第30話 光の神殿へ

「なにそれずるい」


 夜半、帰ってきたティナを誘ってバーへくりだした俺は、昼の出来事をティナに話していた。

 もしかすると、ナーシャやリズから話すかもしれないとは思ったが、このことは俺からティナに話しておきたかった。

 その第一声がこれである。


「怒らないのか?」

「ボクが? どうして?」

「いや、ほら……さ」


 俺が視線を彷徨わせると、少し顔を赤くしたティナが口角を上げた。


「ナーシャの事は知っていたし、リズのことも気が付いていた。むしろ抜け駆けを仕掛けたのはボクだからね」

「俺は卑怯者だ……」

「あははは! 確かに。浮気者で卑怯者で臆病者だね、君は!」


 酒に酔っているのか、なかなか容赦のない言葉が襲い来る。

 だが、そう言われても仕方ないとも思う。


「でもさ、それはボクらも一緒なんだよ」

「え?」

「君に黙っていることがある。もう、薄々気が付いているんだろ?」


 ティナの言葉に、俺は小さくうなずく。

 彼女たちが何かを隠していているのは、わかっていた。

 女同士の秘密に割り込む無粋はしたくない、と考えてもいたが。


「それが何かは、教えてくれないのか?」


 グラスを傾けながら、ティナが首を振る。


「もしかすると、明日にもわかるかもしれないし……墓まで持っていくかもしれない。君に知らせるべきかもしれないし、知られてはいけない気もする。少なくとも、今のボクには決断できることじゃないね」

「そうか……。いや、それならいいんだ」

「やけに素直だね?」


 意外そうな顔をしたティナが俺を見る。


「なんだろうな。わからないんだ」

「なにが?」

「どうするべきなのかが。信じることも疑うこともできるなら、俺は信じたい」


 俺の言葉に、ティナはただ「そっか」と頷いてグラスをあおる。

 それにつられて、俺も黙ってグラスを傾けて、思いを馳せる。


 旅の始まり。巡った世界。仲間たち。

 この旅は得難いものでいっぱいだった。


 それももうすぐ終わる。

 俺が聖剣を得れば、本格的な魔王との戦いが始まるだろう。

 勝てるかどうかもわからない、命がけの戦いが。


「ティナ」

「なんだい? ヨシュア」

「俺さ。平和になったら、もう一度この世界を巡ってみたい」


 思考を整理するうちに、一つの願いが口をついてでた。


「いいね。ボクも一緒についていくよ」

「みんなで行きたいんだ。誰一人として欠けることなく、また同じ道を歩きたい」

「今度は観光地巡りだね。実はボクったら他にも行きたいところがいっぱいだったんだ」


 小さく笑うティナ。

 それに頷いて、俺はまだ見ぬ平和な世界を、揺れるグラスの中に夢見た。



 ハウルゼンでの一週間を終えて、俺達はついに最後の神殿を目指して平野を進んでいた。

 『鷹の平原』は不気味なほど静かで、旅は気味が悪いほど順調だった。


「なんだか、寂しいところね」


 馬車の外を眺めるナーシャが、顔をしかめる。

 俺も同じ気持ちだ。


 どうもこの場所はどこか現実味がない。

 普通、これほど豊かな場所であればもっと様々な気配がするものだ。

 例えば、誰かが畑を作っているだとか、あるいはこの青々とした葉を食む動物がいるとか、それを狙う魔物モンスターがいるとか。


 それなのに、それがまるでない。

 生き物の気配がしないのだ。


「こんなところに、光の神殿があるのか……」

「理由を知れば、納得する」


 やはり何かを知っているらしい黒騎士が、御者席から振り返りもせず答える。

 途端に、幼馴染たちの顔が小さく曇ったような気がした。

 その様子がいたたまれなくて、俺は黒騎士の背中に問いかける。


「アシュレイ。何を隠してるんだ? そろそろ、教えてくれたっていいだろう?」

「まだだよ、勇者殿。秘密を明かすのは君が真の勇者となったときさ」


 幼馴染たちと対比して黒騎士はどこか上機嫌に見えた。

 それがどこか空々しく、そして痛々しく思えて俺の心をざわつかせる。


「さぁ、見えてきたぞ。あれが廃墟都市ファルゲンだ」

「……!」


 それは異様だった。

 だだっ広い『鷹の平野』に突如として姿を現す巨大な城壁。

 所々崩れてはいるが、その威容は充分だ。


「……あれが、ファルゲン。光の神殿がある場所」


 口に出してそれを見据える。

 強い違和感を感じてしまうのは、俺が過敏になっているからだろうか?


 まるであれは……『魔王城』のように見える。


 この命の気配を感じない、どこか拒否感漂う平原で、やけにくっきりとしたコントラストで在るそれは、異常でしかなかった。

 そんな俺の気持ちを置き去りにして、馬車は走る。

 徐々に近づいてくる廃墟都市に、俺達は緊張を高めていく。


「ね、アシュレイ──……」


 意を決したように口を開いたティナが、何も言えずに言葉を切らせる。

 その様子にナーシャとリズも同じく押し黙った。


 どういうことか、わからない。

 わからないが、彼女たちは何かを知っていると感じた。

 かの黒騎士と彼女たちの間に共有される秘密が、ここで明かされようとしている。


 そんな予感が、俺の心をなおざわつかせた。

 自分だけが、のけものにされているような疎外感が心に満ちる。


「な、なあ……みんな。どうしたんだよ? アシュレイもさ、なにか……」


 俺の言葉を遮るかのように、馬車が止まる。


「到着だ、勇者殿」

「アシュレイ……!」


 問い詰めるべき立ち上がった俺に小さく首を振って、黒騎士が崩れた城門を指さす。


「まだだ。でも、もうすぐだ」


 そう言って、黒騎士が先頭を歩き始める。

 俺達は、黙ったままその背を追った。

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