2.惚れ薬


 その日の冒険者ギルドは何やら騒がしかった。


 厄介事に巻き込まれないように早々に依頼をこなした帰り道。

 市井を歩きながら、俺は悩んでいた。

 

 後ろを歩くフェルスとアリサは不思議そうに顔を覗かせ、俺の前に立つ。


「なにを悩んでいらっしゃるんですか?」

「どうしたの」

「ああいや……どうしても大貴族が気になってな」

 

 Sランクパーティー、銀の翼がフローレンスの暗殺を依頼された。それに失敗したアイツらは次には俺の命まで狙って来た。


 流石にこれは看過できる状況ではない。


 何か手を打たねばならない、とは分かっているが情報が少なすぎる。


 貧民街の復興も終わった。

 また仲間を危険に晒される可能性があるんだ。手をこまねいて待っているほど俺は馬鹿じゃない。 


「フローレンスに会いに行く」

「えぇ……帰ろうよ~」


 楽観的であるアリサらしい言動だ。危機感が足らん。

 ため息交じりに先頭を歩いた。



 貧民街のフローレンスがいる拠点に到着した。 


「ニグリスさ~ん!」

「リーシャか。なんだ」

 

 泣きべそをかきながら、大量の書類を運ぶリーシャが居た。

 ……凄い高さだな。


「フローレンスさんが仕事しないんですよ~!」

「……怪我でもしたか? それとも病気か?」

「違うんです! そうじゃなくて────」

「ニグリス殿~!」

 

 突如、フローレンスが飛び出してくる。俺の胸板に顔を埋めてゴロゴロと鳴いた。

 何!? なんで猫みたいになってるの!?


 ……フェルスと違って猫の尻尾が見える。


「なんか、特製の惚れ薬を作るとか言い出して……そしたら材料のマタタビが人間に効果を与えるように変化しちゃったみたいで!」

「何やってんだ……?」


 いい香りときめ細やかな髪がくすぐったい。

 うぐ……とんでもない破壊力だ。

 慣れていたけど、フローレンスは滅茶苦茶美人だったの忘れてた。


「は、離れてください!」

「なんじゃなんじゃ! 邪魔するでない! ニグリス殿~!」

 

 フェルスがフローレンスを引き剥がし、グルルゥと唸っているように思える。

 犬と猫。


「アハハ! 犬と猫みたいね! おもろ!」


 笑いごとじゃないが。

 まぁ言い得て妙だなと思った。

 フローレンスはあまり人に懐くタイプではないしな。

 いや、それだけ俺が信頼されているということか。

 

「……話が進まないから治すぞ。治癒(ヒール)」


 状態異常だってお手の物だ。

 俺の治癒は簡単に言ってしまえば、“あったこと“を”なかったこと”に出来てしまうからな。

 

 他の治癒師とは一線を画すことくらい、何となくわかる。

 

「はっ妾は何を……ニグリス殿に抱き着いて、愛してるって言われたような」

「言ってないから」

「言ってないのか!?」


 ガーン、としょぼくれる。

 何を落ち込むことがあるんだ。


「大貴族について聞きたかったんだ」

「……その話か」


 冷静な声音に変わる。近場にあるテーブルへ座るようにリーシャが勧めた。

 ふむ、その様子から見るにやっぱり何か知っているな。


 フローレンスに聞いたのは正解だった。


「正直な話、妾が大貴族に命を狙われていることは知っておった」

「……だから、警備を強化していたのか?」

「そうじゃ。妾には頼りになる人間や後ろ盾もないからの。自分の命は自分で守るしかなかったのじゃ」

 

 なるほど。

 だから貧民街の女帝は恐ろしいぞ、という噂を流し部外者が入ってきづらい状況にしたのか。

 

「元々、大貴族の噂は聞いておった。闇商売による奴隷売買、稼いだ金を賄賂として使っていると言うのが有名で、貧民街を支配できてしまえば闇市場を手に入れたも同然。だから妾の命を狙っているのじゃと、思っていた」

「思ってた?」


 違うのか?

 それだけでも十分理由にはなると思うし、納得できてしまう。


 大抵の人間は欲深い。とめどなく欲は溢れて、求めてしまうんだ。

 

「……そうじゃった方が、どれほど楽だったろうか。聖教会に侵入させている妾の部下によれば、例のアゼルとかいう男の魔法陣は、大貴族が与えたものらしい」

「何ですって……? じゃあ王国が私たちを消そうとしたってこと!?」

「確かに、王国にとっても妾たちは邪魔な存在じゃ。そう思えば辻褄は合う」


 嫌な話だ。

 一つの地区を潰すためだけに、あんな化け物を解き放ったと言うのか。王国って、そこに暮らしている人たちを守るのが仕事じゃないのか。

 ……静かに暮らしている人を傷つけてまで、自分たちの利益を求めるのか。

 

「妾も相当頭に来とる……名前まで調べは付いた。宰相の右腕にして実質的な国の中枢を握る大貴族。アルファード・エラッドという者じゃ」

「エラッド、か」

「それと、聖騎士団の姿を王都で見かける報告が多くなった」


 聖騎士団。

 少しは知っている。

 聖教会の持つ最大戦力とされる最強騎士団だ。


 団長が聖剣とやらを持っているんだっけか……?

 どういった効果があるかはよく知らない。


「特にニグリス殿は気を付けるべきじゃろう」

「いや、別に何もしてないから問題はないと思うんだが」

「……もしや、何も知らぬな?」

 

 えっ何かあるの。

 急に心臓が驚く。

 悪い事でもしたっけか。


「ニグリス殿は貧民街では英雄扱い。王都では陰の支配者なんて呼ばれてるのじゃぞ」

「はぁ?」

「当たり前じゃろ。Sランクパーティーを一人で潰し、黒龍と呼ばれる化け物を討伐して見せた」

「い、いや……あれは一人じゃ勝てなかったんだが」

「噂には尾ひれが付く。わ、妾的には? このまま夫婦となって二人で貧民街を支配するのもアリだと思って居るのじゃが……」

 

 指先をツンツンと合わせて照れている。

 なんだよ二人で支配するって、傍から見れば悪役の台詞だわ。


「……なんでそんな話が広がっているんだ」

「貧民街には商人もたまにやってくるからの、噂を耳にして王都で情報が売られてしまうのは仕方のないことじゃ。今や、ニグリス殿の情報は高い金でやり取りされておる」


 なるほどな。

 ……滅茶苦茶厄介な話だ。もう少し、静かに暮らしたいんだがな。


 陰の支配者か……。


「ところで、復興祭とやらをやるのだが、来るかの?」

「行くわ! 美味しいご飯とか出るんでしょ!?」

「魔法使いの娘には聞いとおらんが……まぁいいじゃろう。お主にも世話になった。欲しい物があれば何でも言え」

「マジで!? やった~!」

「業腹だが……エルフの小娘にも欲しい物をくれてやる。何でも申せ」

「……え?」


 フェルスは虚を突かれた面持ちをして、剣の柄に触れた。


 アリサは欲に素直だな。

 復興祭か。街がどんな感じに直ったか気になるし、行くか。

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