エピソード1:エデンの煙-エピローグ

 1週間後、悟から事後報告会と今回の礼も兼ねて食事会が開かれた。店は早仕舞いさせたので沙良、菜々、藍と悟、俺を含めた5人で高級焼き肉店の個室に入る。


 「随分気前が良いじゃない」

 まるで普段俺がケチのような言い方をする沙良は、好物を前に目を輝かせていた。


 「ああ、川越さんから謝礼を貰っちまってな。勿論最初は断ったんだが……」

 草間逮捕の翌々日、わざわざ届けに来てくれた封筒には「知らぬ間に両親が犯罪に巻き込まれそうになっていたところを助けて貰って非常に感謝している」という旨の達筆な手紙と共に、十万円が入っていた。


 「いいですね!貰えるものは貰っちゃいましょう!」

 はしゃぐ菜々はメニューも見ずに店員を呼び出している。


 「私は葱タン塩とカルビクッパ」


 「ぼ、ぼくも!!同じのを!!」


 悟を藍の近くに座らせたのは失敗だったか……鼻の下を伸ばし、とても見ていられないような表情をしている。


 「それで、どうなったんだ?」

 このままでは埒が明かないので本題を切り出した。流石に悟の表情も切り替わる。


 「あ、はい。まず草間ですが、川越さん両親や鶴瀬さんの他に同じ手口で合計5人に対してエデン入り煙草の販売をしていた事を自白しています。残りの被害者も比較的浅い症状で済んでいる為、解毒治療も早めに終わりそうです」


 「そうか、老人達に対して息巻いてた割には配合されていた量は少なかったもんな。」


 「草間の給料で仕入れられる薬物量なんてたかが知れてますからね」


 「まあな。だが結果的に被害が少なくすんで良かった。あと、ホンボシの方は?」

 草間はあくまで売り子、つまり末端の人物である。その上が必ず存在する為、警察としてはそちらを追いかける方が美味いのだ。悟に花を持たせてやろうという魂胆だったのだが……。


 「そっちは……、結論から言うとダメでした」


 「ダメってなんだ、倉庫がわかればルートも掴めるだろう」


 「そうなんですが、草間の取り調べ中に急遽本庁のマトリが出しゃばってきまして、全て搔っ攫われました」

 

 「本庁?流石に早くないか?」

 

 「それが、本庁で扱っているヤマの一部だった事が判明したそうで、例の倉庫で得た証拠品や草間まで持っていかれまして」


 少し妙だ。本庁預かりになる事は珍しくない。が、あまりにも早すぎる。今回の事件で逮捕されたのは末端の人間、恐らく使い捨ての駒のはず。所轄の取り調べと報告が上がれば十分のはずだ。


 「もう、難しい話ばっかり。せっかくのお肉が不味くなっちゃうよ?」

 

藍が不満そうな表情で話しを遮る。悟の顔が一瞬にして仕事モードから切り替わってしまったので、残念ながら話は終わりのようだ。


 「まあ、そうだな。腹も減った事だし、ご馳走を楽しむか」

 

 沙良はもう誰の話も聞いていな様子で高そうな肉を頬張り満足気。その向かいで菜々はせっせと肉を焼いている。藍はデレデレの悟を躱しつつ、強めの酒を注文するようだ。


 仲間達の楽しむ姿を、ふと冷静に見ている自分がいる。何故、俺はここに居るのだろう。すぐそばに存在しているはずの景色が急に遠のき、幾重にも重ねられた膜に覆われているような感覚に陥る。


また、消えてしまうのだろうか。初めから存在しなかったかのように……。


 

 「どうしたの、大丈夫?」


 気が付くと、沙良の心配そうな表情が目の前にあった。


 「あ、ああ。いろいろ動いたから、少し疲れたかな」

 

 「ぼーっとしてたよ。ほら、美味しいから食べよう?きっと元気も出るよ」

 

 「ありがとな」


 どうやら俺の存在は此処にあったようだ。今は、まだ。

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