第36話 アスラン血風3 イラストリアス城

 エリザベス王女一行が、公都アークロイヤルに到着後3日が経過していた。


 時刻は、午時ごじ一つ時(11時頃)


 やっとアスラン公から、公城『イラストリアス城』への参城が許され、迎えの馬車を送るとの通知があった。


「しかし、殿下を3日も待たせるとは、ウイリアム様も酷い。何をお考えなのか」

 ザイドリッツ右大臣が、左目の小さな眼鏡を押し上げ、不満を述べる。極端なガチャ目のため、左目だけ、鎖の付いた眼鏡をしているのだ。

「良いのです。それよりも私は、伯父様が心配なのです。今のこの公都の様子は、あまりに伯父様らしくないもの」

「はい」

 二人の様子を入り口付近で、黒いメイド服姿のヨウは見ていた。



「お待ちください。王女殿下に先ずお話をしますので!」

「うるさい!俺を誰だと思っているんだ」

 突然廊下の方がガヤガヤし始め、乱暴にドアが開くと、貴族の派手な服を着た体格は良いが、お腹の辺りが少しプックリした金髪ボブヘアの男が大股歩きで入って来た。


「エリザベス、迎えに来てやったぞ」

「アルフレッド!あなた生きていたのですか?(※)」

 その入って来た男は、アルフレッド・ルッジェーロ・アマルフィだった。

 エリザベス王女は驚きの眼を向け、身体を小刻みに震わせている。

「あれしきのことで、俺は死なないさ。ウヒヒヒッ」


(※詳しくは、第25・26話『エリザベス王女誘拐事件』をご覧ください)


 アルフレッドが、王女に近づいて行くが、エリザベス王女は、彼への恐怖から、後ずさりする。

「それ以上は、王女殿下にお近づきになられませんように」

 王女を見ていたヨウが、入り口付近から素早く動き、アルフレッドの前に立ち塞がった。

「何だ!貴様は、俺はアスラン公の長子だぞ。エリザベスとは、従兄だ。メイド如きが!どけ!」

「はあ?私は、アレクセイ様の命で殿下をお守りしているのです」

 ヨウには、アルフレッドの言うことなどどうでも良いようだ。

「アレクセイだと!俺は、あいつのせいで酷い目にあったんだぞ!(※)」


 アレクセイの名前を聞いて、アルフレッドは激高しだした。とても上品な貴族様の優雅なイメージは欠片もない。


(※繰り返しますが、アルフレッドの痴態は、「第25・26話『エリザベス王女誘拐事件』をご確認ください)


「貴様、メイドの分際で!」

 アルフレッドが、右腕でヨウを引っ掴まえようとした瞬間に、アルフレッドの身体が宙に浮いた。そして、背中から落下した。


「ウグっ!」


 ヨウは、アルフレッドの右手を掴むと、素早くその手を回転させ、倒したのだ。

「殿下への狼藉は許しません」

 ヨウは、黒ぶち眼鏡を押し上げながら、アルフレッドを見下ろし、静かに言った。

「うぬぬ。俺は、エリザベスを迎えに来たんだぞ。何だ、この扱いは!」

「ヨウ。もう、それ位にしてください」

「はい」

 王女は、ヨウの立ち回りを見て、落ち着いたようだ。ヨウが、少し後ろに控えた。

「アルフレッド、お迎えに感謝します。でも、私は、あなたが嫌いです。私に近づかないでください」

 エリザベス王女は、前に進むと、凛として言った。

「嫌いか。まあ、いいだろう。、そうやって強がるがいい。ウヒヒヒッ」

 そう言うと、アルフレッドは、部屋から出て行った。


「ふう。ありがとう、ヨウ。助かりました。あなたは、お強いのね」

 エリザベスは、少しホッとしたようだ。

「いえ」

 ヨウは、ずり落ちた小さい眼鏡を指で押し上げる。


(このお方は、不思議な魅力をお持ちの方だ。何とかお力になりたいと思わせるような・・)



 エリザベス王女一行は、迎えに来たアルフレッド・ルッジェーロ・アマルフィの大きな馬車に乗り、イラストリアス城に向かった。

 途中、アルフレッドは、エリザベス王女にちょっかいを出そうとしたが、ヨウが間に入り全て阻止し、アルフレッドは、鬱憤たらたらとなっていた。



 イラストリアス城。


 公都アークロイヤルにあるアスラン公であるウイリアム・アスラン・アマルフィの居城だ。アークロイヤルは、中心の旧市街とその外側の新市街に分かれるが、イラストリアス城は、旧市街ではなく、新市街の北側の高台に位置する。元々居城は、旧市街にある今は王族の離宮となっている城であったが、現アスラン公が、公都が一望できるこの地に移して完成したのがイラストリアス城である。

 白い優美な外観だが、外壁は固い石や白い石灰で補強されている。白鳥のように美しい大きな尖塔が北側にあり、他に城を囲むように大小幾つもの尖塔が設置されている。北側に大きな城郭があるが、その南側にある中庭の中央には、有事の際を想定して巨大な天守閣ベルクリートがある。正に難攻不落の城と言える。


 エリザベス王女を乗せた馬車は、参道を通り、イラストリアス城の城門を潜った。城へのアプローチで王女一行は、馬車を降りる。

 石畳の中庭の端にある回廊を進み、宮殿(城郭)に入る。そして、宮殿4階にある玉座の間へと入った。

 城の優美な外観とは裏腹に、室内は質素な造りだ。優雅な絵画などもなく、金ぴかの壁などでもない。優美な天井絵などもない。灰色の壁に大きな採光用の窓があり、壁際には、甲冑や武具など飾られ、兵の練兵場や武器庫のように見えなくもない。大きな窓白い大理石の床に紺色の絨毯が玉座へと伸びる。

 そこをエリザベス王女は、アルフレッド・ルッジェーロ・アマルフィに導かれ、城の衛兵が囲む中を進んだ。玉座の近くまで来ると、アルフレッドは、玉座の左横の大きな椅子に腰かけた。アスラン公の横には、黒いローブを頭から纏った男が侍していた。


 エリザベス王女は、玉座に腰かけるアスラン公と向かいあった。その少し右後ろにはザイドリッツ右大臣が控えていた。しかし、ヨウの姿は、無い。ヨウは、玉座の間の入口で衛兵に止められ入室が許されなかったのだ。

 玉座に座るその男は、長身で屈強な肉体を持ち、金色の長い髪に髭面だ。威圧感のあるその風貌は、歴戦の跡だろう。深い皺が刻まれている。大柄のこの男には、王の飾り付けられた服よりも、戦場の鎧の方が似合っているだろう。その男が玉座に肘をつきエリザベス王女を見下ろす。


 エリザベス王女は、脚を折り会釈をした。


「伯父様・・・」

 アスラン公は立ち上がった。

「よく来てくれた。エリザベス。さあ、もっと近くに来て顔をよく見せておくれ」

 しかし、エリザベス王女は、動かなかった。

 目の前にいるアスラン公の姿は、確かにエリザベスの知るアスラン公の姿であったが、違和感を感じていた。

「さあ、どうしたね?」

 アスラン公は、エリザベス王女に手招きする。


「あなたは伯父様ではないわ。伯父様は、私を見た途端に走って来て、私を抱擁します。あなたは、誰?伯父様はどこですか?」

 エリザベス王女は、毅然として言った。

「ふう、さすがは、聡明と噂の高いエリザベス王女だ。しかし、残念だよ。その聡明さがあだになった」

 玉座のアスラン公は、もう隠すことなく妖しい視線を向ける。エリザベス王女は、その眼を見ると、背筋が寒くなるのを感じた。しかし、怯まない。


「まさか、伯父様を・・・」

 

 その時だ。後方から、黒い影が物凄い速さで周囲の衛兵の間を接近してきた。衛兵は動く暇が無かった。そして、ザイドリッツ右大臣と王女の頭上を越え、降り立った。

「殿下、お下がりを」

 玉座の間の入口付近で待たされていた黒いメイド服のヨウだ。

 双剣を手に構え、偽のアスラン公に対峙した。すると、衛兵が3人の周りを囲む。


 偽のアスラン公は、手をあげて、衛兵を下がらせた。その代り、横に侍していた黒衣の男が、アスラン公の前に出る。


「威勢がいいな、女。しかし、場所をわきまえよ」

 偽のアスラン公が、クワッと睨むと、先ほどよりも強い妖しい気に圧された。


「うくっ!」


 ヨウは、膝をついた。彼女には、この気が何かわかった。自分では対処不可能な相手だ。

 ザイドリッツ右大臣も、気圧され、気分が悪そうにしているが、エリザベス王女は毅然と立ったままだ。


「さすがだ。エリザベス。わしの眼光にも臆しないとは。やはり、アスランの血筋か。良いことを教えよう。ウイリアム・アスラン・アマルフィは存命だ。しかし、この後はわからんな」

「伯父様に、何をしたのです!」

「言うことを聞いてくれれば手荒な真似はしないし、悪いようにはしない。しかし、お前が言うことを聞いてくれなければ、奴には時間はないかもな」


 エリザベス王女には、アスラン公を救うためには、言うことに従うしかなかった。躊躇は無かった。


「卑怯者!何が目的ですか?」

「エリザベスよ、お前には、アルフレッドと結婚してもらう」

 そう言うと、偽のアスラン公は、右隣に座るアルフレッドを指差した。アルフレッドは、ニヤニヤ薄ら笑いを浮かべている。エリザベスは、その薄ら笑いから眼をそむけた。

「だから言ったろう。強がりもここまでだ。お前は、俺と結婚するんだ。ウヒヒヒッ」

「アルフレッド、あなたは、伯父様を売ったのですか?」

「何を言う。これを。俺を疎んだ親父のせいだ。親父がいなければ、俺はアスランを正統に継げる。そして、お前を娶れば、アマルフィ王国の継承権も得る。全ては、俺の計算なんだよ。うっふっふ」

「なんと浅はかなことを。そんなことのために、あなたは、国を売るというのですか?」

「ふん、権力を求めて何が悪い?これは、俺を正当に評価しなかった親父のせいなんだよ」

「伯父様のせいにしないで!」

 エリザベスは、怒りの眼差しをアルフレッドに向ける。

「殿下、今は・・・」

 ザイドリッツ右大臣が、後ろから王女の袖を取った。王女が振り向くとザイドリッツ右大臣は、首を横に振る。それに、唇を噛みながらも、エリザベス王女は頷いた。


(今は、自重するしかないんだわ)


「挙式は、3日後に執り行う。それまでは、用意した部屋にいてもらおう」

 偽のアスラン公が宣言した。

「しかしだ。俺に恥をかかせたお前は許さん。その者を捕らえよ」

 そう言うと、アルフレッドは立ち上がり、ヨウを指さした。

 

 衛兵等が膝を付いたヨウに槍を向けて近づき串刺しにしようとした。ヨウは、それをジャンプしてかわすと空中で宙返りをして、エリザベス王女とザイドリッツ右大臣の頭上を越えて後ろに降り立った。


「殿下、必ずアレクセイ様が助けに来ます。それまでご辛抱ください」

 ヨウがそう言うと、エリザベスは頷いた。

「そいつを逃がすな」

 アルフレッドが、叫ぶ。

 今度は、衛兵でなく、偽のアスラン公の横にいた黒いフードに身を包んだ男が動いた。

加速移動スぺシュート

 男の姿が見えなくなると、ヨウの目の前に一瞬で現れた。

「何!」

 男は、腰の剣を抜刀して、ヨウを斬りつけると、後ろに下がって回避しようとしたがヨウの右腕に傷を負わせた。

「ウクっ!」

「ヨウ!」

 エリザベス王女が叫ぶ。


 しかし、ヨウはそのまま姿を消した。


 血の痕を残して・・・。



 そして、エリザベス王女は、イラストリアス城の塔に幽閉された。



                                (つづく)

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