第17話 踏み出す覚悟

「……ん? リズ?」

「しぃー、なのです」


 装飾品店を探すべく宿を出た俺だったが、難解なジャルマダの町にすっかり迷ってしまっていた。

 そんな折、細い辻に入った俺が見つけたのが、リズだ。

 ジャルマダ装束に身を包んだリズは、身を潜めるようにして何かを見ている。


「どうした?」


 小声で尋ねると、小さく指さして示す。

 それにつられて視線を向けると、そこに居たのは涼やかな格好のナーシャと……見知らぬ男だ。


「誰だ……?」

「わからないのです。偶然出くわしたので、後をつけているのです」


 背恰好は俺と同じくらいか。頭巾と濃いベールで隠されていて、男の顔は見えない。

 上等そうな服を着こなしており、立ち振る舞いには気品が見られる。

 ジャルマダ豪族の子息かもしれない。


「親し気な感じなのです」

「あ、ああ。そう見えるな……」


 ナーシャは男の腕を抱え込むようにして、その隣を歩いている。

 会話の内容は聞こえないが、その様子は俺に対するものよりもずっと親しくすら見えた。

 先ほど、宿で黒騎士から忠告された言葉を思い出す。


(……後悔したくないなら、君は勇気をもって一歩踏み出すべきだ)


 脳裏にアシュレイの言葉が残響する。

 俺の一歩は、もしかすると間に合わなかったのかもしれない。


「リズは後を追うのです。ヨシュ兄はどうするのです?」

「俺も一緒に行くよ」


 あの男が何者で、これがどういう状況なのか確かめたい。

 歓談しながら通りを行く二人のあとを、離れた位置から静かに追う。


「……なんだか、普通のデート、みたいなのです」


 露店が立ち並ぶ少し大きな通りで、ナーシャ達はジャルマダの冬の名物料理を買ったようだ。

 それを頬張って笑うナーシャを見て、俺は思わず歯を食いしばってしまう。

 些細なことだが、俺以外の誰かがナーシャの“初めて”を共有することが、ひどく腹立たしかった。


「ヨシュ兄。辛いならここで引き返してもいいのですよ? リズが追いかけて、報告するのです」

「いや、いいんだ。あの男が何者か確認しないといけないし、もしナーシャに危害を加えそうなら止めに入る」


 普通のデートなら、どうか?

 それに口出す権利は、俺に無い。


 幼馴染という距離感からか、素直な思いを、恋情を言い出せずにここまで来てしまっていた俺がいけないのだ。

 旅先で、俺以外の誰かと恋に落ちることもあるかもしれない。


 王国で騎士見習をしているときも、そういった話はいくつか聞いた事がある。

 実際、遠征先で嫁を見つけてきた先輩騎士だっていたし、辺境へ派遣される騎士は、そこで家庭を持つ人もいた。


 ……あり得ない話では、ないのだ。


「動くみたいなのです」

「……」


 露店での食事を終えた二人が立ち上がり、男の先導で歩き始める。

 やはり、現地人のようだ。

 いまだに迷ってしまう俺たちとは違い、迷った様子なくこのジャルマダを歩いていく。

 極端に人通りの少ない辻もあり、俺とリズは少々難儀しながらも、二人を尾行した。


 次に、二人が向かったのは少しばかり小奇麗な店構えの装飾品店だ。

 俺が探していたイメージにぴったりの、店。

 そこに、ナーシャと男が入っていく。


 しばし待っていると、そう時間かけずに外へ出てきた。

 ナーシャの金色の髪に、白銀の髪飾りが光る。

 とても似合っていて……もし、俺がプレゼントするとしても、同じ物を選んだだろうと思う。


 胸が締め付けられて、息がしづらくなる。

 こらえなくては。勘付かれる。


「……ここまでにするのです」

「へ?」

「ナシャ姉の事を心配してついていたのですが……大丈夫そうなのです」

「リズ?」


 俺にリズが首を振る。


「脅されている様子もなし、とても楽しそうなのです。拉致や誘拐ではなさそうなのです」

「だが……」

「ヨシュ兄、ナシャ姉のことは諦めるのです」


 普段はお気楽気な妹分が、真剣な顔で俺を見る。


「俺は、信じない……!」

「現実を見るのです。ナシャ姉は、もう……──」


 リズの言う事もわかる。

 わかっちゃいるが、納得できるかはまた別だ。

 踏み出すのが遅れたかもしれない。だが、後退る理由にはならない。

 

 ナーシャ達の姿はもう見えなくなってしまったが、すぐに探せば追いつけるかもしれない。


「リズ、俺は行くよ」

「ヨシュ兄はわからずやなのです。好きにするがいいのです」


 ため息をついたリズが、通りとは反対方向へ踵を返す。

 情けないところを見せてしまった。きっと俺にがっかりしているだろう。

 それでも、諦めきれなかったのだ。俺は。


 通りの端に隠れるようにして歩き、ナーシャと黒装束の男を探す。

 ナーシャの金髪はこの街では珍しい。探し回ればきっと見つかるはずだ。


 ──そうしてジャルマダの町を歩き回ること一時間余り。


 俺はいまだに二人を見つけることができなかった。

 もしかすると、もう宿に帰ってるかもしれない。

 あの男にしたって教会関係者だとか、遠い親戚だって可能性もある。

 後を付け回すような真似をするより、あとでナーシャに尋ねればいいのではないか?


「……ヨシュ兄」


 焦燥感と不安から逃げるために、希望的観測を思考し始めた俺の背後から声がかけられた。


「リズ? 帰ったんじゃなかったのか?」

「……」


 黙って俺の手を引くリズ。

 そうして、連れられた先はジャルマダでも高級なホテルだった。


「二人はここにいるのです」

「なん、で……、だ」

「そういう、ことなのです。ヨシュ兄……ナシャ姉は、もう他の人のものなのです。諦めるのです」


 死刑宣告じみた言葉に、俺は俯く。

 体が熱く冷たくなって震え、涙があふれて止まらなくなってしまう。

 勇者たるものがこんな往来でなんて情けないと思いながらも、自分の躊躇いから失ったものの大きさに、心が追いつかなかった。


「俺は──……バカだ」

「ヨシュ兄がバカなのは昔からなのです」


 しゃがみこむ俺の頭に手を乗せて、優しい声でひどいことを言うリズ。


「だから、リズにするのです」

「……?」


 不意な言葉に顔を上げた俺に、リズが唇を重ねる。

 それは、俺にとって初めてのやわらかな感触だった。


「リズ?」

「バカなヨシュ兄。でも、リズがずっとそばにいてあげるのです」


 ただ驚く俺の目の前で、妹分だったはずの少女が静かに微笑んだ。

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