第11話 英雄の背中
『水の神殿』から戻った俺たちが見たのは、そこらかしこから煙が立ち上るウィズコの町だった。
瓦礫となった『知恵の院』の周りではうめき声と怒号が飛び交い、学者や魔術師があわただしく走り回っていた。
俺たちはその光景に呆然としたが、なぜかナーシャだけは冷静なようで、むしろどこかほっとした顔すらしている。
「……! アシュレイ⁉」
見回すと、崩れた壁にもたれかかるようにしてぐったりとする黒騎士の姿。
俺の声に反応して、小さく手を挙げたので、生きてはいるようだが……巨大地竜と戦ったとよりも重症なのは見るからに明らかだった。
「首尾よくいった様だな、勇者殿」
鉄仮面から漏れる声も、どこか弱々しい。
鎧はところどころ砕け、生々しい傷が覗いている。
「町は、どうなった?」
「君たちが向かって少しして、地震があってな。町中に巨大な魔物が多数出現した。大きな被害は出たが、この通り、ウィズコはまだまだ健在だ」
丘の上にある元『知恵の院』から、町を見渡す。
確かに、建物が崩れているところも、いまだ火の手が上がるところもあるが、市街地の被害は致命的とは言えない。
そして、ところどころに俺たちがたたったものより巨大な『ウィズコのヒュドラ』の触手が、ぐったりと横たわっていた。
「アシュレイ殿! ここか⁉」
魔術師を引き連れた誰かが、瓦礫を押しのけてこちらに向かってくる。
「お父様?」
「ティナ! 無事だったか。……けがはないか?」
「う、うん。どうしてここに?」
「アシュレイ殿を探しに来たのだ。……無茶をされたようですな」
ウィズコの父の言葉に、黒騎士が小さくかぶりを振る。
「何のこれしき……」
「動いてはなりませんぞ。皆、彼を屋敷に。勇者殿……しばし、アシュレイ殿をお預かりしますぞ」
「あ、ああ。頼みます」
状況についていけないものの、ここは任せたほうがよさそうだと判断した。
ティナの父といえば、俺たちの試練を許可してくれたこの町の名代だ。
その彼が、ああまでアシュレイを丁重にしているからには、俺たちがいない間に、またあの黒騎士は英雄然とした振る舞いで暗躍したのだろう。
この町の状況を見れば、わかる。
きっと、アシュレイが守り切ったのだ。
またしても、俺は勇者として間に合わなかった。
負うべき役目を、あの黒騎士に追わせてしまった。
だが、いつまでもそれでくよくよとはしていられない。
まだどこかに活動している『ウィズコのヒュドラ』がいるかもしれないし、助けを必要とする人も多いだろう。
「俺たちも、何かできないか町を回ってみよう」
「そうね。いきましょう」
「そうだね。アシュレイだけにいい格好させるわけにもいかないし」
「リズもがんばるのです!」
うなずきあって、いまだ騒乱の中にあるウィズコの町に俺たちは向かった。
◆
『ウィズコのヒュドラ』暴走から、一か月がたった。
当初、俺たちが来いい気に踏み込んだことによる暴走かもと気に病んだが、調査の結果は別の事実を指し示した。
──すなわち、『魔王』復活の影響である。
人造魔法生物とはいえ、魔物をベースにして三大魔術家によって創造された『ヒュドラ』が、魔王復活の影響でもって魔物化し、暴走したのだ。
俺たちの『水の神殿』踏み込みが、後一日でも遅れていればウィズコは完全に廃墟と化していただろう、とズーヴェルト家当主は言った。
そして、それを予見していたのがアシュレイだったらしい。
どこで情報を知ったのか不明だが、各地で魔物が活発化する中で、ウィズコも無関係ではないとズーヴェルト家を訪ねて提言し、俺の試練による『水の神殿』の正常化計画を取り付けたとのことだ。
案内人だ、とは本人の言だが……本当にどこにでも案内してしまう黒騎士に、脱帽した。
町はようやく落ち着きを取り戻し始めたが、俺たちはまだここにとどまっている。
それというのも、アシュレイの状態が思ったよりも深刻だったためだ。
町を救うためとはいえ、広範囲の『ヒュドラ』を同時に焼き払うためにかなり無茶な魔法の使い方をしたらしく、アシュレイは『魔力欠乏症』を発症してしまっていた。
傷の深さも相まって、いまだに意識は戻らず現在もズーヴェルト家で治療を受けている。
「旅立ちの準備は大体終わったわ」
「お疲れ様、ナーシャ」
武具の修繕や消耗品の補充、それに日持ちする保存食などを準備し終えたナーシャが、俺の向かいに座る。
「もう一月ね。アシュレイ、大丈夫かしら」
「癪なことだが、あの男がこのくらいでへばるなんて思っちゃいない」
「そうね。今は待ちましょう。ヨシュアもたまにはお見舞いに行ったら?」
そういわれて、思わず詰まる。
いつ訪ねてくれてもいいとは言われているが、貴族のようなあの屋敷を軽々しく尋ねるのは、いささか勇気がいる。
反面、ティナは今回の帰郷で家族と和解できたらしく、町に逗留している間はアシュレイの看病も含めて屋敷に戻ることにしたようだ。
俺の愚痴に付き合って甘やかしてくれる相手がいないのはいささか寂しいが、『魔力欠乏症』の治療には優れた魔術師の手腕が必要らしいので、仕方あるまい。
それにズーヴェルト家は『ウィズコのヒュドラ』を設計した三大魔術師家の一つだ。
今回の件、ティナも責任を感じているのかもしれない。
「そういえば、魔法の練習はどう?」
「慣れないな。血管に血以外が流れるような違和感がどうにもな……」
『水の試練』で俺が得たのは、魔法の力だった。
あの時、全力で駆けて水の神殿の祭壇から『深海の水晶』を手にした俺は、覚えたての魔法で十本の『ウィズコのヒュドラ』を一気に焼き払った。
敵だけを焼き払う白い炎が、水中に潜む触手までも焼き焦がし、さらに『深海の水晶』による魔力供給も途絶えた『ウィズコのヒュドラ』はすっかり機能不全となって動きを止めた。
「勇者の魔法ってきれいね。また見せてほしいわ」
「ナーシャがそう言うなら、今晩にでもまた練習してみるよ」
「ふふ、ありがと!」
微笑むナーシャにどきりとしつつ、俺は再び鎌首をもたげた不安に心の中でため息をつく。
そして、深まるアシュレイへの疑問もそれを加速させる。
ズーヴェルト家の魔術師兵団と協力したとはいえ、町中に現れた『ウィズコのヒュドラ』を相手取って戦うなんて、本当に何者なんだろう?
魔法の力を得た今の俺であっても、おそらく同じことをするのは不可能だろう。
あんな傑物、もっと噂になっていておかしくないのに、本当に突然現れたのだ。
そう、アシュレイは英雄と呼ぶにふさわしい。
町一つを守り切った。死力を振り絞って。傷つき倒れるまで戦って。
そのことを考えるたびに思ってしまう。
──なぜ、かの黒騎士は勇者ではないのか、と。
なぜ、俺が勇者などに選ばれたのかと。
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