素顔を見ても、説明されても

 深層階層を進む2人の前に現れたのは魔石像ガーゴイルだった。

 とがったクチバシ。背中にはコウモリのような羽根があり、さらにはかぎ爪の鋭い手と足。わかりやすい異形だ。


 そういった化け物を彫像として作る理由は「魔除け」である。

 だが、このモンスターはそんな意図を馬鹿にするかのように、その魔除けの石像が動き出すのだ。


 人間が近くに通りかかると、その石像が突如動き出す。

 それがガーゴイルというモンスターである。


 元が石像であるので、その防御力は半端なものでは無い……はずだ。


 だが2体同時に襲いかかってきたガーゴイルを、ワルヤは事も無げに弾き飛ばした。

 一応、ロングソードを使ってはいたが、ほとんど力任せの一撃である。


 カリトゥは加勢する様子も見せない。

 ガーゴイルは確かに強力なモンスターであるのだが、上位レベルであれば、ほとんど障害にならない。


 その膂力りょりょくだけで砕くことが出来る。


 最高位ハイエンドの探索者とは存在なのだ。


 だからこそカリトゥは、別の事に気を配っていた。


「これ、前にも倒したことがあります」

「俺もだ」


 簡単にガーゴイル2体を砕いたワルヤが、カリトゥの言葉に同意してみせた。

 それは恐るべき告白と言うべきだろう。


 砕いたはずの石像が、復活しているのだ。

 その事実から素直に考えを巡らせれば、石像を――いやもっと大きく考えれば、この区画を管理している何者かがいる。


 そういうことになるだろう。


 そしてこの区画は、深層区画からも様相を変えていた。

 それも劇的な変化だ。


 何しろこの区画は明るい。

 火をともしたような暖かな光では無く、どこか寒さを感じてしまうような青い光ではあったが、行動するのに技能の助けは必要ない。


 さらに周囲の装飾もずいぶん豪華なものになっている。

 もはやこれは大“迷宮”というよりは、巨大な屋敷の中をさまよっていると考えた方が納得出来た。


 現れるモンスターも、先ほどのガーゴイルを始めとして、動く鎧リビング・アーマー火吹犬ヘル・ハウンド、ゴーレムなどと様変わりしている。


 何者かの管理の下にそれらが配置されている――そう考えた方が自然だ。


 それに加えて厄介なのは……


「その先に、トラップがあったはず……これも直されてる」

「わかった。とりあえず休憩としよう。何だか夢中になってしまったが、そろそろ頃合いのはずだ」


 ガーゴイルを倒し、さらに探索を続けていた2人はうなずきあった。

 

 カリトゥにとっても未踏区画が迫ってきている。

 ではワルヤにとっての未踏区域は?


 ……やはりワルヤには謎が多い。多すぎる。


              ▼


 カゲンドラ追放に、ワルヤが協力したのでは?


 ……という疑いは確かにアトマイアに蓄積していた。他にそれが可能な探索者はデニス以外には思い当たらない。

 だがデニスは追放の時に、大迷宮を探索していた事は間違いないのだ。


 そうなると、やはり消去法でワルヤしかいなくなるのだが、実はワルヤにもアリバイがあった。


 追放、というかカゲンドラが姿を消したとき、ワルヤはアトマイアにいなかったのである。


 だがそれは正確に言うと、あの鎧姿スーツアーマーの男がいなかった――という実に頼りない傍証ぼうしょうだけになるのだ。


 ワルヤが兜を外し、鎧を脱いでしまえば、恐らく誰にも見分けはつかない。


 元々、謎の多い男だ。それぐらいの事はするかも知れない、と疑いはさらに深まるのだが、そうなると「何故そんなに隠したがるのか?」という疑問が生じてしまう。


 やり方は強引だったかも知れないが、カゲンドラ追放に関してはであるはずなのだ。


 強引である事も探索者相手であれば、むしろ当然とも言える。


 そこに思い至ると、追放に協力したのがワルヤだとして、それを隠す意味がわからないのである。


 結果として――


 カゲンドラ追放に協力したのは誰?

 そもそも探索者が協力したのか?

 別の街からやって来た「冒険者」の可能性もあるし、帝国の兵士たちがちゃんと頼りになる力の持ち主であるのかも知れない。


 と、いう疑問が浮き彫りになる。

 そして、その疑問は新たな危機感を抱かせることとなった。

 

 ――じゃあ帝国がアトマイアが落ち着いていることを望むなら、まずはそれに協力しないとマズいんじゃ?


 となり、次第にカゲンドラもワルヤもアトマイアの疑惑の中心から外れつつあった。


               ▼


 ――鎧を脱いだワルヤは誰にも見分けがつかない。


 そう言われていたが、それはもちろん真実ほんとうでは無い。

 かつて組んでいた、マコト、バビタ、それにカリトゥにもそれは可能だ。


 探索のさなか、休憩時にはワルヤも時に兜を脱ぐときもある。


 今と同じように。


 2人は手近な部屋に入り、そこでうごめいていたリビング・アーマーをワルヤが力任せに破壊し、カリトゥが警報と簡単なトラップを設置した。


 これで休憩のための準備は整ったことになる。

 2人は腰を下ろし、ワルヤはマントからテントに寝袋、さらには炊事セットまで引っ張り出して、さらには魔術で保存食に熱を加えていた。


 実はワルヤもまた魔術戦士でもあるのだ。

 カゲンドラと同じように。


 だからこそカゲンドラを追放出来たのはワルヤしかいない、という結論に達する者が多くいたわけである。


 魔術戦士ということなら、マコトも同じなのだが……


 そんな魔術戦士ワルヤを、温めたスープが入っているマグカップを持ちながらカリトゥは観察する。


 兜を脱いだワルヤは、かなり西方寄りの容姿であることがうかがえる。

 砂色の髪。湖水のような淡い青い瞳。


 まず美形ハンサムと言っても良いだろう。年齢としは20代後半から、30といったところ。

 しかし考えてみるとカリトゥと初めて会ったときから、それほど変化はしてないように見える。


 やはりこちらも年齢という言葉が似合う。


 そんな謎めいたワルヤ相手に、あれこれと遠回りに尋ねても仕方がない。

 カリトゥは覚悟を決めた。


「ワルヤさん。カゲンドラを追放したんですか?」

「俺はやり方を伝えただけ」


 そして、あっさりとワルヤは答えた。


「言っておくが、カリトゥに聞かれたから教えたんだぞ。これは本来内緒なんだから」

「……そのやり方というのは?」


 優先順位を考えたのだろう。少し間を空けてカリトゥはまずそれを聞いた。


「カゲンドラの奴、ジャラジャラとアクセサリーつけてただろ? その内の一つに『殺一儆百シャーイージンパイ』という宝石ルビーがあって――」

「それ、マコトさんは何て言ってたんです?」

「……『100分の1で裏目に出るルビー』」


 悔しそうにワルヤが応じる。

 カリトゥはそれをスルーしつつ、首を捻った。


「身体強化のための装身具? 効果は高いけれど、何かのデメリットがあるんですね。もしかしてそのデメリットが外から操れるんですか?」

「100分も1も適当だ。これは奴隷に身につけさせるものじゃないか? ……って話をマコトとした覚えがある」

「私知りませんよ!?」

「だって君、あのルビー見つけたとき、まだ子供だもの」


 カリトゥは悔しそうな表情を浮かべるが、話を先に進めることを優先させる。


「それを、帝国に伝えたんですね」

「そう。あいつ、鑑定できなかったんだろうな。俺もマコトも、別にアイツを奴隷にしたかったわけじゃ無いから放っておいたんだが……」


 それが、巡り巡って今回の事件に役に立った――ということになる。

 カリトゥは何だか都合が良すぎる気もしていたが、一応は納得出来た。


 さらにワルヤは、説明を続けた。


「でも、あれはあれで金になるだろ? デメリットは抜きにして。だからとりあえず金にしておいて被害者に補償が出来るなら、そのほうが良い。これが内緒にして欲しい理由だ。こっちが後で買い戻しても良いし、関係無い奴が買っても良いし」

「見抜かれるのでは?」

「多分、あれはマコトじゃないと無理だ。マコトの技能スキルは特別すぎる」


 異邦人が持っているといわれている、特殊なスキル。

 カリトゥも、どういったスキルなのかはわからないが、マコトがそれを持っていることは知っていた。


 となると……


「それで、ワルヤさんはアトマイアを出て何処どこに行っていたんです? 鎧を脱いでアトマイアにずっといたわけじゃないんでしょ? カゲンドラ追放の時にいなかったようですし」


 それもまた疑問だ。

 もっと言えば、あのの後からワルヤの姿はアトマイアから消えている。


「それを俺に聞くなら――」


 ようやく暖まった保存食にフォークを突き刺しながら、ワルヤはカリトゥを睨みつけた。


「――俺にも聞かせろ。カリトゥ。あの面接から、君が何をしていたのかを」

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