第16話 黒騎士の忠告
ジャルマダに到着して三週間後。
俺たちはいまだ『火の神殿』に向かえず、町にとどまっていた。
理由は二つ。
現在、『火の神殿』を内部に要するシギ山の火山活動が活発化して神殿への道がかなり危険な状態になっているということ。
そして、それに中てられた火蜥蜴サラマンダーがかなり狂暴化しているということだ。
サラマンダーは非常に強力な魔物だ。
溶岩をものともしない強い火属性の肉体からは常に炎がわき上がっており、自身も炎のブレスを吐く。
空を飛ばないだけで、もはや小型のドラゴンといっても過言ではない。
それが、シギ山の内部にはうようよ生息している。
ジャルマダの住民曰く、現状で『火の神殿』に向かうのは、いかな勇者といえど自殺行為だ……とのこと。
なので、俺たちはアシュレイとも相談し、寒冷雨季が来るのを待つことにした。
雪と雹、氷交じりの雨が降るこの季節になれば、火属性のサラマンダーの活動は鈍くなるし、山全体が冷やされれば火山活動は緩やかになるらしく、そのタイミングでの突入がよいだろうと判断した。
雨季の訪れまでそうかからないだろうとのこともあり、俺たちは町で英気を養っている。
そんな中、宿のソファで歴史書を読んでいた俺の前を、黒騎士が通りかかった。
「ん? アシュレイも出かけるのか?」
「ああ。ここは装飾品の名産地でもあるからな。何か面白いものがないか、今日はいくつか工房を回ろうと思っている。一緒に来るかね?」
アシュレイの提案に、俺は首を振る。
正直、そういったものにあまり興味がない。
「俺はいいよ。だが……出る前に少しいいか、アシュレイ」
「なにかな?」
向かいのソファに腰を下ろすアシュレイ。
相変わらずの黒鎧に鉄仮面だが、これももう見慣れた。
初めてのころのような威圧感は、感じない。
「ティナなことなんだけど」
「彼女がどうかしたか?」
「その、なんだ。旅が終わったらティナと一緒になるのか?」
俺の言葉に、黒騎士が少し沈黙し……首を振る。
「何を言ってるんだ? 勇者殿」
「……!」
黒騎士の誤魔化しに、俺は喉まで出かかった激昂を抑え込む。
不意打ちのように踏み込んだのは俺だ。
デリケートな問題だ。俺が口を出すべきことでもないかもしれない。
しかし、この態度は少しばかりカチンとくるものがある。
あの夜のことはどう説明する?
お前は、ティナを抱いたんだろう?
秘密にしたい気持ちもわからないでもないが、こうしてさしで話しているのだ。
素直に認めればいいだろうに。
「何か誤解があるようだな、勇者殿」
「そうか? 俺は確信をもって聞いたつもりだぞ、黒騎士殿」
こうまで誤魔化すのはティナのためか?
それとも自らの保身のためか?
怒りを抑えつつも、俺はアシュレイをにらみつける。
この文字通りの鉄面皮いどこまでこれが届いているのかはわからないが。
「やれやれ。どういうことか説明を要求しよう。その勘違いはどこからきたんだね?」
「あなたとティナが好き合っている現場にいたんだ。二週間前だよ」
「……?」
「温泉がある野営地で、あなたは早朝入浴していたはずだ。その時に……」
首をひねっていたアシュレイが「ふむ」と小さくうなずいた。
「勇者殿、それはやはり勘違いだろう。誤解を招いたのは悪かったと思うが」
「ここにきてまだ、あんたは……ッ!」
「落ち着いてくれ。現場は見たのか? 『魔力循環』の話ではないのか?」
「……は?」
耳慣れない言葉だ。
「手を出してみたまえ」
手袋をとった黒騎士がこちらに握手を求めるように手を差し出す。
言われるがままそれを握った俺に、魔法を使った時のような不思議な違和感が這い上がってきて、次いで全身をくすぐられたような奇妙な感覚が走った。
「おぉおぉぉ、うぉ……⁉」
「これが『魔術循環』だ。訓練すれば君もできる。私の体のことは聞いたな?」
「あ、ああ」
「ティナは極めて優れた魔法使いだ。これを利用して、私の体を定期メンテナンスしてもらっている。君が言っているのは、それではないのかな?」
「……」
確かに、直接目撃したわけではない。
声を聞いただけだ。
「どうして、温泉で?」
「それはティナに尋ねてくれ。彼女は少し子女としての自覚が足りない」
鉄仮面の向こうから、盛大なため息が聞こえた。
「誤解はとけたかね? 勇者殿」
「ああ、いや……忘れてくれ。すまなかった」
アシュレイに小さく頭を下げて、謝罪を口にする。
それにアシュレイは首を振る。
「いいんだ。私が胡乱なのは自覚している。ティナのことを心配するのはわかる」
「そんなことは……」
事実、俺はアシュレイならティナを幸せにすると思った。
この黒騎士ほどの英雄など、物語の中でしか見たことがない。
嫉妬はあるが、それでも納得するしかないほどに。
「それに、私と彼女では釣り合わないよ。……勇者殿。いや、ヨシュア」
少し真剣な声色でアシュレイがこちらに向き直る。
「これは案内人ではなく、年長者としての私からのアドバイスなんだが……後悔したくないなら、君は勇気をもって一歩踏み出すべきだ」
「……!」
ソファに座ったままの黒騎士が、鉄仮面の向こう側から俺を見据える。
「私は、後悔したよ。何度もね。今もそれは消えないし、もう取返しもつかない。君は私のようになるな」
「アシュレイ?」
「ある人に言われたよ……私は『鈍い』らしい。だから、多くのことに気付かず、その人の想いに気が付いた時にも、もう遅かった。そんな後悔を、君はするな」
いつになく饒舌なアシュレイに少し驚いて、唖然としたまま俺はうなずく。
「君は私によく似ている」
「俺が?」
「ああ。そっくりだ。だから、君は私のことが気に食わないんだろう」
言い返そうとして、俺は黙る。
それは核心をついた言葉だ。
どこが、とは言えないが言われてみれば、その言葉は的を射ている気がした。
そうか、同族嫌悪だったのか。
逆にこれが理解れば、まだ親近感が持てる。
「ありがとう、アシュレイ」
「……らしくなかった。忘れてくれ」
アシュレイの落ち込んだ様子に思わず笑ってしまう。
人間らしいところもあるじゃないか。
「私は行く。また夜に。勇者殿」
「ああ。引き留めてすまなかった」
去り行く黒騎士の背中を見送ってから、気もそぞろに再び本を開いたものの集中できない俺は、アシュレイの言葉を思い出す。
装飾品か……ナーシャに似合うものもあるだろうか?
喜ぶナーシャの顔を思い浮かべて、俺はソファから立ち上がるのだった。
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