第10話 大海の水晶
リズが先行してくれたルートを、注意深く進んでいく。
建物の屋根が見えているのだから、底なしというわけではないだろうが泳ぎがさほど得意でない俺が鎧を着たまま落ちれば、浮かび上がるのは相当困難となるだろう。
だが、そんな俺よりも危なっかしいやつがいる。
「む、こういう肉体労働は不得意なんだ……!」
「ほら、ティナ。こっちだ」
手を差し出して、ティナを引き寄せる。
学者肌の魔術師である彼女は、王国においてもデスクワークが中心でいささか運動不足気味だ。
「すまないね、ヨシュア」
「いいって。それより、足元に気を付け──」
俺の注意が少し遅かった。
ティナが足を踏み出した先は、見えづらくなってる水面で、ティナの体がふわりと傾く。
「……っとと」
すんでのところでティナを抱き寄せて、滑落を防いだ俺は大きく息を吐き出す。
「ぎりぎりだったな」
「助かったよ。もう、大丈夫だよ」
足元を確かめたティナが、軽く苦笑する。
「大丈夫なの? ティナ?」
「ヨシュアのおかげで。それにしても君はずいぶんと身軽だね」
「わたしは武装司祭としての訓練も受けているもの」
ティナと打って変わって、ナーシャは危なげなく屋根の間を飛び移っていく。
もともと、運動神経はいいほうで、本人が言うように武装司祭としての訓練にもでていた。
あれで、実はかなり強い。本人は「可愛い花にもとげくらいあるのよ」なんて笑っていたが。
「少し休憩するのです?」
少し先を行くリズが振り返る。
現在俺たちが立っているのは、対岸まで約半分ほどの地点にある大きな建物の屋根。
安定もしているし、休憩にはちょうどいいタイミングかもしれない。
「そうしよう。急ぎすぎて怪我をしても意味ないしな」
「わかったのです!」
リズが身軽な足取りで戻ってくる……が、その足に何かが巻き付いた。
ぬるぬるとした軟体質な触手のようなもの。
「にゅやッ⁉」
驚きの悲鳴を上げたリズが、伸びあがった触手に宙づりにされる。
「リズ!」
剣を抜いて、屋根をかける。
踏み込みが過ぎて少しばかりへこみができたが、加速した俺は横薙ぎに長剣をふるって、触手を切断した。
少しばかり重い手ごたえがあったが、『土の試練』で強化された俺の膂力であれば問題ないようだ。
「助かったのです! でも……!」
受け身をとったリズが大型ナイフを抜きながら、視線を巡らせる。
水面に浮いた屋根の四方八方から、太い触手が伸びあがって揺らめいていた。
都市の中枢部だから大事にされていると聞いていたのだが、魔物が潜んでいるなんて予想外だ。
「どうするのです⁉」
「とりあえず、応戦!」
退路も進路もさえぎられてしまっては、戦うしかない。
触手の数は大小合わせて九本。
今しがた、一本たたき切ったので全部で十本ということだ。
「気持ち悪い!」
迫る触手をメイスで引きはがすナーシャ。
ティナは杖を構えながら魔物を観察しているようだ。
とにかく、脅威を減らさくてはならない。
「リズ左回りに牽制を頼む! 俺は右回りに叩き切っていく!」
「了解なのです」
駆け出していくリズと反対側に向かって、ティナに襲い掛かる触手を切り裂く。
痙攣するようにしてそいつは水面にずり落ちていくが……すぐさま元の大きさとなって水面から姿を現した。
「新手……? いや、再生しているのか?」
そう独り言ちて、迫る二本の触手を断つ。
だが、それらは同じく同じ大きさでまた水面から姿を現して伸びあがった。
ちらりとリズのほうを見るも、同じ状況。
ナーシャと背中合わせで応戦しているが、このままではやがてじり貧になるだろう。
「これ……! もしかして……⁉」
魔物を観察していたティナが、ひきつったような声を上げる。
「知っているのか? 弱点は?」
「これ、たぶん……『ウィズコのヒュドラ』だよ……!」
聞いたことのない魔物だ。
名前からしてウィズコ特有の魔物だろうか。
「魔物だけど、魔物じゃない! 魔法生物なんだ」
「どういうことだ⁉」
迫る触手を切り払いながら、混乱した様子のティナに問う。
「ウィズコの都市機能を支えるために、魔力経路として使ってる魔法生物なんだよ! 襲ってくるなんてありえない!」
「事実襲ってきてるがな!」
「これがウィズコの秘密だよ。この『ヒュドラ』がウィズコの地下に広がっていて、『水の神殿』の魔力を要所に供給するんだ」
つまり、水道管のようなものか。
しかし、その水道管が、人を襲うってのはどういうことだ。
「……! ティナ、もしかしてまずいんじゃないのか」
「う、うん。止めないと!」
この魔物が、ウィズコの大動脈で、都市中を這っているということは……今、俺たちが襲われているように、ウィズコ全体が数激されている可能性がある。
「ティナ、こいつの弱点は? どうすれば止められる⁉」
「ここ──『水の神殿』が魔力の供給源だから、ここの『ウィズコのヒュドラ』の動きを止めれば都市部のヒュドラは動きを止めると思う。弱点は、わかんないよ……!」
それはそうか。
都市心臓部を担うのが魔物ってのは驚きだが、それの弱点がわかりやすく設定されているとは思えないし、あったとしても伝えたりしないだろう。
……どうする。
魔力を取り込んで、無限に増殖し再生するこれをどう仕留める?
剣で一本一本切ってたんじゃ、埒が明かないし、疲労の限界が先にくるのはこちらが先だ。
魔力源を断って、一網打尽にする方法がなくては。
「……そうか。なら……!」
俺の視線は、空洞の奥で青く光る『大海の水晶』へと吸い寄せられた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます