第28話 旅路の約束

 ポートセルムを立って一週間。


 俺達は、街道に沿って国境を越え、カウルハン神聖公国へと歩みを進めていた。

 『廃墟都市ファルゲン』が存在する『鷹の平野』は、この国の北西に位置している。


「この調子なら、日が落ちる前にはメッサーの町に入れるだろう」

「やったね、久しぶりのベッドだ」


 ティナが喜色を帯びた声を上げて、それにつられて俺も笑う。

 こうしていられるのも、ナーシャのおかげだろう。

 夢か現かわからない記憶に囚われてしまいそうになっていた俺を、彼女は『夢のような現実』でもって支えてくれた。


 翌朝に顔を合せたリズはいつも通りだったし、やはり夢だったのだと思う。

 なまじっかあの夜のことが現実だったとして、俺もナーシャと身体を交わらせたのだから責められやしない。


 ……リズに確かめる勇気も、在りはしないし。


「あと、どのくらいなのです?」

「順調にいって『首都カウルハン』まで一週間。その後、さらに『ファルゲン』まで一週間といったところだ。首都から先、『鷹の平野』に町はない」

「じゃあ、カウルハンで一休みしようじゃないか」

「そうね。どうかしら? ヨシュア」


 話を振られて、俺はうなずく。


「そうだな。首都ならうまいものもありそうだし、英気を養うのもいいかもしれない。『鷹の平野』は危険なんだろう?」

「今の君達ならば、そうでもない。ただ、気は休まらないかもしれないな」


 『鷹の平野』に町がないのには、理由がある。

 かの平原には、多くの魔物がいるのだ。


 ──『大暴走』。


 魔物たちが突如溢れ出し、何もかもを破壊し尽くす謎の現象。

 かつて栄華を極めた都市ファルゲンは、それによりたった三日で滅んだという伝説が伝えられている。


 記録によると、その後もカウルハンによる入植計画は何度か試されたようだが、何度やっても失敗に終わった。

 集落を作ろうとすると、きまって魔物の襲撃に遭うらしい。

 それ故にカウルハン神聖公国は、鷹の平野の開発を早々に諦めたようだ。

 代わりに、多くの魔物が生息するため、冒険者による魔物資源の生産地として運用していると聞いた。なかなか強かなことだ。


「もうすぐ、この旅も終わりだな」


 御者席の黒騎士がそう呟く。

 珍しく感傷的だなと、少しばかり驚いてしまった。


「何を言ってるんだ、アシュレイ。聖剣を手に入れれば終わりってわけじゃない。王国に帰って、魔王討伐の準備をしないと」


 おそらく、我が王はいまごろ魔王討伐軍を編成しているはずだ。

 魔王は聖剣でしか倒せない……俺はきっとその先頭に立って戦うことになるだろう。

 聖剣探索の旅は終わる。だが、そこからが本番なのだ。


 それに、これで俺はこの黒騎士を頼りにしている。


 四つの試練を越えた今ですら、この男に勝てる気がしない。

 このような男が俺の隣に立ってくれていれば、魔王に負けるはずなどないと思えるほどに、信用している。


「そうだな。では、まず案内役の仕事を完遂しなくては」

「しかし、『光の神殿』の場所まで知ってるなんて、驚いたよ」

「言ったろう、勇者殿。私もかつて勇者に憧れた人間なのさ」


 『土の神殿』に向かうバルバロ大洞穴で聞いた言葉を、黒騎士は繰り返す。

 だが、あのころとは全く別な風に俺には聞こえた。


「なあ、アシュレイ。この旅が終わったらあんたの話を聞かせてくれよ」

「さて、私の秘密はファルゲンですべて話すと約束したが? もう少し待ってくれないかね」


 黒騎士に俺は首を振る。


「そうじゃなくて、あんたの話が聞きたいんだよ。秘密はそりゃ、聞きたいけど……あんたがどんな風に生きてきて、例えば何で勇者になりたかったのかとか、さ」

「私が? そうだな。では、旅の終わりに、酒でも飲みながら話すとしよう」


 どこか上機嫌な様子のアシュレイの言葉に、少しばかり面食らう。

 今まで酒どころか食事するところすら見せなかった彼から、そんな風に言われるなどと思いもしなかった。


「なら、準備するから酒の好みを教えてくれ」

「とりあえず、君の好みの酒と答えておくよ。勇者殿」


 うまくはぐらかされたと苦笑しつつ、俺は少しばかり心が高揚するのを感じた。

 旅の終わりが近づき、気が緩んでいるのかもしれない。

 旅の始まりから気に入らないと思っていたアシュレイと、こんな風に言葉を交わせるなんて。


「ヨシュア、飲みすぎちゃだめよ?」

「わ、わかってるよ」


 俺のわきを小さく小突いて、釘を刺すナーシャ。

 あの日、俺の酒の失敗に巻き込まれたのだから、そうも言うだろう。

 だが、少しばかり距離ができていたナーシャとの関係が、旅立つ以前に戻ったように感じてうれしくもある。


「リズが見張ってるのです」

「ボクも見張っていようじゃないか」

「じゃ、わたしも」


 幼馴染たちが、俺を見て笑う。


「なら、全員で宴会をすればいい。アシュレイの昔話を肴にな」

「それも悪くないな」


 またもやの言葉に、いよいよ俺は驚く。

 その態度に奇妙さを感じるものの、違和感の正体が掴めない。

 こんな風なアシュレイは初めてだ。よくよく振り返ってみれば、幼馴染たちもなんだか勤めて明るくしている様な気がするのは、何故だろう。


「アシュレイ……なにか隠してないか?」

「私は何でも隠してるよ、勇者殿」

「そう言う事ではないんだが」


 首をひねる俺に、ティナが笑う。


「からかわれてるのさ、君」

「んな……っ」


 馬車がくすくすとした笑いに包まれる。黒騎士さえも小さく肩を揺らして。

 憮然とする俺だったが、違和感に得心がいって安心もした。


「おっと、メッシーが見えてきたぞ」


 顔を上げれば、街道の向こうに町が近づいてきていた。


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