第26話 愛と恋と

 船旅は順調に進み、俺たちはポートセルムへと戻ってきていた。

 相変わらずの活気ある人ごみに辟易しながらも、俺たちは馬車とパルシアに顔を見せに厩へと向かう。

 馬のパルシアは俺たちを見ると、少し興奮した様子でいななき、無事の帰還を喜んでくれた。

 俺たちが出発するまでの間、彼女はいましばらくここで待機だ。


「天候や陸路についての情報を確認してくる。一週間はかからないと思うが、しばらくゆっくりしていてくれ」

「何か手伝うことは?」


 俺の言葉に黒騎士が首を振る。


「心遣いだけいただいておく。君たちの仕事はしっかり体を休めることだ」


 鉄仮面越しの視線が俺を通り越して仲間たちに向けられたのを感じた。

 昨日の女子会とやらではしゃぎすぎたのか、確かに三人ともどこかけだるい雰囲気でぐったりしている。


「了解した。何か手伝えることがあったら声をかけてくれ」

「ああ。それではな、勇者殿」


 相変わらずの様子でアシュレイがマントを翻して立ち去る。

 何をしても絵になる男だ。


「それじゃあみんな、行こうか」


 生返事な幼馴染たちを引き連れて、大通りを行く。

 これは宿についたら早々に休息をとってもらったほうがよさそうだ。


「この町を出たら、いよいよ旅も大詰めだね」

「そうだな。そうたっていないのに長い旅路だったような気がするよ」


 実際にこれほどの旅をするの初めてだし、行商人でもなければほかの一般人もそうかもしれない。


「ヨシュアは旅が終わったらどうするの?」

「え、っと……」


 視線を隣で歩くリズにちらりと一瞬向けて、俺は言い澱む。

 リズとの関係を、つまびらかにしていいのか判断に困ったのだ。


「騎士見習いに、戻るよ」

「魔王討伐の勇者が? それは無理じゃないかしら」


 ナーシャが小さく苦笑する。

 そのように笑われるとは思ってはいた。だが、まるで実感がないのだ。


 確かに、俺はこの旅で随分強くなったと思う。

 日々の鍛錬に加え、実戦経験もほかの騎士よりはずっと多いだろう。

 なにより、俺には勇者の刻印に蓄えられた地水火風の力が宿っている。


 魔王を倒すための力だ。

 考えてみれば、こんなものを持ったまま王国騎士に戻れるのだろうかという不安はある。


「現実的に考えて、君は爵位を与えられて、王国貴族の一員になるだろうね」

「実家は兄が継いでいるが?」

「騎士爵じゃなくてさ……そうだね、伯爵か侯爵あたりかな。魔王討伐という戦功を持った人間を、騎士で遊ばせておくことはしないはずだ」


 ティナの言葉に、またもや実感を失う。

 そんなことありえないよ、と笑い飛ばすのも難しい。


「姫殿下の誰かしらをあてがって、王族筋に取り込むなんてことは想定しておいたほうがいいと思うよ」

「それは困る、俺はリズと──……」


 思わず口から出た言葉に、ぎくりと固まる。


「やっと白状したわね」

「このまま黙ってるつもりかと、ドキドキしたのです」


 ナーシャとリズが向かい合ってくすくすと笑いあい、ティナが意地悪く口角を上げた。

 しまった……これは、誘導されたか。


「その、リズと……一緒になって暮らすつもりでいる」

「そうなの?」

「ああ。実はリズとは、そのちょっとあってな」


 俺の言葉に照れた様子で尻尾を振るリズ。


「ボクは知ってたけどね」

「え、そうなの? わたしだけ?」


 やや落ち込んだ様子でナーシャが俺を見る。


「いや、なかなか言い出せなくてな」

「なんだかずるい!」


 ほほを膨らませるナーシャに少し驚く。

 驚きというか、これは小さな怒りとか不満かもしれない。


 だって、ナーシャはいろいろなことを隠しているじゃないか、という気持ちがある。

一番近くにいたはずの俺には何も知らせずに離れていったのは、ナーシャのほうだ。


「ナシャ姉、ごめんなさいなのです」

「謝ることはないさ。なるべくしてこうなったと思っているよ、俺は」

「……ッ」


 ナーシャが俺の言葉に一瞬固まる。


「こら、ヨシュア。君、そういう言い方をしちゃダメだろ」


 ティナに脇をつつかれて、はっとする。

 俺とて、あの夜のことをリズに黙っているのだから、人の事を言えた義理ではない。

 

「ごめん、ナーシャ。言い過ぎた」

「ううん。いいの。びっくり、しただけ」


 明らかな作り笑いを浮かべたナーシャが、到着した宿の扉を押す。


「……ごめん。先に休ませてもらうね」

「ナーシャ!」


 俺の声は届いていたはずだが、ナーシャは行ってしまった。


「もう、ヨシュ兄。ダメなのです」

「本当に君ってやつは……」


 二人に責められて、俺は頭をガシガシとかく。


「しくじったな、俺は」

「今のは君が悪い」

「なのです。早く謝りに行くのです」


 二人にうなずいて、俺はナーシャの後を追う。

 狭い宿屋だ。二階に上がれば、ナーシャの部屋はすぐそこにある。

 扉はしっかり閉じられており、耳をすませば小さくぐずる声が聞こえた。


「ナーシャ、その……すまなかった」


 扉越しの謝罪に、返答はない。

 ただ、鳴き声はやんだ。


「君のことが大切で、余裕がない時があって……その時のことを、思い出してしまった。ナーシャのせいじゃないのに。本当にすまない」

「……」


 気配が近づいて、止まる。

 扉が開く気配はないが、すぐそこにナーシャがいるのはわかった。


「ナーシャ?」

「わたしこそ、ごめん。責める権利、なかったね」

「悪いのは俺だよ。いつまでも君を引きずって、身勝手に傷つけた」


 小さく扉が開いて、隙間からナーシャが顔をのぞかせる。

 幼いころに何度か見た、泣き顔をそのままに大人にしたような顔。


「ナーシャ、悪かったよ」

「ううん。いい、許す」


 小さく笑ったナーシャが、俺の手を握る。

 柔らかで暖かな手。いつしか気軽につなぐこともなくなって、その名残を追いかけて彼女を求めた。

 離れてしまったあとも、諦めきれずに追いかけて勝手に傷ついて、彼女に八つ当たりしたのだ、俺は。


「リズのこと、好き?」

「ああ。大切に思ってる」

「わたしよりも?」


 答えに窮する問いかけに、一瞬詰まる。

 その一瞬が、彼女にとっては答えとなったようだが。


「そっか。うらやましいな」

「ナーシャ、俺は……」

「待って。言わないで」


 小さく笑ったナーシャが首を振る。


「旅が終わるまでは、ね」

「……わかったよ。でも今日のことは、俺が悪かった」

「蜂蜜酒いっぱいで許す」


 ナーシャのおどけた答えに、ようやく俺も笑って返す。


「一番いいのをおごるよ」

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