過去を見れば、未来は見えない

 予定通りというべきか。

 結局、この場所で睡眠まで含めた休息を取ることになってしまった。


 ワルヤは、当たり前に立て膝。そしてロングソードを抱えて。

 一方、カリトゥは完全に寝袋に脚を入れてしまっている。


 ワルヤはカリトゥをまるで小さな女の子のように扱っていた。カリトゥは、それに抵抗していたが、ワルヤが別に要求していた、


 ――カリトゥが面会から、どのように過ごしていたか?


 を説明するうちに、寝袋に押し込まれてしまったのである。


「……何だそれは。その双子、リタとルパって名前の。それとアルジュンも含めて、君とマコトそのままじゃないか」

「…………」


 呆れたように、ワルヤがカリトゥの説明を混ぜっ返す。

 それに対して、寝たままふてくされるカリトゥ。


 やがて、ボソリと呟いた。


「…………マコトさんが、アルジュンさんたちを気にかけていたのは本当です」

「そりゃそうだろ。要するにマコトも懐かしがっていたんだ。おまけに大迷宮にたどり着くまでの苦労も、似たようなことをしている」


 ワルヤが、肩だけで笑っていた。


 今度こそ、カリトゥは黙り込んでしまう。


 何しろワルヤの言うとおりなのだから。


                 ▼


 カリトゥはアトマイアがここまで発展する前の、あの寒村で実に“お行儀悪く”日々を送っていた。

 そんなカリトゥにとって、村を訪れる旅人なんてものはカモでしかない。


 だが、マコトとワルヤのコンビは相手が悪すぎた。

 あっという間に捕まってしまい、マコトに世話を焼かれて現在に至っている。


 探索者としてレベルを上げ、経験を積むことになったのは、言ってしまえばだ。


 それよりもマコトの代わりに村の住人たちとの仲立ちになり、村で商売を始める者達への交渉を繰り返す事の方が、カリトゥにとっては大事な役割だった。


 だからこそカリトゥはマコトの代理人として言葉遣いに気をつけ、立ち振る舞いも人に揚げ足を取られぬように慎重になった。

 そしてそんな自分の変化の方が、カリトゥは成長を実感できたのである。


 一人前の人間になれた。


 それがカリトゥには嬉しかったのだ。

 かつてのアトマイアで、未来あすも見えないままに生きていた、子供の頃には想像することさえ許されなかった夢を持てた。


 そんな過去があるからこそ、カリトゥはまだ小さいリタとルパをいとおしく感じていたのである。

 彼女たちの“世界”を壊したくなかったのだ。


「で、結局デニスのとこに入るのか」

「そう……ですけど」


 まるでカリトゥの心を読んだかのように、ワルヤが話を進めた。


「あれもまぁ、君にとっては繰り返しだな。パーティーの人数が増えて、実際に大迷宮に挑んで、パーティーの中でケンカして」

「ワルヤさんは、マコトさんとケンカしたんですか?」

「違うぞ。マコトはそんな風に説明してないはずだ」


 確かに、カリトゥはそんな風に聞かされていない。

 実際ワルヤがパーティーから離脱したとき、2人の間にどんな事があったのか、カリトゥは知らないままだ。


 それにパーティーから離れたと言っても、マコトとワルヤの間が没交渉になったわけでは無い。そのせいか、カリトゥは離脱を深刻に考えないようにしていた。

 2人はアトマイアで一緒に食事したり、酒を酌み交わすこともあったのである。


 カリトゥはそんな2人を複雑な思いで見つめていたのだが……


「で、デニスのところでも、君はマコトとの探索を再現してると」

「……そんな風に……見えますか?」

「そうだな。大迷宮の探索ってことなら、だいたい似たようなことになるだろうし、“再現”は言い過ぎかも知れない」


 そこでワルヤは、本当に不思議そうに首を傾げた。


「ただ、話を聞く限り君は『理力光渡鞭』を――」

「ワイヤー」

「――使わなかったんだろ? 牛頭人身ミノタウロスに手を焼いていたのに」


 ワルヤの指摘に、カリトゥは複雑な表情を浮かべた。


「そ、それは……あれ使ってしまうと、どういうパーティーなのかわからなくなるでしょ?」


 そして、追い詰められたように弁解する。

 その弁解に対して、ワルヤは素直にうなずいた。


「ああ、なるほど。そういう意図があったのか。確かにな。全部君が倒していってたら、どれだけの力があるかわからない。あそこのパーティーは入れ替わりが結構あるしな」

「そうですよ。それに実際、ミランさんが隠してたわけですから」

「その話は面白かったな。力をセーブしておく事も、それが良いことなのか? という話に繋がるし」


 そこから2人は、探索の間に余裕を常に確保しておく事の是非ぜひについて議論を戦わせることになった。

 もはや休憩とは? となりそうな展開ではあったが、これもまた休憩の一種ではあるのだろう。


 余裕を残しておくことは、議論するまでもなく必要な事だ。

 だが、そういった余裕がある事で油断して、パーティーが逆にピンチにおちいるという現象も当然考えられる。


 そこから個人が勝手に余力を残していた場合、それは許されるのか? という議論に移り、一悶着を起こす。


 今回はミランのやり方がサンプルだったので、その動機があまりにも“子供っぽい”ということで、やがて話の中心になったのは、その子供っぽさの是非ぜひになってしまったのだが。


「……君が力を隠していたのはをするためだと思っていた」


 その議論の終わりに、ワルヤが突然カリトゥに告げた。

 完全に不意を突かれた形になったカリトゥが息を呑む。


 だが、それを助けるようなワルヤの声は聞こえてこなかった。

 仕方なく、カリトゥが声を出す。


 声に出しても、どうしようも無いことを理解した上で。


「……どういう……ことですか?」

「そのままだ。多分だけど、マコトは君に『探索は続けて欲しい』とでも言ったんじゃないか? で、君は律儀にそれを守ろうとしている。マコトと歩んだ過去むかしをなぞるように繰り返し、そして改めてをしようと――」

「もう、いいでしょ!」


 カリトゥが悲鳴を上げた。


「私の話はもういいです! それよりもワルヤさんが何処どこにいたのか! いえ、それよりも――」

「マコトが引退した理由だろ? その説明はもう少し待ってくれ。多分その方が説明しやすい」

「何を――?」

「で、俺がアトマイアから離れていた理由な。つまり君が昔を懐かしんでいる間に、俺は未来あすを作ろうとしてたんだ」


 そんなあやふやなワルヤの言葉に、カリトゥは言葉をつまらせてしまう。


 未来。


 かつて自分が手に入れたと感じていたもの。


「わ、私は何処どこに居たのかと尋ねてるんです」

「それはお楽しみだ。それに、いい加減休まないと、いつまで経っても引退する理由を確認に行けない。先に進むのは賛成なんだろ?」


 ワルヤはそう言って、カリトゥを深層区域こんな場所まで引っ張って来ているのだ。

 そしてカリトゥがそれについていった理由は――彼女もまた知っているのだ。


 人に知られるわけにはいかないマコトが引退した理由を。


 だが、それをワルヤに確認する勇気は持てなかった。

 仕方なくカリトゥは身を丸めて、さらに寝袋に潜り込む。


 ――まるで半人前こどものように。

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