DAY 39-2

「目、腫れてる⋯⋯」

 昨日アンジェと別れた後も、思い出しては泣いていたベレス。

 欠伸をして背を伸ばし、洞窟から顔を出します。

 ベレスが時間を認識するのは、太陽により作られた森の中の影。

 方向や形から見て、今日は少し寝過ぎたようでした。

 そして今日はアンジェが来ていませんでした。

「今日は来ないのかな⋯⋯」


 いつの間にかアンジェの姿を待ち遠しくなってしまったベレスは、森の中を歩き始めました。

 すると突然、女の悲鳴が町のある方向からこの森へ聞こえてきました。


 ベレスは気になって、久しぶりに森を出て、町の方へと足を進め始めました。

 

 中へ入ると混乱を招く。そう考えて、ベレスは少し遠くの物陰から町の中の様子を見てみることにしました。


「ぐっ⋯⋯」

「なんだぁ? そのちっせえ魔法は。食べる用の氷でもオレにくれてやるつもりだったのかあ? ああ?」

「くそっ⋯⋯くそっ⋯⋯!」

 レグメンティア人の男が一人の女の子を踏み躙っている姿を捉えましたが、周りの男達の姿でベレスの位置からはよく見えません。ベレスは目と耳を凝らし、もう一度見つめてみました。

「いやあ! アンを傷つけるのは止めておくれよ! 私の大事な娘なんだよ!」

「うるせえぞババア、第一コイツから仕掛けてきたのが悪りぃんだよ!」


「アン⋯⋯?」

 恰幅の良い女性の悲痛な言葉の中で、引っかかる言葉があって、

 ベレスはもう少しだけ、近づいてみる事にしました。

「一人一人じっくり調べてやるから安心して待ってな。まあベレスが出てくりゃ、オレ達はそれで良いんだがなぁ」

「⋯⋯!」


「兄貴、そんじゃ一人目、殺りますね〜」

「い、嫌だ⋯⋯嫌だやめろっ⋯⋯くそっ!! 離せよ!!」

「暴れてんじゃねえぞクソガキが!! そんなに死にてえならその手足すぐにぶっちぎってやろうかぁ? ああ?」


 近づいた事で目前の風景がハッキリとしたところで、ベレスは戦慄しました。

 それは、男に馬乗りにされて顔中血に濡れ、必死に歯を食いしばって耐えているアンジェの姿に、遠くからは怯えている町の人たちの姿。


 ベレスの足は一瞬で、既にその場所へと駆けていました。

「貴様らぁ!!」

 アンジェに馬乗りになっている男へ突進し、猛烈な勢いで地面へ擦り付けて気絶させました。

 その勢いに相まって、顔を隠していたフードが脱げ、双方の視線は一気にベレスへと集中してしまいました。

「ひっ⋯⋯こいつ、もしかしてあの魔族か⋯⋯?」

「もう絶滅したんじゃなかったのかよ⋯⋯?」

 住民たちの声が更に町の中をざわつかせます。

 アンジェを襲った賊達も、ベレスを見るや否や笑みを溢し始め、身体を震わせながら声を上げました。

「ベレスぅ! 探したぜ〜? 汚れた騎士もどきの元で世話になってればその内迎えてやってたのに、何も国ごと潰さなくたって良いだろうがよお」

「パソンレイズンを滅ぼしたのは町の奴らの耳にも最近届いたよなあ? なあ、コイツだぜ!? 今の目の前にいる魔族が、パソンレイズンを滅ぼした元凶だ!」

 住民に聞こえるように、わざと大声を張り上げた賊たち。

 いきなり突きつけられたベレスは立ちすくみ、住民たちは更に騒ぎ立て始めました。

「こんな悪どい奴は今の時代にいちゃいけない、そうだよなあ。お前がよく分かってる事だよなあ、ベレス?」

「あ⋯⋯ああ⋯⋯」

 賊に肩を掴まれるも、声を出せず、固まるしか出来ませんでした。


 しかしそんな時に、向かい側からベレスに語りかける声がありました。

「ベレス⋯⋯コイツら⋯⋯やっちまえ⋯⋯魔法で⋯⋯やっつけちまえ⋯⋯」

「しぶてぇな、ガキ⋯⋯。おいお前ら、ベレスを連れていけ。オレがコイツを殺しといてやるからよ」

「へい、兄貴! ま、そんな訳だから? お前はオレらに使われ続けるのが幸せなんだよ? これで分かっただろ?」

「お前らまさか⋯⋯最初の時の⋯⋯」

「ひゃっはっは!! 今頃気付いたのか!? 間抜けな奴だぜ、じゃあアジトに戻ったらさっそく、成長した玩具として使ってやるからよぉ、ぐひへへへ!!」

「つーかコイツ、まだオレらをレグメンティア人だと思い込んでるんじゃねえかあ? マジで空っぽになってんだなあ、馬鹿な野郎だぜ」

「な、何を言って──」


 そう言って、賊たちはベレスを抑えつけ地面に膝をつかせると、なにやら賊の一人に合図を送りました。

「おう兄貴、もう良い頃合いっすよね?」

「ああ⋯⋯オレも丁度、剥がそうと思ってた所だ⋯⋯」


 すると賊たちの身体から黒いモヤのような物が発し始め更にその身を包み込むと次の瞬間、百二十年前と同じ魔族が姿を表しました。


 ベレスと同じ、青い肌。


 ベレスと同じ、白い眼。

 

 人ならざる、恐怖を具現化させたような肉体に変貌を遂げた賊たちは、けたけたとベレスたちを嘲笑いました。

 平和になった世界で蔓延っていた賊達の正体は、なんと現代まで僅かに生き延びていた魔族たちだったのです。


「戦いの直前、魔王様は邪魔だった王妃とお前を眠りにつかせる為に力を使った。それで勇者に苦戦を強いられてしまったんだ⋯⋯。へははっ⋯⋯もっと分かりやすく言ってやろうかクソマヌケ面! お前がっ! こんな眩しい世界を! 作ったんだよ! このゴミ野郎!!」

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