第23話 宣戦布告


 さいたまショッピングモールの展示会から4人の高校生たちが去っていく。

 騒がしいお昼時のモール内で、河原日和姫は楽しそうに笑いながら、視線を後方に向けた。

「優、すごくキレイだったね!」

「ああ、そうだな」と加村優は適当に答え、右隣を歩く少女の耳元で囁いた。

「あのブレスレットと似てるモノが展示されてたんだよ。気になるよね?」

 小声で話しかけてくる松葉芽衣に対して、加村優は首を縦に動かしてから、ヒソヒソと話した。

「うん。偶然似てるだけなのか? それとも……やっぱり、あのネックレスを出展した白石さんに話を聞いた方がいいのか?」

 優が芽衣の顔で眉を顰めて、隣を見ると、少年は頭を抱えていた。

「うーん。あのネックレスの出展者、白石麗華さん、どこかで聞いたような名前だけど、思い出せない」


「何、話してるのかな?」

 ヒソヒソ話を続けながら歩みを進めるふたりに興味を示した日和姫がその場に立ち止まり、体を半回転させた。同様に日和姫の隣を歩く福坂徳郎も立ち止まり、体を優と芽衣に向ける。

「いや、だから、さっきの展示会の感想を話してたんだ。ふたりだけで」

「ふーん。ふたりだけでそんな話してたんだ。私のこと眼中にないってわけね。展示会のことを話題にしようと思って話しかけたら、ぶっきらぼうに答えたのにさ。松葉さんとはマジメに感想を語り合いちゃうんだね」

「別に元カノの日和姫より松葉さんのことが好きだから……」

「優、変わったね。これも成績優秀な誰かさんの影響かな? あの子の影響で勉強もできるようになって、自分の意見もすぐに口に出せるようになった。こんなの、私の知ってる優じゃない!」

「おい、お前ら、いい加減にしろ!」

 再び不穏な空気が流れはじめ、徳郎がふたりの間に入り、声を震わせた。

 その瞬間、日和姫の瞳に涙が浮かび上がる。


「ああ、もう私の知ってる優はいないんだね。ちょっと、トイレ行ってくるわ」

 日和姫が悲しそうに笑い、優たちの元から去っていく。その後ろ姿を見ていた芽衣の姿の優の頭にあの日の記憶が蘇る。




 夕日が照らす教室の中、少年は白いセーラー服を着たポニーテールの少女と向き合い、頭を下げた。



「ごめん。俺、他に好きなヤツができたから……」


 その告白に、ポニーテールの少女は顔を曇らせる。


「……そうなんだ。優、今日はひとりで帰るね」


 悲しそうな表情をした少女が、加村優の元を離れていく。



 河原日和姫は加村優にフラれた時と同じ顔をしていた。


 あのときと同じように、独りにしていいのだろうか?

 

 そんな疑問が頭を過り、芽衣の姿の優は首を左右に強く振る。



「ごめん。私もトイレ!」

 近くにいる徳郎に向けて両手を合わせた優(見た目は芽衣)が駈け出していく。

 こうして、その場に男子だけが残ると、徳郎は優の右隣に並んだ。

「いいのか? 松葉さん、きっと日和姫を追いかけるつもりだぞ?」

「別に。女子だけで話したいこともあるだろうし、行先は女子トイレみたいだから、男子が入ったらヘンタイ扱いされるはずだ」

「まあ、優がいいなら、それでいいけど……」





「はぁ」と河原日和姫は近くにある女子トイレにかけこみ、溜息を吐き出した。

「私、何やってるんだろう」

 洗面台の備え付けられた鏡を覗き込んだ日和姫の目に泣きそうになっている自分の顔が映り込む。

 丁度その時、女子トイレの入り口のドアが開き、松葉芽衣が顔を出した。

「日和姫……ちゃん」と呼びかけてくる同い年の少女の声を耳にした彼女が顔を右に傾ける。

「もしかして、心配してきてくれたのかな?」

「うん。なんか様子がおかしかったから」

「優しいね。松葉さんって。それに比べて、優は冷たい子になっちゃった。私の知ってる優はどこにもいないんだよ」


 顔を上に向けた日和姫の瞳に涙が浮かぶ。そんな彼女を向かい合うように立った芽衣は首を左右に振った。

「そんなことない。今でも優柔不断なところもあるから」


「でもね。久しぶりに優の顔を見たら、優がすごく遠くに行っちゃったような感じがしたんだよ。徳郎から優が期末試験で全教科80点以上取ったって聞いた時から、イヤな予感はしてたんだよね。リードしなくちゃいけない優はどこにもいないんだって」


「日和姫……ちゃん」と芽衣の声で呟く優が首を捻る。そんな仕草を気にせず、日和姫は頭を抱えた。

「ああ、幼馴染の成長を素直に喜べないなんて、最低だよ。成績優秀な松葉さんと対等になるために、すごく勉強頑張ったんだろうし……」

「日和姫……ちゃん。それ、本人の前で言うこと?」と芽衣の姿の優がキョトンとする。その直後、日和姫はクスっと笑った。

「そういえば、さっきから何? その呼び方? まるで、無理して名前にちゃん付けで呼ぼうとしてるみたい。もしかして、私が優の元カノだからかな?」


「それは少し違う。みんなが日和姫って呼んでるから、私だけ河原さんって呼ぶのもおかしいし、みんなのマネをして日和姫って呼ぶのも変な感じがする。でも、ちゃん付けで呼ぶのもなんか抵抗があって……」


「その思考回路、優と同じだね。似ているところがあるから惹かれちゃったのかな?」


「そっ、そうかもね」と優(見た目は芽衣)は苦笑いした。

 松葉芽衣と加村優が入れ替わっていることが日和姫にバレているのではないかという疑念が優の中で生まれる。

 すると、日和姫は芽衣の前で右手を握り、前に突き出した。


「宣戦布告です。まだ名前で呼び合うのを躊躇ってるってことは、私にも勝機があるってこと。仲良くなって日が浅い松葉さんに負けるわけないわ。一度フラれちゃたけど、私、河原日和姫は諦めません。なぜなら、今でも私は、加村優のことが好きだから!」


「なななっ」と芽衣の姿の優は顔を赤くした。そんな動揺する芽衣の前で、日和姫はニヤっと笑いながら、両手を天井に向けて伸ばした。


「さて、戻って優と手を繋いじゃおうかな?」

 日和姫が楽しそうに笑い、女子トイレから出て行く。

「ちょっと待って!」

 そんな後ろ姿を芽衣は慌てて追いかけた。

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