第34話 アスラン血風1 公都アークロイヤル

 紫陽月しようづき(6月)10日。

 

 ここは、アマルフィ王国アスラン領公都アークロイヤル近くの森の林道だ。突然、空間が歪むと、黒い馬車がそこから出現した。アレクセイとエリザベス王女等を乗せた馬車だ。


 この突然、空間を歪め出現した黒い馬車は、「次元馬車ディメンショナル・ワゴン」と言う。

 各地を次元街道でつなぎ、そこを行き来することで瞬時に移動できる優れた馬車である。但し、ルート(ワープポイント)が決まっているため、剣聖が使用するシュライダーのようにどこでも瞬時に移動できるわけではない(シュライダーもワープできない所はある)。

 次元馬車は、ある商会により許可された国でのみ運行されている。この商会は、剣聖団との繋がりがあると噂されている。アマルフィ王国では、この次元馬車が主要な交通手段となっており、国内各地にネットワークが張り巡らされているのだ。それでも広いアマルフィ王国である。アスラン公都アークロイヤルまでは、幾つものルートを経由し1日以上を要した。


 森の街道を進み、森を抜けると、朝日に照らされた、ほぼ楕円形に広がるアスラン公都アークロイヤルが丘の上から一望できた。


 公都アークロイヤル(君主の大権)


 その名前のとおり公都アークロイヤルは、人口40、50万人を擁する要塞都市だ。王都サントリーニに次ぐ人口を誇る巨大都市である。その城壁の上には、大砲を装備(配備)する。これは、北方のルーマー帝国への守りのためだ。

 元々アークロイヤルの城壁は、古くからあった旧市街を囲むものだけであったが、現アスラン公がその外側の新市街を囲むように高い防壁を築いた。これは、北方の大国ルーマー帝国への防壁とするためだ。そしてさらに、何百もの大砲を防壁の上に囲むように配備し、要塞化した。

 変わっているのは、アスラン公の居城が中心に位置する旧市街にあるのではなくその外側の新市街にあることだ。ここが高台になっており、アークロイヤル市街全体を見下ろせるからだという。

 勇名を馳せる現アスラン公ウイリアム・アスラン・アマルフィが、あくまでもアークロイヤル防衛を考慮したのだろう。


 朝焼けの混じる朝日の中を、アスラン街道を北に進み公都に近づくと、高い防壁の上に威嚇するような大砲が幾つも見える。


 防壁の門に到着すると、エリザベス王女一行は公都に難なく入った。公にはされていないが、衛兵にはこの馬車を通すよう通達されていたのだろう。衛兵は、馬車の中の青い髪の女性がまさかこのアマルフィ王国の王女だとは思わなかったことだろう。

 馬車の中にはエリザベス王女とザイドリッツ右大臣、それに白いエプロンの付いた黒いメイド服に身を包んだ侍女と黒髪の細い神経質そうなメガネをした若い女性がいた。

 しかし、この馬車の中には、一緒にいるはずのアレクセイ・スミナロフの姿はなかった。



 アレクセイの方はというと、次元馬車が出現した森の中で馬車を降りていたのだ。



 まだ、夜明け前。夜明けが近い時刻。

 次元馬車が森の街道を逸れて、少し行った小さな広場に着いた。

 アレクセイは、エリザベス王女に優しい視線を向ける。

「エリザベス王女、これ以上私がこのまま進むと、現下の状況であれば相手側に警戒されましょう。私は準備をして参ります。暫しこちらでお待ちください。また、仲間と合流しますので」

「わかりました」

 アレクセイは、馬車を降りた。森の中を飛ぶように駆け、少し行ったところにその者がいた。

 そこには、のヨウが待機していた。ヨウは、全身黒ずくめの忍者のような格好をしている。

「クロコ」とは剣聖の裏の仕事を行う者達だ。ドラゴンの亡骸の回収や剣聖の痕跡を消すのを主に行うが、他にも諜報活動などにもあたる。


 なので、アレクセイは、事前に彼女を公都に侵入させ、剣聖リール・イングレースの情報収集をさせていた。

「悪いね、面倒なことをさせて」

「いえ、のことなので」

 ヨウは、「いつも」を強調して言うが、アレクセイは、気づかないのかニコニコしている。


「はあ。アレクセイ様、リール様はこの場所にいるかと思われます。しかし、生死は確認していません」

 ヨウは、公都周辺の地図を広げ、郊外の村とある場所を指さした。

「ご苦労さま。後は僕がやろう。ヨウには別のことをしてもらいたいしね~」

 アレクセイは、さらにニコニコしている。

「その顔は・・・、何か嫌な予感しかしないのですが・・・」

「ハハハ、そんなことはないよ。さあ、これを着て。ヨウにきっと似合うと思うよ~」

 アレクセイが、ニッコリしながら黒と白の服を渡した。

「え?着替えるんですか?」

「うん。そうだよ~」

 アレクセイは、有無を言わさないようなニンマリした笑みを向ける。

 本当にこの男は狡猾だ。

「うう・・・」


 そして、ヨウが着てみると・・・、

 それは、黒いメイド服白いエプロン付だった!

 そして、黒い細い眼鏡もつける。


「な、何ですか?こ、これは!」

 ヨウが、スカートの裾を広げ、顔を赤くしている。

「うん、似合っているね。僕の判断に間違いはないようだ」

 アレクセイは、うんうんと頷いている。

「もう、私にこんな格好をさせて何をさせるつもりですか?」

 ヨウは、とても不機嫌になった。

「ヨウには、僕がいない間エリザベス王女をお守りして欲しいんだけど」

「私は、クロコですよ!人前に姿を見せることはできません。こんなの任務外ですよ」

 そう言って、そっぽをむく。

「まあ、そう言わずに、ねえ」

 と言って、アレクセイは、ヨウの頭を優しく撫でる。

「も、もう、そ、そんなことをしても、だ、ダメですよ」

 ヨウは、ドキドキして顔を赤らめながら、距離を取った。

「ええ、ホントウに?」

 アレクセイが、流し目で確認する。

「も、もう、スフィーティア様(※)と言い、どうしてこう人使いが荒いのでしょう!」

「ハハハ、ありがとう。ヨウ。頼りにしているよー」

 そう言うと、アレクセイは、ヨウをハグした。

「く、苦しいですよーーーーーーっ!」



(※スフィーティアもヨウに何かしたのか?

 気になる方は、拙作「剣聖の物語 スフィーティア・エリス・クライ 序幕」の「第20話 復讐の果て 4 師の跡」をご確認ください)



 そう言うアレクセイも執事バトラー風に黒のフロックコートに着替えていた。髪も瞳も黒い。どうやら竜力を抑える薬を使ったようだ。


 そして、アレクセイは、ヨウを連れてエリザベス王女の待つ次元馬車に戻った。



「お待たせいたしました。エリザベス王女」

「あの、アレクセイですか?」

「はい」

「・・・」

 アレクセイの黒髪のバトラー姿を見て、エリザベス王女は、見とれてしまう。

「似合いませんか?いつもの恰好だと警戒されますので、この方が自然かと」

「あ、あの・・・、とても素敵です」

 そう言うと、エリザベス王女は、アレクセイと眼を合わすのが、恥ずかしくなり、視線を外した。

「それは、良かった」

 アレクセイは、いつものようにニッコリ微笑むが、いつもと違うアレクセイの姿にドキドキしてしまうエリザベス王女だった。


「王女、私は、後から公都に向かいます」

「え?」

「申し訳ありません。剣聖としてすぐに対処することが起きまして」

 アレクセイの表情が真剣なものに変わる。

「そうですか。お仕事では仕方ありませんね。アレクセイ、くれぐれもお気をつけください」

「ありがとうございます。私がいない間この者を付けましょう。名をヨウと言います。とても優秀ですので、ご安心ください」

 メイド服姿のヨウが、面倒くさそうに軽く会釈する。とてもメイドらしくも優秀にも見えないのだが・・・。

 アレクセイが、ヨウを小突いた。


「ヨウさん、私は、エリザベスです。よろしくお願いしますね」

 エリザベス王女は気にせず、微笑んだ。

「はい、お任せください。どうぞ、私のことは、ヨウとお呼びください」

 今度は、ヨウは、メイドらしい仕草でお辞儀をした。やればできるようだ。


 エリザベス王女とヨウが、馬車に乗り込む。

「では、私は、後ほど公都に向かいますので、また後ほど落ち合いましょう」

「アレクセイ、どうかご無事で」

 王女は、不安そうな表情を見せる。アレクセイが任務に行くと聞き、不安になったようだ。

「ご心配なく。必ず落ち合いますから」

 アレクセイが、優しくエリザベス王女の頬を白いグローブで撫でる。

「では、行ってくれ」

 アレクセイが、御者に合図すると次元馬車は静かに公都に向けて走り出した。


 エリザベス王女は、手を振って見送るアレクセイが見えなくなるまで、窓の外から後ろを振り返っていた。

 その様子をヨウが静かに観察していた。


(アマルフィ王国を担う才女と聞いていたが、王女様というのは、こんなものなのか。アレクセイ様は、何故、この王女にこんなに関わろうとするのか?)


 そして、エリザベス王女を乗せた馬車は、朝日の下、公都アークロイヤルに入って行った。


                                (つづく)

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