第35話 アスラン血風2 エギリーズ村の戦闘

 黒のフロックコートに身を包み執事バトラー姿となったアレクセイは、ヨウの情報をもとに剣聖リール・イングレースの居場所の確認にあたっていた。


 そこは、公都アークロイヤルの外にあった。立派な黒い教会を中心に形成された村だ。入り口に『イル・エギリーズ・ヴィレッジ』の看板が見える。村と言っても、石造りや煉瓦の立派な家々や屋敷が立ち並び、道路も石畳で整備されたきれいな村だ。

 ただ、朝だというのに人通りが無かった。通りを歩く住人の姿が見えない。村内はひっそりとしていて却って薄気味悪い。しかし、アレクセイは何食わぬ顔でそこに足を踏み入れた。すると、入り口に一番近い煉瓦作りの家のドアが開き、一人の初老の村人が出てきた。監視していたのだろう。


「おはようございます」

「何だね?お前さんは?この村には何もないよ」

「いえ、立派な教会が見えましたので、是非お祈りを捧げたいとお思いましてね」

 アレクセイは、笑みを浮かべながら言う。

「悪いが、他所者の礼拝は断っているんだ」

「それは、残念ですね。では、諦めましょう。あ、そうだ。一つお尋ねしたい。最近、この辺にドラゴンが現れませんでしたか?」

「いや、そんなものが現れれば、この村も只ではすむまい。公都みやこでも騒ぎになっていると思うが?」

 その村人に一瞬動揺が見えたが、すぐにそう答えた。

「ですね。すいません、変なことを聞いて。では、お邪魔しました」

 そう言い残すと、アレクセイは村を後にした。

 しかし、アレクセイは村の建物の陰に殺気だった人影を幾つも察知していた。強引に押し入れば、戦闘は避けられないだろう。

 アレクセイは、もう一度振り返り、高い尖塔を持つ黒い教会に目をやった。


「やはり、夜まで待つしかないか」



 一方、エリザベス王女等一行は、旧市街にある王室の古城ではなく、旧市街の中ほどにある秘密の別邸を、目指していた。


「どうも街が静か過ぎますね。もっと活気があって良いものを・・」

 エリザベス王女が、馬車の窓から顔がわからないように外を見ると、ため息が漏れた。その表情は暗い。

「確かに。以前来た時はもっと賑やかでしたな」

 ザイドリッツ右大臣が応じる。


 黒い次元馬車は、広い邸宅の門を潜った。

 庭園を進み、石造りの立派な洋館の正面玄関ファサード前に停車した。王女等一行を降ろすと、馬車は静かに走り去っていく。


 王女等は、ここで、アスラン公との謁見まで待つことになった。既に、アスラン公には、王女到着の通報はされていた。後は、いつ招城の連絡があるかだ。王女の旅の疲れを考慮しても翌日には、連絡があるものと期待していたが、アスラン公のいる『イラストリアス城』からは連絡は来ない。


 そして、アレクセイ・スミナロフともここで合流する予定であったが、こちらも姿を見せなかった。


 その間、エリザベス王女は指をくわえてボーっと待っていたのではない。

 公都の様子を探らせていた。それによると、アスラン公の様子が最近変わったというのだ。以前は、公自身がよく市街に出て、住民に接したり市民の意見に耳を傾け、市政を執り行っていたため、滞りなかったという。しかし、ここ1か月ほどアスラン公の姿を見ることはなくなり、それからは、役所に不満などを言うと、投獄されるようになったため、滅多に不満も言えなくなったという。

 また、アスラン公の息子のアルフレッド・ルッジェーロ・アマルフィが、街に出て、粗暴を働くようになり、手が付けられないというのだ。街で気に入った娘を見かけると馬車に乗せて連れて行ってしまうらしい。そのため、若い女性を街で見かけることがめっきり減ったと言う。


「何と言う酷いことを。伯父様がアルフレッドの行いを見逃しているなんて信じられません」

 エリザベス王女は、その茜色の瞳を震わせる。

「確かにウイリアム様らしくないですな」

 ザイドリッツ右大臣も首をかしげる。

 今の公都におけるアスラン公の評判はあまり良くないようだ。


「アレクセイもここにいらっしゃるとのことですが、どうしたのでしょうか?」

 エリザベス王女がメイド服姿のヨウに問いかける。

「アレクセイ様は、剣聖としての任務に当たっています」

「アレクセイは大丈夫でしょうか?」

 エリザベス王女は、心の不安を口にする。

「それはご心配ないかと。アレクセイ様が不在中、殿下の御身は、私がお守りしますのでご心配なく」

 ヨウは、淡々と答える。

「そうですか・・」

 エリザベス王女は、すっかり、暗くなった窓の外をジーッ、と見つめていた。

 ヨウに心配ないと言われても、アレクセイの身を案じて彼女の心は落ち着かなかった。



 そして公都に到着して3日が経過した時、アスラン公より参城の許可が降りた。



 一方の話題に上がったそのアレクセイだ。


 本格的にリール・イングレース捜索を開始していた。エギリーズ村の調査を終え、村の中央に位置する黒い尖塔を持つ教会に侵入するため夜を待った。

 村には、魔導士が何人もいると思われた。待ち伏せや罠が仕掛けられていると予想される。また、微かにドラゴンの気の痕が感じられたが、ドラゴンはいないようだ。


 暗い闇夜となった。


 曇りで星明りも少なく真っ暗だ。侵入する側としては、丁度良い。剣聖の眼というのは、暗くても昼間と変わらず見えるのだ。

 しかし、村に侵入すると、早速察知された。魔導士による探知用の結界が張られていたようだ。黒いローブに身を包んだ魔導士等が建物から現れ攻撃してくる。アレクセイは、暗黒魔導教団の暗黒魔導士だとすぐにわかった。ヨウには深入りは危険であると伝えられていた。

 しかし、アレクセイは、それらの攻撃や罠をかいくぐり黒い教会の尖塔に取り着いた。眼下では、幾つもの灯りが蠢いている。


「もっとスマートに行きたかったのにな。我ながらドジったな」


 この教会にリールがいるのは間違いない。徒に動いても察知されて、騒ぎが大きくなるだけだ。ヨウからの情報だと教会の地下に異端者を収監する牢があるという。アレクセイはそこに狙いを定めていた。

 尖塔から教会地下への入口を探すがそれらしい入口が見当たらない。すると一人の魔導士が怪しい動きをしているのに気づく。尖塔の上から見ていると、教会の裏側付近で周りをキョロキョロと周囲を警戒している。懐からロザリオを取り出し、教会の壁の窪みに掲げると、入口が静かに現れた。

 そのチャンスを見逃さずアレクセイは尖塔から飛び降りた。入口が消える前に侵入すると、扉を開いた魔導士の背後から静かに近づき、口に布を当てると、その魔導士は意識を失った。


「リールは、この下か」


 長足で、飛ぶように静かに駆ける。途中人とすれ違うが、天井に張り付いたり物陰でやり過ごす。この男は忍びの天才でもあるかのようだ。


 そうして、地下3階まで降り一番奥の牢にたどり着いた。


「誰だ?」


 流石にこれは、やり過ごせず、瞬時に近づいて腹部に軽いボディーブロー入れると、見張りの魔導士は意識を失った。


 キイーーッ


 鍵を壊し、牢の扉をあけた。

 奥に人影が寝転んでいるのが見える。

 いや、大柄な髪の長い男の死体だ。

 心臓に特長刀が突き刺さっていた。それだけでなく上半身の右半分が抉られていて無くなっている。

 惨い姿だ。


「リール・・・。チっ!」


 アレクセイは、苦渋の表情で唇を噛む。その拳に力が入る。

 アレクセイは屈み、眼を見開いたまま亡くなっていたリール・イングレースの眼を閉じた。上半身の抉られた傷痕は、ドラゴンによるものだろう。

 しかし、手練れのリールがドラゴンと言えども、そう簡単にやられる筈はない。格付ランクの高いドラゴンによるものだろう。恐らくFG級、嫌、もしかしたらその上のPS級に近いかもしれない。


 上位の格付ランクになると同じ格付でも幅が広くなる。逆に下のランクのOD級やDT級も同じ筈なのだが、剣聖自信の力がかなり上であれば、その者から見れば、下の方の格付のドラゴンは大差が無いと感じるという事だ。

 因みにドラゴンの格付は5ランクあり、下からOD級→DT(当然ながらドウテイではない。ある意味それは最強かもしれないが)級→BT級→FG級→PS級となる。スフィーティアやアレクセイはFG級やPS級なら相手となろうが、PS級は、規格外のドラゴンがいる。


「すみません、リール。僕の判断ミスです。あなたがやられるほどのドラゴンがいたとは」


 アスランには、ドラゴンとの関係が疑われる帝国が近いこともあり、軍師レオナルドに依頼して実力者であるリールを敢えて置いた。そのリールを殺れるほどのドラゴンだった。

「さあ、ここを出ますよ、リール」

 遺体となったリールは何も答える筈はないが、アレクセイには、「お前のせいじゃない。俺のミスだ」と言っているように思えた。

 アレクセイは、リールの心臓に刺さっていた2メートルはあろう長さの特長刀を抜くと背中に納める。これは、リール・イングレースの剣聖剣だ。刀身の刃とは逆側のむねが黒く輝く。

 そして、リールの遺体を抱えると、牢屋を出た。


「誰だ?そこにいるのは!」


 暗闇の通路の先から、声が響く。アレクセイは、その問いかけは、無視し走って声を発した魔導士の横をあっという間にすり抜ける。そして、階段を駆け上がり、教会の地下室を出た。すると、暗黒魔導教団の黒衣の魔導士等が出口を塞ぐように待ち伏せていた。


「ここまでだ。逃がさないぞ」

「僕は、今仲間を殺されて、気が立っているんだ。見逃してくれると助かるんだけどね。でないと、少し痛い眼を見るよ」

「何を!」


 その中の一人の魔導士が、剣を抜き、剣身に掌を這わせると、刃が黒光りし始めた。そして、剣を振るうと、黒い影がアレクセイに襲いかかる。アレクセイは、かわすが、これは、誘導性がある。しかし、アレクセイは抜刀しリールの特長刀を振るうと、黒い影を刀が打ち消した。

 そして、素早く動き、柄頭で腹部を突き、吹き飛ばすとその魔導士を気絶させた。

 アレクセイはリールの巨体を片手で抱えながら片手刀でこれをやっていた。

 リールの特長刀は、いつものアレクセイ愛用の特大剣聖剣『赤い追放者レッド・パージ』に比べればはるかに軽いかもしれないが、抱えたリールの重みさえ感じないかのような流れるような一連の動作だ。


 あっという間の出来事に周囲にいた魔導士等は警戒し、少し距離を取った。しかし、一斉に詠唱を始めると、暗黒の焔が杖から迸り出るように一斉に発せられると、一直線に黒焔が覆い包むようにアレクセイに襲いかかった。しかし、アレクセイのスピードには追いつける筈もなく、纏わりついて来る黒焔を間一髪で交わしたり、リールの特長刀で斬り飛ばしながら、魔導士等に近づくと一人ずつ、拳や肘、膝、刀の柄頭で軽く打ち、気絶させていく。


 しかし、その時だ。


 闇を切り裂くように、ブーメラン状の真空の刃がいくつも上空から地上に落ちて来た。アレクセイは、素早くそれを察知した。


「チッ!」


 上空に飛び上がると、リールの特長刀を高速度で旋回させ、真空のブーメランを弾いて軌道を逸らした。


 ズバズバズバズバッ!


 真空のブーメランが地面を抉るが、気絶した暗黒魔導士達は、傷つくことは無かった。

 

 アレクセイは上空に浮遊する大きな緑色のエメラルド・ドラゴンを見つめる。


 エメラルド・ドラゴンは、風や空気を操るドラゴンだ。上位3種(炎、氷、雷)よりも格付ランクが下がる種が多いが、高いものは、風を起こすだけでなく、空気を自在に操り刃物のような使い方ができるため非常に厄介な相手となる。


「容赦ないな。僕も少しだけ本気にさせてもらうよ」

 上空を見上げて、アレクセイは言った。

「リール、少しここでお待ちを、すぐに済みますので」

 アレクセイは、そっとリールを下ろす。


 アレクセイは、奥歯に仕込んだ竜力解放の薬を噛むとアレクセイの漆黒だった髪が火のような赤髪に変化する。瞳の色も黒目から朱色に変化した。

 それに、リール・イングレースの特長刀も反応する。光を発すると刀身が熱を帯びてきて大気が揺らぎ始めた。


「わかりました。リール、あなたも闘いたいのですね。一緒に闘いましょう。」


 これには、エメラルド・ドラゴンは驚いたようだ。

 突然大きな竜力を持つ剣聖が現れたのだ。

 ドラゴンは、通常自分よりも大きな竜力を持つ相手、つまり格上の者(ドラゴン)には近づかない。だから、突然、目の前の人間から大きな竜力が発生したのに驚いたのだ。


 エメラルド・ドラゴンは、素早く上空に飛び立とうとした。


「おっと、逃げてもらっては困るな。部分換装シノーイ!」

 そう言うと、アレクセイの背中から、赤い透明な翼が生える。


 ジャンプして一羽ばたきすると、エメラルド・ドラゴンにあっという間に追いつき、更にすれ違い様に大きな翼を斬り落とした。


 キケーケケケーーッ!


 エメラルド・ドラゴンは、悲鳴と共に逆さに落下していく。

 そこを今度は上空から高スピードで接近し、その胸に特長刀を突き刺した。

 そして、心臓を抉ると、ドラゴンは地面に落下して絶命した。


 地面に降り立つと、アレクセイの翼は消えた。竜力も小さくなっていく。少しすると、赤髪から黒髪に戻り、瞳の色も黒に変わる。

 アレクセイは、慣れた手つきで、刀を突き刺し抉った心臓から、『竜の心臓の欠片』を取り出した。美しい碧色に輝る石だ。


 アレクセイは、それを見て呟いた。


「リールを殺ったのは、こいつじゃない。もっと凶悪なドラゴンが背後にいる」



                                (つづく)

 

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