第24話 新たな悩みと手がかり

 茶色い屋根の一軒家、加村家にふたりが訪れたのは、午後3時を過ぎた頃だった。

「緊張するなぁ」

 芽衣が優の声で呟くと、その隣に並んだ少女が耳元で囁いた。

「緊張しなくても、大丈夫。自分の家だと思って、過ごせばいいからな」

「そうだけど……」と優の姿で芽衣が呟くと、右隣に立つ少女が一歩を踏み出し、目の前に見えた玄関のドアを開けた。


「えっと、ただいま……」

 加村優(中身は芽衣)が玄関の中へ足を踏み入れると同時に、ドタバタと足音が響き、玄関先に中肉中背で茶色い髪を肩の長さまで伸ばした女性が顔を出す。

「おかえり、優。そっちの女の子が芽衣ちゃんだね。初めまして! 加村優の母です!」


 グイグイと距離を縮めてくる実の母に息子は顔を引きつかせて、頭を下げた。

「はっ、初めまして。松葉芽衣です」

「ウチに女の子が泊まるなんて、日和姫ちゃん以来だねぇ。あっ、芽衣ちゃん。昨日送られてきた荷物は和室に置いてあるから」

「はい。分かりました」と会釈した芽衣は隣にいる優に身を寄せた。

「とりあえず、俺の部屋に案内するから」と芽衣の声で優が囁くと、加村優は小さく頷く。

「それでは、おじゃまします」と軽く挨拶した少女は少年と共に玄関先で靴を脱ぎ、そのまま2階へと上がっていった。



 学習机と少年マンガの単行本が並べられた本棚のある部屋の中で、芽衣の姿の優はシングルベッドの上に腰を落とし、頭を抱えたままで、仰向けに少女の体を倒す。


「ああ、どうしたらいいんだ!」

 そんな少女の声を聴き、物珍しそうにキョロキョロと目を泳がせていた少年は首を捻る。

「ちょっと、いきなりどうしたの?」

「日和姫はまだ加村優のことが好きみたいなんだ。さいたまショッピングモールの女子トイレで本人に聞いたから間違いない」

「ああ、そうでしょうね。あの子の行動見てたら、バレバレだから」

 芽衣が優の顔で納得の表情を見せると、優は芽衣の体を起こし、ベッドの端に座り、目の前にいる加村優の顔を見上げる。

「あんなに避けてきたのに、まだアイツは加村優のことを好きでいてくれた。その想いに応えた方がいいのか? でも、加村優には好きなヤツがいるから、付き合うわけにはいかない。二股だけはイヤだ!」


「じゃあ、付き合うしかないんじゃない? 一目惚れしたっていう誰かさんと」

「えっ?」と芽衣の姿の優が目を丸くする。その頬は赤く染まっていた。

 一方で、優の姿の芽衣は表情一つ変えない。

「一度捨てた女のところに戻って、寄りを戻してくださいなんてさ。虫が良すぎるよ」

「だろうな」と優は芽衣の顔でしょんぼりした。

 泣きそうな元の自分の顔と向き合う芽衣は、明るく両手を叩く。



「それはそうと、ここが加村くんの部屋なんだ! 男の子の部屋って感じがする」

「中学卒業するまでいた部屋だけどな」

 そう呟いた優は芽衣の姿でシングルベッドから立ち上がり、少年の前に立つ。

「それで、私は今晩、どこで寝るのかな?」

 そんな疑問の声を聴き、優は芽衣の顔を上に向ける。

「ああ、もちろん、ここのベッドに決まってるだろう。まあ、こっちは和室に布団敷いて寝るけどな」 

 優の答えを聞いた芽衣が肩を落とす。

「良かった」

「徳郎を泊めた時は、ふたり揃って和室で寝たけど、流石にそれはないだろうよ」


「そういえば、日和姫ちゃんも泊まりに来たんだっけ?」

「ああ、あの時は、徳郎も一緒で、日和姫は加村優のベッドで寝てた」

「そうなんだ。じゃあ、安心だ」

 その直後、優のズボンの中に仕舞ってあったスマホが震え出した。

 謎の通知を疑問に思いながら、少年はズボンの中からスマホを取り出し、画面を凝視する。

「あっ、叶彩さんからメッセがきたみたい」

「なんだって?」と優が芽衣の姿で首を捻る。

 そんな少女の前で、優(中身は芽衣)は杠叶彩から送られてきたメッセージに目を通す。


『やっほー。楽しんでる?  こっちは大学の後輩と会食からのアフタヌーンティー

中だよ』


「叶彩さん、今、大学の後輩と会ってるんだってさ」

 メッセージの内容を要約して、目の前にいる少女に伝えた瞬間、少年の手の中で再びスマホが震え、画面に写真が表示される。


 そこに映っていたのは、杠叶彩とシミ一つない美しい肌を持つ黒い短髪の女性。その女性の前髪には、三日月をモチーフにしたヘアピンが止まっていて、ふたりは写真の中で身を寄せ合い、仲良くピースサインをしている。


「あっ、ああああああああっ!」

 杠叶彩から送られてきた写真を目にした芽衣(見た目は優)が目を大きく見開き、驚いたような声を出す。

 それを見て、優(見た目は芽衣)はベッドから勢いよく立ち上がり、目の前に見えた少女の両肩を掴んだ。

「おい、どうした?」

「思い出したの。白石麗華さん。叶彩さんの大学の後輩だった。一度だけ、写真を見せてもらいながら、昔の話を聞いただけだから、面識はないけどね。確か、トレジャーハンターなんだって」

「そういえば、杠先生、言ってたな。こっちで大学の後輩と会食するって。それが白石麗華さんだったんだ」

 ピンときたふたりは互いの顔を見合わせる。

「じゃあ、杠先生に白石さんと会いたいって言えば……」

「会わせてもらえるかも。今から、叶彩さんに連絡してみる!」


 優の顔を頷かせた芽衣が握り締めていたスマホの画面に視線を映し、文字を打ち込む。そうして、数秒ほどで送信ボタンが押されると、芽衣は優の顔を元の自分の顔と向き合わせた。


「白石麗華さんに会ってみたいってメッセ、送ってみた」と報告した後すぐに、優の手の中でスマホが震え、杠叶彩からのメッセージが届く。


『分かった。麗華ちゃんも会いたがってるみたいだから、明日の午前10時、さいたまシティホテルの1007号室に来て。私は教員の研修で行けないけど……』


 そんなメッセージを目で追った芽衣は、目の前にいる少女にスマホの画面を見せる。


「これ見て。明日、会ってくれるってさ」

「ああ、分かった。一歩前進だ!」と優は芽衣の顔で明るく笑った。


 あのブレスレットと似ているモノを所持している白石麗華。

 彼女に会えば、何か分かるかもしれない。


 そんな期待をふたりが抱く間にも、時間は過ぎていく。





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