阿蘇の草原

 神話の時代、ヤマトタケルの父である景行けいこう天皇が九州各地を訪れていた。


 阿蘇あその国に来た時、その広い野がどこまでも続き、人家が見えなかった。


 景行けいこう天皇は「この国に人は居るのか」とおっしゃった。


 すると眩い光と共に二神が人の姿で現れ、「われら二柱がいます。どうして人がいないと思ったのですか」と述べられた。


 この二柱こそ阿蘇都彦あそつひこ阿蘇都媛あそつひめであり、この時からこの国を阿蘇あそと呼ぶようになった。


――日本書紀、九州巡幸『阿蘇国』






 五郎たちはあれから何度か竹を売って回った。


 しかし徒歩圏内では過剰供給となり、すでに旨味がなくなっていた。


 それでも手を変え品を変え売買益を増やしていった。


 ――1カ月後。


 五郎たちは港町を離れて西の山へと向かう。


 その先にあるのは九州最大の牧草地帯が広がり、<島国>の馬の供給を一手に引き受ける場所。


 肥後の国、阿蘇氏が支配する所。


 阿蘇山である。


「旦那~。休憩しましょう~」


 情けない声をあげているのは元荒くれ者たちだ。


 彼らは宋銭や食料を持って山道を歩いている。


「なんじゃもう音を上げたのか、だらしないのぅ」


 ムツは換金性の高い希少物を小物箱に入れて背負っている。


「そう言うなムツ。少し休憩をしたらその宋銭箱も持とう」


 五郎に関して言えばもはや宋銭箱や稀少鉱物の箱を持つのが鍛錬の一環となっている。


「さすが旦那は俺たちと大ちがいだ!」


 ちなみに三人組に名はない。


 庶民が名前を名乗るようになったのは室町時代からだという。


 あえて言うなら職業がそのまま名前になっている場合が多い。


 天涯孤独の荒くれ者にはそもそも名が無いのだ。


 しかしそれでは困るので五郎が適当な動物と助を足して区別することにした。


「さあ休憩は終わりだ。猿助、犬助、鳥助、――ムツは問題なさそうだな」


「妾はこれでも行商人じゃ、この程度でへばりはせん」 


「さっすが姉御だ!」


「お前ら、だれにでもそんな感じなのか?」


 五郎は少々呆れながら重い荷物を軽々と持って山登りを始める。




 そして、森が終わりどこまでも続く平野に着いた。


「本当に森がないとはな」


 五郎は噂に聞く阿蘇の草原を見渡した。


 そこでは馬や牛が放し飼いとなっている。


 数千、いや数万はいるだろう。


 ふと、目を凝らすと土塁がある。


「そこを動くな!」


 若者の声がした。


 五郎が声の方を見ると土塁の上に男が弓矢を持っている。


「拙者たちは馬商人から馬を買いに来た。怪しいものではない!」


 五郎が大声で言うと若者が下りてくる。


「おうおう。俺たちはお客様だぞ!」と猿助。

「そうだ! それを上から目線で動くなってのは……どうとも思ってません……」


 若者が近づくと察したように三人組は萎んでいく。


 若者は筋肉隆々で五郎より一回り筋肉の付きが小さいがゴリラだ。


 庶民が出しゃばる相手ではない。


「拙者は焼米やいごめ五郎でござる! 家畜泥棒かと間違い申し訳ない!」


「――! 拙者は竹崎五郎という! 無足の身なので間違われるのも仕方ない!」


「――!」


 大男が二人並び立つ。


 そして焼米が指をさす。


 その先には的がある。


 焼米は無言のまま弓を引く。


 放つ。


 そして見事に的の真ん中に矢を当てた。


「すごい! 焼米の兄貴は弓の名手だ!!」「尊敬するっス」「うんうん」


 三人組は手のひら返しでゴマを擦っている。


「お貸しするでござる!」


「お借りする!」


 今度は五郎が弓を引く。


 放つ。


「す、すごい! ど真ん中だ! 焼米の兄貴のすぐ隣に当てるなんてすごすぎる!!」「やっぱ俺たちの兄貴だぜ!」「うんうんうんうん!」


 三人組は御主人の下に帰って来た。


 五郎はまっすぐ焼米を見て、無言で弓を返す。


 焼米はそれを無言で受け取る。


 この時、二人の仲である種の友情が芽生え――。


「お主ら筋肉で会話をするじゃない! 話が進まんじゃろ!!」


 さすがについていけないとムツが突っ込む。


「失礼したでござる。奥方殿」


「違う!」

「違うのじゃ!」


 さらにいつものやり取りをしてから若者に馬商人の所まで案内をしてもらうことにした。



「――つまり、焼米とは菊池川の中流にある焼米郷の名だ」


「そう名乗りを上げた時点で、五郎殿が同門と確信したでござる」


「なるほどのぅ。しかし焼米殿は所領から離れたここで何をしておるのじゃ?」


「うむ、残念ながら菊池川は一筋縄ではいかぬ暴れ川。一族からは武芸を磨けと言われたが、皆のために何とかならんかと思っていたところ、ここで家畜泥棒を追い返すという武芸を磨きながら銭を稼ぐ仕事を思いつき始めたのでござる。冬越えの銭を稼げたら帰るつもりでござる」


「そうであったか。拙者も焼米殿を見習って早く馬と弓を手に入れ、また鍛錬に励みたいものだ」


 その後も武芸や阿蘇の畜産について語り合いながら馬商人の屋敷へと向かった。



 阿蘇の草原は土塁で区切ることで飼料となるススキの産地と馬や牛の産地を分けている。


 ススキを大量に狩りいれたらそれらは飼料以外にも水田の肥料にも使われる。


 数万頭もの家畜を飼っているが、それでも大量に飼料が余るので九州中の御家人に売っている。


 そして乾燥した三月頃になると野焼きをおこない草原をまんべんなく焼く。


 そうすることで家畜に寄生するダニなどの害虫や草原を侵食する森の成長を抑制するのだ。


 はるか昔、神話の時代から続く風習だという。


 五郎たちは阿蘇で活動している馬商人のもとに訪れた。


 これが有力御家人なら自前で私営牧場を持っているし、ススキはどこにでも生えているから存外安く済む。


 だがそれ未満の貧乏御家人は馬商人から馬を買うしかない。


 そうなると移動の手間賃を吹っ掛けてくる。


「それでお侍様がわざわざお越しになったのですね」


「ああ、馬が欲しい」


「竹崎五郎殿は素晴らしい弓の名手でござった。それに見合う馬を売るべきでござる」


「焼米殿が惚れこむとはねぇ。ええ、馬はそれぞれ性格が違いますので、こうやってじかにお越しになる方もいますね。銭もあるようですしどうぞ好きな馬を見てください」


 これが御家人じゃなかったら門前払いだが、目の前にいるのは筋肉ゴリラ。


 そして大量の宋銭を抱えてきてくれた。


 商人というのは長年、御家人たちの興亡を見てきた。


 貧乏御家人が『いざ鎌倉!』をして翌日には領主になる。


 だがその反対側には負けた御家人の所領が没収される。


 権力者と貧乏人が一夜で逆転するのがこの時代の御家人たちともいえる。


 そうであるからこそ、この時代の商人たちは武士とのかかわり方を心得ている。


 つまりゴリラで金さえ持っていれば恩を売った方が得と理解しているのだ。


「ところで焼米殿はまだ仕事中でしょう」


「うっ……では竹崎季長殿、またいつか会う日まで達者でござる!」


 そう言って焼米は飛び出していった。


「ああ、いつかまた会おう!」


 五郎はすがすがしい若者に出会えたと思った。



 だが五郎以外の全員はある一つの感情に支配されていた。


『お腹すいた……』





――――――――――

Aso-4とかカルデラとか約1万年前の縄文時代から野焼きしてるとかの説明をしそうになった。

地層と地名の説明に終わりがない。

ヤバかった。_(:3 」∠)_

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