1.≪呪いの少女≫


 呪われた少女の名はアルテラ。

 両親は既に他界し、聖騎士であるジャンヌを姉として慕っていた。


 王都の会議に出席するため、宮廷へやってきていたアルテラたちは少しの間だけ庭園に居た。

 アルテラは膝を土で汚しながら、花を摘んで冠を作る。


「できた……っ!」


 上手にできたことを喜んで、自身の姉であるジャンヌに近寄った。


「お姉ちゃんっ!」

「……なんですか、アルテラ」

「あ、あのね……っ!」

 

 隠すように持って近寄る。だが、汚い、と言われないだろうか。ゴミを作るな、と言われないだろうか。


 唐突にそんな不安がアルテラを支配した。

 そのせいで何も言えなくなってしまい、口が言い淀む。


「聖騎士団長ジャンヌ様! そろそろ会議の時間です!」

「もう時間ですか。行きますよ、アルテラ。そんな花は捨てていきなさい」

「えっ……気づいてたんだ……う、うん……捨てるね……」


 気持ちを込めて作った冠を捨てろと言われ、心を殺しその場に捨てた。

 

 名残惜しく眺めながら、後ろを歩いて会議室の前に到着する。

 入口を警備する兵士から引き留められた。


「ここから先は部外者の立ち入りは禁止です」

「……私の妹です。目を離す訳にはいかないのですが」


 アルテラは、常にジャンヌと行動していなければいけなかった。

 聖剣『アロンダイト』を持つ姉だからこそ、アルテラは生きることを許されているのだ。


 ────『アロンダイト』は、いつでもアルテラを殺せる剣だから。


「会議の情報漏洩を防ぐため、と国王陛下の命令です」

 

 国王陛下の命令とあれば、例えジャンヌであろうとも逆らうことはできない。

 他の人に預けるにしても、自分の部下で信頼における人物は今ここにはいない。


 ……不安ではあるものの、近場の花壇にいるようにアルテラへ伝えた。


「いいですか、すぐに戻ってくるので誰とも会ってはいけません」

「はい、お姉ちゃん。お仕事頑張ってくださいね」

「ええ、大人しくしているのです。それと何があってもを外してはなりません」

「……それも分かってます」

「では、行ってきます」

 

 姉妹であるはずの二人。

 その距離感はとても遠く、事務的にこなす姉に物足りなさを感じるアルテラだった。


 ジャンヌの後ろ姿を見送ると、入口を警備している兵士に侮蔑の視線を向けられた。


「何を突っ立っている。さっさと失せろ……忌々しい。早く死ねばいいのに……呪いの子め」

「……ッ!!」


 スカートの裾を掴んで、気持ちを押し殺す。


 泣いちゃダメだ。


 またお姉ちゃんに迷惑をかけることになっちゃう。

 

 隠さぬ悪意に晒されながら、力いっぱい耐える。


 自分の立場を理解し、守ってくれている存在がジャンヌであることを聡いアルテラは分かっていた。


 迷惑はかけたくない……私のせいで、もうお姉ちゃんは不幸なんだ。私が我慢すればいいだけなんだ。


 宮廷の手入れが行き届いた庭園を歩く。手袋越しに、好きな花に触れて微笑んだ。


「……直接、触ってみたいな」


 手袋越しに触る花はどこかガサついていて、壁を感じた。

 私と違って、花は美しい。

 

 雨や風に負けないで、踏まれても立ち上がる。しかも綺麗に咲くんだ。


 私は簡単に折れちゃう。

 憧れないはずがない。

 

「やあ、こんにちは」

 

 優しそうな年老いた男性の声がした。

 ちょうど太陽が後ろにあって、顔はよく見えない。


「こ、こんにちは……」


 誰だろう、この人。

 お姉ちゃんに知らない人とは話しちゃいけないって言われてるけど……挨拶しちゃった。


「花が好きなのかい?」

「は、はい……」

「それ、ロベリアの花だろ? それは僕が植えたんだ」

「ロベリア……? おじ様もお花が好きなのですか?」

「まぁね、少しだけど」


 紫色の花の名前を知らなかったアルテラは、共通の趣味を持つこの老人に興味を惹かれた。

 老人。大貴族であるエラッドは頬を歪め、ロベリアの花を摘み取った。


「花言葉を知っているかな?」

「すみません。私の育てている花以外はあまり詳しくなくて……」

「教えてあげよう。その花言葉は『謙遜』だよ」

「まぁ! 素敵ですね!」


 謙遜という言葉にパッと表情を明るくした。

 可愛らしく、乙女のようだった。


「……でもね、僕はそれが嫌いなんだ」

「え……? 素晴らしい花言葉ではありませんか」

「君はそんな人生が良いのかい? 自分を抑え込んで、望むような生き方もできない人生を歩むのかい?」

「どういう……ことですか?」 


 風が吹いた。アルテラは心臓を掴まれたような気持ちになる。

 自分を抑え込んできた人生だった。望むように生きる生き方に憧れた。


 呪われた子。


 みんなが憧れるはずのスキルは、時に呪いになる。


「……何が欲しい? 君が欲しいと思う物はなんだい? 僕がそれをあげよう」

「い、要りません……っ! 近寄らないでください!」


 危機を感じた。

 この老人は危険だ。


「あぁ……言っておくべきだったかな」


 アルテラに手を伸ばし、どこまでも不快な笑みを見せた。


「ロベリアの花言葉。もう一つは“悪意”だよ」


 純粋な少女に、悪魔が触れた。

 ジャンヌが離れて数十分の出来事であった。


 彼女、アルテラの持っているスキルは『原初の崩壊』。

 呪いの子として生まれ育ち、死ぬことを定められた少女は生を望んだ。

 

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