特別編 ジェンダーレス制服、始めました。

 高校生活初めての夏休みが終わりを迎え、二学期の始まりを告げる始業式が行われようとしている。

 体育館の中で、全校生徒がクラスごとに男女二列に整列している中で、黒髪ロングの美少女、松葉芽衣は視線を右斜めに向けた。

同じクラスの男子、加村優の後姿との間には、八人ほどの男子生徒が並んでいた。

すると、芽衣の隣の列に並んでいた福坂徳郎が芽衣の赤い顔を見て、小声で話しかけてくる。

「松葉さん。もしかして、優のこと見てるのか?」

「そっ……そんなことないから!」

 言葉を詰まらせながら誤魔化す芽衣に対して、徳郎は疑いの視線をぶつけた。

「そうか? 優と同じ顔してたぞ。授業中、よく松葉さんの方を見てる顔だ!」

 加村優の幼馴染に指摘された芽衣が、苦笑いしながら、視線を反らす。

 福坂徳郎は知らない。隣にいる圧倒的美少女の正体が、加村優であることに。

 加村優と松葉芽衣。お互いに中身が入れ替わったふたりは、元に戻る方法を探しながら、未だに入れ替わっていることを隠して生活していた。


 そんな優と芽衣は、お互いのフリをしながら、全校生徒たちに混ざって、始業式の開始を待っていた。


 すると、体育館のステージの上に、丸眼鏡をかけた教頭先生が現れ、寂しい頭を全校生徒たちに下げた。

 それから、教頭先生は右手に持っていたマイクを握りなおす。


「ええ、ただいまより、2学期の始業式を始めます。校長先生の挨拶……の前に、重大発表があります。それでは、校長先生、お願いします!」


「重大発表?」


 加村優が松葉芽衣の口でボソっと呟く。それと同時に、全校生徒たちはザワザワとして、近くにいる同級生たちと話し始めた。

 その間に、白髪交じりで紺色のスーツを着た初老の男性が壇上に上がり、マイクを握る。それから校長先生は、ステージの上から、全校生徒たちを見下ろした。


「静粛に。それでは、重大発表です。私立鳥丸高等学校は、今学期よりジェンダーレスに配慮し、制服を選択制にします! 女子生徒の皆さんは、男子生徒が着ているズボンを着用してもいいのです。もちろん、男子生徒もスカートを着ていいですよ」


 その校長先生の一言に、芽衣の姿の優は衝撃を受けた。


 松葉芽衣と入れ替わってから、女子生徒としてスカートを履いてきたけれど、今学期からは、加村優として履いてきたズボンを着ることができる。


 衝撃的な朗報に、胸を躍らせた優は芽衣の姿で、加村優として男子の列に並ぶ松葉芽衣の後姿を見つめた。


 2学期の始業式と夏休みの宿題を提出するホームルームの間の休憩時間、教室に集まった生徒たちの話題は、校長先生の口から語られた重大発表でもちきりだった。


「どうする? 明日から、ズボンにする?」

「うーん。私服はズボンが多いけど……」


 近くから聞こえてきた女子たちの会話を聞きながら、芽衣の姿の優が席に腰を落とす。

 その直後、芽衣の机の前に、加村優が立ち、彼女の顔を覗き込んだ。


「ニュースで最近、女子生徒もズボンを着られる学校が増えてるってやってたけどさっ。まさか、ウチの高校も同じことやるとはね」


「ああ、ビックリしたよ」


「もしかして、ズボン履きたいって考えてる?」


 唐突に優の姿の芽衣から指摘され、優は芽衣の背中をまっすぐに伸ばし、視線を反らした。

「ごめん、校長先生の話、聞いたら履きたくなった」

「そうだろうと思ったよ。同じこと考えて、却下したから」

「えっ?」と芽衣の姿の優が目を丸くする。


「もちろん、分かってるよ。男子がスカート履いてたら変に思われる時代は終わろうとしてるって。その証拠は、全国的に制服を選択制にして、男子でも気兼ねなくスカートが履けるようにする動きがあるから。でも、男子がスカート履くのって、飛行機の上から飛び降りるくらい勇気がいる……」


「えっ、優。お前、女装趣味あったのか! 知らなかったぞ!」

 優の声を遮り、驚いた徳郎が優の右隣に

立った。そんな彼と顔を合わせた優(中身は芽衣)は、慌てて両手を左右に振った。


「そんなつもりはないし、女装趣味もないから。それと、徳郎。お前は間違っている。この世界には、スカートが履きたくても履けない男子が一定数存在するんだ。まあ、俺は違うけど……」


「あっ、ああ。言ってることは分かるけど、俺はただ、ガキの頃から一緒にいた幼馴染がスカートに興味を示したから、ビックリしただけで、深い意味はなかったんだ。なんか、ごめん」


 両手を合わせ謝る徳郎に対して、優の姿の芽衣は首を縦に動かした。

 その直後、前方のドアが開き、担任教師の楪叶彩が教室に顔を出す。そのことに気がついた優(中身は芽衣)は、右手を左右に振る。


「あっ、そろそろ自分の席に戻るけど、その前に一つだけ。ズボン、履きたければ履けばいいじゃない! 松葉さんって、ズボンも似合いそうだし」

 まるで背中を押すような優しい声に、芽衣の姿の優は、キョトンとした。その一方で、徳郎が優と肩を組む。


「おお、優が彼女の悩みを察して、助言したぞ。かっこいい!」

「わっ、わかったから、突然のスキンシップやめて」

 恥ずかしがる芽衣(見た目は優)が、掴まれている肩から強引に徳郎の手を剥がし、急ぎ足で自分の席へ戻っていく。


 その間に教卓の前に立った楪叶彩は、両手を叩いた。

「はい。席について」

 担任教師の号令に従い、生徒たちが自分の席に戻る。そうして、全員が揃うと、叶彩は教卓の上に両手を乗せ、生徒たちの顔を見渡した。


「ええ、ただいまより、ホームルームを始めます。夏休みの宿題提出……の前に、重大発表があります」


 突然の重大発表発言に、優たちは息を飲みこんだ。それと同時に、教室の中がザワザワと騒がしくなり、マジメな顔の担任教師が深い息と共に言葉を吐き出した。


「静粛に。それでは、重大発表です。私立鳥丸高等学校は、今学期よりジェンダーレスに配慮し、制服を選択制にします! 女子生徒の皆さんは、男子生徒が着ているズボンを着用してもいいのです。もちろん、男子生徒がスカート履いても問題はありません」

 

 なぜか校長先生のモノマネをして、話題の制服を選択制にする話を繰り返した叶彩に対して、生徒たちが笑い出した。


「ということで、補足説明です。学校指定のズボンおよびスカートは、駅にある商店街の洋服店で取り扱っているので、欲しい人は買ってみてね♪」

 

 マジメな顔からいつもの明るい顔に戻した叶彩が、かわいらしくウインクする。


「因みに、先ほど取扱店に問い合わせたところ、学校指定のズボンとスカートの在庫がそれぞれ50着以上あるとのことでした。放課後買いに行ったら、明日からズボン履いて学校に通えます。では、次に、夏休みの宿題を提出してもらいます」


 無事にホームルームが終わり、放課後が始まる。もうすぐお昼時ということもあり、午後からの部活に参加する生徒たちは、部員や友達と一緒に弁当を食べ、帰宅部の生徒たちは帰り支度をする。


 他のクラスメイトたちと同じように松葉芽衣も帰り支度を進めていると、ドアが開き、隣のクラスにいる黒髪短髪の少女、河瀬美久が顔を出した。


 美久は教室の中に芽衣の姿を見つけると、安心したような顔で、右手を左右に振った。


「芽衣ちゃん。良かった。まだ帰ってなかったんだね。午後から学校休みだから、みんなでカラオケ行こって話してたんだけど、芽衣ちゃんも来る?」


「……カラオケ」

 芽衣の口でボソっと呟いた優は、視線を右に傾け、優の顔をジッと見た。それからすぐに、少女は両手を合わせる。


「ごめん。行けそうにないみたい。ちょっと、予定があるから」

「そっか。加村くんと放課後デートかぁ。いいと思うよ」

「えっ」と芽衣の顔の優が目を点にする。その一方で、美久はクスっと笑った。

「分かりやすいよ。さっき、加村くんの顔、見てたから、放課後、彼氏さんと何かするんだろうなって思った」

「彼氏なんかじゃないから!」

 慌てて否定した芽衣の姿の優は、カバンの中に荷物を詰めると、美久に背を向け、足早に教室を飛び出す。


 翌日の朝、制服に着替えた松葉芽衣は、洗面台の鏡の前で、首を縦に動かした。

 鏡の中にいるのは、男子生徒のズボンを履いた黒髪ロングの美少女。

 その姿に見惚れている芽衣の耳にインターフォンの音が聞こえてきたのは、数秒後のことだった。


 そろそろ学校へ行く時間なのに、誰だろう。

 そんなことを考えながら、芽衣の姿の優は、玄関のドアを開ける。

 その瞬間、少女は顔を赤くした。玄関の前には、いつもの男子の制服を着た加村優が佇んでいた。


「えっ、なっ……なんで……」

 激しく動揺する本当の自分の顔を見た芽衣がため息を吐き出す。

「やめて。こっちも恥ずかしくなるから」

「ごっ、ごめん」と謝り芽衣の頭を下げた優の前で、少年は少女の下半身に視線を向けた。


「ふーん。やっぱり、ズボンにしたんだ」

「ああ、昨日の放課後、買ってきた。こっちの方が履き慣れてるから」

「うん。思った通り、似合ってるみたいだね。じゃあ、一緒に学校、行こっ」

「えっ」

 優の声を聴いた芽衣は思考回路を停止させた。

 そんな少女の前で、少年は右目を瞑る。

「勘違いしないで。男子のズボン履いてる松葉芽衣の姿を、この目で最初に見たくて、迎えに来ただけだから」

「そのためだけに、逆方向なのに、迎えに来たのかよ!」

「そうだよ。さあ、行こうよ。学校」

「ああ」と芽衣の声で短く答えた優は、すぐに自宅に戻り、カバンを手に持って、玄関前で待つ少年の元へ戻った。


 そうして、玄関のドアを閉めると、ふたりは一緒に並んで通学路を歩き始めた。


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とりらぶ〜優柔不断な俺と成績優秀な私が付き合ってるって噂があるけど、それは誤解です〜 山本正純 @nazuna39

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