第25話 入れ替わりの秘密

 加村家での生活も一夜明け、時刻は午前9時30分。

 約束の時間の30分前に駅前にある高層ホテル、サイタマシティホテルの前で、優の姿の芽衣は、目の前に聳え立つビルを見上げた。

「ここに泊まってるんだっけ?」

 少年の声で尋ねると、右隣に立つ白いワンピース姿の少女が頷く。

「ああ、ここの10階にな。そういえば、さっきから、なんか嬉しそうだな」と芽衣の声で呟き、視線を前に向けた優は、元の自分の嬉しそうな顔と向き合う。

「今日は良い日になりそう。だって、やっと手がかりが掴めるんだから。もしかしたら、元に戻る方法まで分かるかもね♪」

「じゃあ、そろそろ行ったほうがいいかもな」

「うん。そうだね」と短く優の声で答えた芽衣は、右隣にいる本当の自分の姿をした少年と共に目の前に見えた自動ドアを潜り、ホテルの中へと入っていった。



 フロントで宿泊客に会いに来たことを伝え、そのままエレベーターに乗り込み、目的地である部屋へと向かう。

 鉄の箱は10階で停まり、目の前に開けた廊下を右に向かうと、1006号室と書かれたドアが見えてくる。

 そのドアの前に立ち止まった優(中身は芽衣)は深呼吸してから、ドアをノックした。すると、ドアの向こう側から、「どうぞ!」という女の声が聞こえてくる。

 それから、ドアノブを握り、開いた扉からふたり揃って、中へと足を踏み入れた。


 その瞬間、ふたりの背筋が凍り付いた。強烈な殺気を感じ取ったふたりの全身に鳥肌が立つ。

 

「久しぶりだな。加村優と松葉芽衣」

 聞き覚えのある声を耳にしたふたりが目を大きく見開き、前方に顔を向けると、その先には、黒い薄手のパーカーに黒のミニスカートを履いた少女が佇んでいた。

 顔は黒いパーカーのフードで隠され、右手には拳銃のようなモノが握られている。


「なっ、なんでお前がここに!」

 優が芽衣の声で尋ねると、謎の少女は頬を緩める。


「答える義務はないが、面白いことを教えてやろう。あの夜、私は黒いワンボックスカーに乗って、お前とすれ違っていたのだよ。あの車には、禿野も乗っていた。ある組織と取引をするために、あの男を拾ったんだが、まさか取引に失敗して消されるとはなぁ。運の悪い男だ。さあ、加村優。これが本当に最後の要求だ。例のブレスレットを渡してもらおうか? そうしたら、命だけは助けてやろう」


「取引って、お前、絶対悪いこと考えてるだろう! そんなヤツにアレは渡さない!」

 

 優が芽衣の目で謎の少女の顔を睨みつける。

「初めて会った時と結論は変わらずか。まあ、いいだろう。それなら……」

 不敵な笑みを浮かべる謎の少女が銃口を芽衣の頭に向ける。

 その直後、室内で拍手が響いた。


「はい。タイムアップです。組織の幹部が全員逮捕されました。これであなたのお仕事は終わりです。こちらは警察に突き出すつもりはないので、ご退散ください。もちろん報酬はお支払いします。怪盗」

「そっ、そんなバカな!」

 拍手と共に聞こえてくる女の声を聴き、謎の少女は頭を抱えたまま、崩れ落ちた。

 それから、謎の少女は、一目散にホテルの部屋から逃げていく。


 何が起きているのか分からない、ふたりがキョトンとすると、奥の部屋から宿泊客の女が顔を出す。


 前髪に三日月をモチーフにしたヘアピンが留まっている、髪の短い女は、ふたりが写真で見た白石麗華と同じ。

 右手にスマホを握り締め、左手で謎の少女の右肩を優しく叩いた女は、近くで佇む少年に視線を向ける。



「松葉芽衣ちゃん。初めまして!」

「えっ?」とその女、白石麗華の挨拶にふたりは口を揃えた。

「こっちも2度驚いているんですよ。1つは、紛失したあのブレスレットを杠先輩の親戚の子が持ってたこと。もう1つは、誰も知らないはずの呪文をただの高校生が唱えちゃったことです」


「呪文って……私、そんなの唱えた覚えがないよ」

 優の姿の芽衣が困惑の表情を浮かべると、隣にいる芽衣の姿の優が首を縦に動かす。

「ああ、そうだ。あの時、松葉さんは公園で落とした家の鍵を探してたんだ。それで、鍵を見つけた直後に、一緒にいた俺、加村優が持ってたブレスレットが光り出して、気が付いたら、入れ替わってたんだ。呪文なんて唱えてない」

「もしかしたら、その一連の流れで偶然口にした言葉が呪文だったのかもしれません」

 白石麗華が顎に手を置いた瞬間、ふたりはハッとした。


「家の鍵。あれが最後に私が口にした言葉だった」

「ああ、そうかもな……って、呪文が家の鍵ってどういうことだ!」

「まあまあ。日本語の家の鍵と似た言葉を呪文として使ってたのかもしれませんよ。あっ、これは世紀の大発見ですね!」

 白石麗華が目を輝かせると、芽衣の姿の優が右手を挙げる。


「えっと、白石麗華さん。それはつまり、あなたはあのブレスレットのことを知っている?」

「正解です。加村優くんでしたっけ? まずは、ありがとうございます。あなたのおかげで、テロを未然に防ぐことができました!」

「テロって……」

 白石麗華の話を理解できない優が首を捻る。その隣で、芽衣の姿をした男子高校生も眉を潜めた。


「まずは、あの日、何が行われようとしていたのか? そこからお話します。あの日、指定暴力団流星会の幹部は、とある資産家の豪邸からあのブレスレットを盗み出し、某テロ組織と取引をしようとしました。ところが、どこかでブレスレットを落としてしまい、取引は失敗。禿野はテロリストによって殺害されました。一方で、その資産家と親交があった私は、怪盗に盗み出されたブレスレットをテロリストより先に探し出すよう依頼しました。その結果、あなたたちに辿り着き、あれを取り戻そうと暗躍を始めました。これが真相です」


「待って。じゃあ、さいたまショッピングモールに展示されてた、あのネックレスは?」

 優の声で飛び出した疑問に、白石麗華は手を叩く。

「ああ、あれを見て、入れ替わりと何か関係があるのかもって思って、会いにきたんですね。実は、あのブレスレットも、私が遺跡で発掘したモノで、ネックレスと同じ効果があるとされています」


 白石麗華の口から語られる真実を聞いた松葉芽衣がポケットから例のブレスレットを取り出し、頭を下げる。

「教えてください。どうやったら元の姿に戻れるのかを」

 そんな少年に続き、少女も頭を下げた。すると、白石麗華は優しく微笑む。

「残念ながら、それは分かりません。入れ替わりの呪文と元に戻るための呪文は違うかもしれませんので。もう一度、入れ替わりの呪文を唱えたら、元に戻れるとは限りませんから……」


白石麗華の声を遮り、芽衣の姿の優が思い出したように手を叩く。


「あっ、そういえば、さいたまショッピングモールに展示されてたネックレスは、模様が浮かび上がってたな。もしかしたら、ネックレスも月の光に照らしたら模様が浮かび上がる仕組みなんじゃないか?」


「はい。満月の光を再現した特殊な照明を使っています」


「だったら、それを使えば、今すぐにでも元に戻れるかも!」


白石麗華の話を聞いた芽衣が優の姿で表情を明るくする。その隣で芽衣の姿の優は頷いた。


「ああ、確かめてみる価値はあるかもしれない。もう一度、あの言葉を口にしたら、どうなるのか?」

 芽衣の姿の優が真剣な表情で前を向く。その隣で優の姿の芽衣は、覚悟を決めた。

「私も同じだよ。どうなるのかは分からないけど、元に戻れるかもしれないんだったら、やってみたい!」


 ふたりの決意を聞いた白石麗華は両手を叩いた。

「分かりました。展示会に使われている照明を手配します。その代わり、結果を私に報告してください。こちらが私の連絡先です」

 そう言いながら、白石麗華は名刺を取り出し、松葉芽衣の姿をした少年の前に差し出した。


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