3.夜の月


 復興が終わり、前よりも少しは豊かになった貧民街は活気に溢れている。


 月が見える日に、外で食べる飯は格別だな。

 オードブル料理が運ばれ、住民が集まってガヤガヤと喧噪を響かせていた。


「な、なんでこんな格好させるんですか~! 皆さんも人が悪いですよ~!」


 リーシャはアリサに無理やり連れられ、バニー姿にさせられていた。

 てか、リーシャって三十代前半くらいじゃなかったか? かなりキツい感じもしなくはないが、給仕姿がやけに似合う。

 やはり元とはいえ、冒険者ギルドの受付嬢はかなりの美貌だ。


 アリサがリーシャを見て爆笑していた。


「うおおおっ! 元冒険者ギルドの美人受付嬢リーシャちゃん! 可愛い!」

「いいぞ~!」

「バニーを着させるなんてナイスだぜ、魔法使いの嬢ちゃん!」

「おうよ! 任せなさい!」


「は、恥ずかしいのでやめてくださいっ!」


 目尻に大粒の涙を溜めながら言う。

 リーシャはアリサに逆らうことが出来なかった。

今までニーノ人と馬鹿にしてきてしまった罪悪感があるんだろうな。

 

 ……たぶん、アイツは差別されたこと気にしてないだろ。

 まぁ楽しんでいるのならいいか。


「あ~面白い」

「ほどほどにしてやれよ。イジメすぎても可哀想だ」

「分かってるってば。あっねぇニグリス、最近王都でこんな話が広がってるの知ってる?」

「どんなのだ?」


 王都なんて色んな話があるんだ。

 どうせ大したことじゃないだろ。


 適当に聞き流しつつ、飲み物を口に含んだ。


「なんかね、とある少女がスキル持ちなんだけど、それが呪われてるんだって!」 

「スキルが呪われてる? なんだそりゃ」


 スキルは本来、神の恵みとすら呼ばれる物だぞ。

 持っている人間は総じて選ばれし者だ。


 だが、俺の鑑定スキルは少し弱い。

 アリサのスキルはよく分からない。


 スキルと言ってもまだ不明な点が多く存在するのは間違いない。


「……呪いか」


 呪いであれば、俺は治癒することが出来る。

 でも、それがスキルであるのなら……。

 

 アリサの話を頭の中で考えていたから、ジョッキが空になっていることに気付かなかった。

 あっ水が空っぽだ。

 ……お酒を飲んでいるように見せかけてるけど、実際飲めないんだよなぁ。

 

 アリサなんて一気に飲んで「ぷはぁ~! 最高!」なんて言ってるし。運んでいる飲み物も全部酒だ。

 水を頼みづらい……。

 

 ええい、気にするな。

 近くに居た給仕に声をかける。


「なぁ、おかわりが欲しいんだが」

「はい! ただい────あわわ! 痛っ! つぅ~」


 俺が話しかけたせいで前を見ていなかったのか、零れた酒でぬかるんだ地面を踏んでしまい、給仕の女性が怪我をしてしまった。

 すぐに治癒する。


「大丈夫か?」

「は、はい……た、立てないかも……」

「いや、もう治した」

「ふぇ?」


 呆気にとられ、数秒ほど動かなかったがすぐに表情を明るくして俺の手を握った。


「あぁ! もしかしてあなたが貧民街の英雄ですか!?」

「え、英雄……?」

「凄い治癒師の方が居て、貧民街を救ってくれたってみんな知ってるんですよ!」


 その声に反応して、周囲に居た人々も一気にこちらを見た。


「英雄って?」

「も、もしかしてニグリスさんかい!?」

「本物!?」


 どっと視線が集まる。

 ……マジかよ。


 顔を引き攣らせて、苦笑いを浮かべた。

 注目されるのは得意じゃないんだが……。

 

「あーあ、ニグリスやっちゃった」

「見てないで助けろよ……」

「あたしは飲むので忙しいの」


 誰か助けてくれそうな人は居ないだろうか。

 席に座っているアリサは既に出来上がっていて、酔っぱらっていた。


 そうえいばフェルスはどこ行った。それにフローレンスもいない。

 ……何してるんだ?


 *

 

 あの場から抜け出して、俺は息抜きをするために人気のいない場所へ来ていた。

 ここら辺なら、静かに過ごせるはずだ。


「やっと抜け出せた……」


 すると、剣戟の音が聞こえてきた。


 何事だ。


 音のする方へ向かい、静かに様子を伺った。

 そこには剣を握っているフェルスとフローレンスが居た。


「退屈じゃの。身体強化の魔法を使わねばこの程度か」


 何やってんだ。

 止めに入ろうか悩んだものの、雰囲気が少し違う。

 殺気がない。まるで、フローレンスに剣を教わっているような感じだ。


「息を乱すな、剣を持て、羞恥を捨てろ、戦いに卑怯も恥もない。戦いは、命の取り合いじゃ」

「……はぁ、ん。分かってます」

「エルフの小娘。お主は無意識に魔法に頼っておる。それは魔法剣士として当たり前ではあるが、剣そのものの基礎は上がらぬ。それに独自に編み出した剣術のせいで変な癖まであるしの」


 ……俺が教えることのできない部分だ。

 俺は剣士じゃない。

 剣士適性Sもあり、人を導き、人の上に立つフローレンスの説明は非常に理に適っていた。


「直します、全部」

「なぜじゃ。妾からすれば、今のままでも十分に強い。そこら辺の敵には負けんじゃろう」

「届かないからです。あなたにも、アリサさんにも届かない。私は弱いから……これじゃあ、ニグリス様の傍には居られないんです」

「それで嫌いな妾に頭を下げてまで頼んだのか」

「……はい」

「……良いじゃろう。もう少し付き合ってやる」


 徐々に自分を表現するようになってはいたが、自分の意思で歩き出したことに頬が緩んでしまった。


 ……また成長したんだな。


 俺は眼を瞑って、静かに響く剣の音を聞いていた。


 

 

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