは射程に関しては特段気にしていない。


 なぜならば「血死の勲功」では手負い、分捕り、討死が功となる。


 どれほど安全な場所から矢を射ようがそれは勲功にはならない。


 ただの臆病者でしかないのだ。


 涙ぐましい努力として矢に自らの名前を書いて射る者もいる。


 しかし相手も矢戦を前提とするので分厚いヨロイと楯で守られている。


 結局のところ矢の貫徹力が上がるぐらいは近づかなければならない。


 つまり討死しない程度でかつ手負いするぐらいのギリギリまで前に出るしかないのだ。


 これが鎌倉武士が他のどの時代の武士とも似て非なる所だ。


 それは端から見ると「死に狂いの武士団」でしかない。






 五郎が動けないあいだ、ムツは村々を巡り銭を稼いだ。


 弓代を稼ぐためだ。


 そんなある日――。


 とある農家から希少な鉱物を安く手にすることができた。


「ありがてぇ、ありがてぇ、これで冬は越せそうです。ほれおめえもお礼を言うんだ」


「ありがと怖い顔のお姉ちゃん」


「い、いえ、それではこれで……」と顔をひきつりながら今日の収穫を持って帰路につくムツ。


「よかったな。あともう少し我慢すればおっ母の薬が手に入るぞ」


「うん!」とやつれた子供が言う。


「…………ぐすっ」、その会話を離れた場所で聞いていたムツ。


 このあと竹崎郷周辺の市場で荒稼ぎした謎の商人が、農村や山村でタダ同然の値段で薬や必需品を売り歩くという光景がしばしば目撃される。


 ――しかし、それはまた別の話である。




 ムツが銭を稼いでそれらを弓の材料に変えて竹崎に戻ってきた。


 そして屋敷へ入るとそこには――。


「ふんっふんっふんっふんっふんっ」


 と、刀に重りをつけて素振りをすることで筋肉を鍛えるゴリラ。


 素振りが終わると今度は薙刀に重りをつけて薙ぎ払う鍛錬をする。


 それが終わると今度は馬にまたがり弓を引く練習となる。


 それは室町時代に流派として確立する古武道よりも古い、殺しに特化した荒々しい鍛錬法。


 その肉体は弓を引くことと馬に乗ることのみに特化した異常な筋力。


 発達しすぎた筋力で骨が曲げるほどの肉体、それをムツはしばし眺めていた。



「せーのっ! ふぉお~~~~!!」


 彼女を現実に呼び戻したのは弓を曲げる三人組。


 弓に弦を張るために弟子と作業をしている。


 矢を飛ばすほどの弓は早々曲がらない。


 だから複数人かあるいは体重を上手く乗せて弦を張る。



「ぶっは~!! くっさくっさ~! オイラもう帰りたい……」


 膠を溶かす籐源太。


 動物の皮を原料とした膠、これが竹を張り合わせる接着剤として使われる。


 膠を湯で溶かした膠水を使うが、作ると同時に腐り始めるので臭いがキツイ。


 ムツもここが異様に臭いことに気付く。


「…………」


 無口の職人が何事もないようにコツコツと弓を作る。


 ムツは思う。


「これが末世なのじゃな。うっ……おぇ~~」




 ――閑話休題。




「思うてたより弓が多いのは気のせいかのぅ」


「…………」

「五郎様が鍛錬を始めて体付きが変わったので何度か作り直している、と師匠は言ってます」


 五郎はやっぱり喋ってないだろう、と思う。


 そしてムツの視線に気づく。


「最近は鍛錬を疎かにしていたからな、朝から一通りの鍛錬を続けていた。反省している」


「それは運動不足を反省しているという意味じゃな、お主ら御家人ゴリラはそういう思考じゃからな」


「あっしらは馬の世話をしていたんですが、作りかけの弓をついでに作ろうと弦さんが言うので手伝ってやした」と三人組が言う。


「それで籐源太殿はうぇ……」


「オイラは弓を作るのに必要な、膠を……うぇ。――なぜか最近、周りの農村から貢物が届いて、その中に魚や小動物から捕れた膠があったから溶いて……うぇ」


 農村からの貢ぎ物。


 それは謎の女商人が慈善活動のように薬などを配るときに「竹崎の五郎様のおかげ」と言いふらして回った影響だ。


「……そ、そうなのか~、不思議な事もあるのじゃな~。そうじゃ急用を思い出したのじゃ~」


 ムツはそれ以上聞くのをやめて、そっと男の世界から離れていった。


「ムツの奴、一体どうしたというのだ?」


「さぁ?」



 それから数日して職人が作った五郎用の弓と弟子たちが試で作った弓、数丁を手に入れた。


「…………」

「師匠は旅に出る、と言っています」


「それは構わないが職人なのになぜ定住しないのか教えてくれぬか?」


「…………」

「私たちの考えでは三枚打弓はまだまだ発展途上で、強度の上がる新しい弓を模索しています。しかし里の弓職人たちは上からの命令で大量の弓を作ることしかできません。私は見聞を広めながらゆっくり開発がしたい、と言っています」


「なるほどな、よしわかった拙者も無足の身なので明日をも知れぬが、何かあったら頼ってくれ」


「…………」

「ではいつかまた会いましょう、と言っています。それでは五郎様、いつかまた」


 こうして弓職人たちは竹崎から別の土地へと旅立っていった。



 ――後日。



 五郎とムツは甲冑を手に入れる方法を検討していた。


 そこへ急に戸が開く。


「五郎殿! 御屋形様が呼んでます!」と籐源太が来た。


「なにかあったのか?」


「なんでも馬や弓を手に入れた経緯とか、売った竹がどうなったのか知りたいようでした」


「なに!? まあそれなら正直に話せばいい事だろう」


「いや待つのじゃ。商売の話を細かく話したところで理解できまい」


「うーむ、それもそうだな。いまだにムカムカするが叔父上に嘘は言いたくないな」


 これは五郎という男の生き方だ。


「ふむ、ならばここは嘘偽りなくわかりやすい話をするべきじゃろう」


「わかりやすい話か……それもある意味難しいな」


「まあ任せるのじゃ」とムツがほほ笑む。


 こうして叔父に竹崎郷の近況を報告することになった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る