第31話 黒騎士の正体と旅の終わり

 迷うことなく、黒騎士が廃墟都市を進んでいく。

 きっと、ここにも来たことがあるのだろう。そうでなければ、説明がつかない。


 崩れた建物が立ち並ぶ大通りをまっすぐと進む。

 何百年放置されたかわからない石畳は所々欠けてがれきにまみれていたが、俺達の目指す目的地にそれが続いているのは、一目でわかった。


「あれが、『光の神殿』だ」


 先頭を歩く黒騎士が、大鳥居の先にある建物を指して、そう告げる。

 わかる。あまりにも強い気配が、その巨大な建物から発せられていたから。

 あの場所が俺を求めているのが肌でわかった。


 いよいよだという高揚感が心に芽生えるが、それ以上の不安のようなものが胸をよぎる。

 悪い予感。そうとしか思えない、胸の違和感。


「なあ、アシュレイ」

「やっぱり、ここにも来たことがあるのか?」

「……ああ、ある」


 歩きながら黒騎士が答える。

 その声には、俺達と真逆な……どこか安堵のような響きがあった。


「どうして?」

「勇者になるために」

「なれなかったんだよな?」

「……」


 俺の言葉に応えず、黒騎士は歩く。

 そして、そのまま俺達は『光の神殿』へと到着した。


「さあ、行こう」


 黒騎士の言葉に、俺は頷く。

 しかし、幼馴染たちが立ち止まった。


「どうしたんだ?」

「本当に、行かねばならないのです?」


 リズの問いは、果たして誰に向けられたものなのかわからなかった。

 だが、俺がその考えを巡らせる間に黒騎士が答える。


「そうだ。これはヨシュアが真の勇者になるために、必要なことだからな」

「もうどうにも、ならないんだね?」

「それを君は知っているはずだよ、ティナ」


 黒騎士の口調はどこか諭す様で、それでいて寂寥に満ちていた。


「みんな、どうしたっていうんだ?」

「何、なんてことない。さぁ、勇者殿、最後の試練に挑もう」


 そう告げて、光の神殿に踏み込む黒騎士。

 仲間たちの様子にやや不思議に感じつつ、俺もその後に続く。


 神殿の内部は、驚くような光景だった。

 何もかもが磨かれた水晶でできていて、溢れんばかりの光の力で満たされている。

 ここに聖剣があるということを、いやおうなしに理解させられるほどに。


 ……ただ、気配がおかしい。


 今までの試練で感じていたような、はっきりとした気配を感じない。

 これまでのどこよりも強い力を感じるのに、どこかまとまりがないのだ。


 そんな中を進む。

 内部が迷宮になっているというわけでもなく、俺達はその最奥に辿り着いた。

 そう、最奥のはずだ。

 それなのに、聖剣は……ない。


 最奥にあるのは水晶の女神像と、水晶でできた一脚の椅子だけだった。


「どういうことだ?」


 俺は少し焦って、黒騎士を見る。

 その黒騎士は、その椅子をじっと見ていた。


 〝──よく来ました、勇者よ──〟


 突如、神殿に声がこだまする。

 女性のような柔らかな声色。

 それは水晶の女神像から発せられているようだった。


〝──ヨシュア・ヴェルトン。あなたは、試練に望まねばなりません──〟


 こだまする声に反応するように、一筋の光が備え付けられた一脚の椅子に降り注ぐ。

 厳かで強い力を感じる。


「試練とは、なんですか?」


〝──光の試練は、勇者の試練。あなたの覚悟を問います──〟


 覚悟ならこれまでにさんざんしてきた。

 今更問われるまでもない。


〝──あなたは勇者として全てを捧げる覚悟がありますか?──〟


〝──あなたは勇者としてあらゆる犠牲を払う覚悟がありますか?──〟


〝──あなたは勇者として世界の礎となる覚悟がありますか?──〟


 立て続けに響く声に、俺は応える。


「ある! 俺は勇者として、俺の全てを持ってこの世界の平和を取り戻して見せる!」


 俺の返答に反応するように、水晶の椅子へ降り注ぐ光が強くなる。


〝──では──〟

〝──捧げなさい。あなたのための最初の犠牲を聖席に──〟


「犠牲?」


〝──あなたの聖剣となるべき愛する者を聖席に──〟

〝──あなたの聖剣とするべき愛する者を聖席に──〟

〝──あなたの聖剣に相応しき者をせ──〟


 キィン……と何かが断たれる音と共に、こだまする声が途切れる。

 怖気ずく俺の横で、アシュレイが女神像を真っ二つに割いていた。


「やれやれ、何回聞いてもクソみたいな話だ」

「どういう、ことなんだよ……!」


 驚く俺を見て、アシュレイが鉄仮面に手をかける。


「聞いての通りだ。このクソッタレな試練はお前が愛し、お前を愛する者を犠牲にして聖剣を精錬する最悪の苦行だよ」


 鉄仮面が外される。

 そこに現れたのは、とてもよく知る顔だった。


「……あんた……なんで」

「自分に向かってあんた呼ばわりとはな、ヨシュア」


 苦笑する素顔のアシュレイ。

 少しばかり年かさを経ているが、そこに在るのは俺と同じ顔だった。


「どういうことだよ……?」

「俺はお前だったってことだよ。約束通り秘密は明かしたぞ、勇者殿」


 頭の中がぐっちゃぐちゃだ。

 俺はここにいるのに、どうして目の前にも俺がいる。

 しかも、黒騎士を演じていた俺は、俺よりもずっと強くて、大人な俺だ。


 頭の中が『俺』ばかりでまとまらない。


「この瞬間の為に、戻ってきた。なあ、ヨシュア。こんな試練、間違ってると思わないか?」


 そう言いながら剣を振り、女神像を破壊するアシュレイ。


「でも、俺は。犠牲を受け入れてしまった。勇者であることを優先してしまった。世界の為に、愛する人をこの椅子に座らせたんだ」


 その視線が、ナーシャを向く。

 ナーシャはその目に涙をためて、小さく頭を振った。


「……これが、俺の愛したナーシャだ」


 きらめく白銀の剣に指を滑らせて、アシュレイが目を伏せる。

 いつだったか、アシュレイは「この剣以外を佩く気にはなれないんだ」と言っていた。

 まさか、そんな理由があったなんて。


「聖剣を得た俺は、戦った。戦って、戦って……その先に、彼女との未来がないことに絶望し、負けた。なあ、ヨシュア。ダメなんだよ。勇者なんてものが、世界を背負っては」


 アシュレイの足が水晶の椅子に向かう。


「俺は──俺達は、愛する誰かを犠牲になんてしちゃいけなかった。間違った覚悟だった。未来を夢見れない人間が、未来を背負ってはいけなかったんだ」

「お、おい……!?」


 ゆっくりと、元黒騎士が水晶の椅子に腰かける。

 そこに幼馴染たちが駆け寄る。


「ヨシュア……!」

「泣くなよ、ナーシャ。今回は君を失わずに済む。俺のことを頼む。俺は意外と弱音を隠すんだ」

「うん、うん……わかってるわ」


 ナーシャの唇が『俺』にそっと触れる。


「ヨシュ兄!」

「かわいいリズ。お前、あんまり無茶をするなよ。俺とずっと仲良くな」

「わかって……わかっているのです!」


 リズが抱きつく様にして『俺』にキスをする。


「ヨシュア」

「ありがとう、ティナ。俺はきっとまた君に迷惑をかける。でも、許してやってくれ」

「もちろんさ。ボクはいつだって君たちを愛してるよ」


 やわらかにいつくしむように『俺』とティナはキスを交わす。


 幼馴染たちに囲まれた『俺』は、光へと変じながら満足げに笑う。


「さぁ、道案内はここまでだ……勇者殿。申し訳ないが……未来への旅路は──」


 そこまで言って、黒騎士であった『俺』は光と共に砕け散った。

 神殿に満ちる『力』が渦巻き、光の奔流となって水晶の椅子の上で形を成していく。


「アシュレイ。もう一人の俺……!」


 幼馴染たちに抱かれるようにして、一振りの剣がそこに誕生していた。

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