第20話 ホントの声で聞きたいこと。

「はぁ。ホントの自分の家に帰るつもりだったのに、ここに戻ってきちゃった」

 毛利荘の近くにあるコインランドリー前で男子寮を見上げた加村優は溜息を吐き出した。

 それから、彼はズボンの中に仕舞った銀のブレスレットを取り出し、月明りに照らした。だが、模様は浮かび上がらない。

「うーん。何度見ても、模様なんて見えないし……まあ、いいや。加村優がいるべき場所に戻らないとね。徳郎のためにも」

 ボソっと呟いた優は、憂鬱な気分で、毛利荘の中へと足を踏み入れた。


 そうして、優の姿の芽衣が優と徳郎が暮らす部屋のドアを開けると、ドアの先で、福坂徳郎が仁王立ちしていた。

 ルームメイトが帰ってきたことに気が付いた徳郎は、右手を握り、親指だけと立てる。

「おかえり、優。門限10分前の帰還だな。グッジョブ!」

「ただいま、徳郎」

「それで、松葉さんに会ってきたって言ってたけど、門限50分前に出かけて、何を話したんだ?」

 グイグイと興味津々な表情で幼馴染に詰め寄ってくる徳郎の前で、優は靴を脱ぎ、部屋の奥へと向かった。


「ああ、ちょっと、松葉さんに直接会って謝りたいことがあってな。モヤモヤした気持ちを抱えたままで、明日を迎えたくなかったから、始まりの場所に呼び出して、謝ったんだ」

 適当に言い訳をしながら、優は自分のベッドの上に腰かけた。

 そんな優の前に立った徳郎は、腑に落ちないような表情を浮かべて、首を捻る。

「始まりの場所ってなんだ? 優、お前が松葉さんのことを好きになった場所は、中2の冬に行った学校説明会のはずだ。毛利荘に近所の公園なんかじゃない!」

「えっ、そうなの?」と一瞬だけ優の姿の芽衣が驚き、肩をくすめる。

「優、誤魔化し方が下手だな」

「ああ、始まりの場所っていうのは、松葉さんのことを好きになった場所じゃなくて、初めて松葉さんに話しかけることができた場所を示すんだ」

「そうだったんだな。まあ、なんでケンカしたのかまでは聴くつもりはないけど、ちゃんと謝れたんなら、いいや」


 なんとか誤魔化せたと芽衣は優の胸を撫で下ろす。

 そのあとで、徳郎は優の前で両手を叩いた。

「あっ、そういえば、来週だったな。優がかわいい彼女を連れて、帰省するのは。その時に、ふたりきりで夏祭りに行きなよ!」

「かっ、かわいい彼女と夏祭り!!!」と芽衣は優の目を大きく見開き、ベッドから勢いよく立ち上がった。

「そうだ。優。ホントにこれでいいって思っているのか? 一緒に海で遊んで、かわいい彼女連れて、実家に帰省。それがお前の夏休みなのかよ!」

「うーん。ちょっと、意味が分からないだけど……」と困惑する優の前で、徳郎は勢いよく、幼馴染の両肩を掴んだ。


「夏祭りだぜ。夏祭り。門限の関係で、こっちの夏祭りにはいけねーけど、実家に帰れば話は別だ。かわいい彼女と出店でたこ焼きとか食べて、一緒に花火を見る。それが正しい彼女との夏の過ごし方だと思うんだ!」

「……でも、日和姫との時間も大切にしないといけない気がする。日和姫とはなかなか会えないんだし……」

「優、相変わらずの優柔不断だな。日和姫のことは、俺に任せとけ。兎に角、8月18日、お前は松葉さんと地元の夏祭りでデートするんだ! 分かったな」

「ああ。分かった。ちょっと松葉さんに電話してくる」

 そう告げた優は、スマホを握ったまま、ベランダへと向かい歩き出した。



 ベランダの柵を掴み、目の前に広がる夜景を少年はボーっと眺めた。

 

「優、お前が松葉さんのことを好きになった場所は、中2の冬に行った学校説明会のはずだ」


 先程の徳郎の言葉が加村優の頭を巡り、少年の頬が赤く染まる。


 加村優は一目惚れをした松葉芽衣に会いたくて、わざわざ県外の高校を受験して、あの学校にやってきた。


その事実が、芽衣の心に刻まれていき、優の姿になった芽衣は瞳を閉じた。


「そういうことは、本人から聞きたかった」

 ボソっと優の声で呟いた芽衣は溜息を吐き出す。


「やっぱり、ちゃんと気持ちに答えてあげないと……」

 夜景から自分の手に握られているスマホの視線を映した優は、首を縦に動かした。

 すると、優の手の中でスマホが震え出す。

 画面には加村優の文字が表示され、優の姿の芽衣は、慌てて通話ボタンを押して、右耳にスマホを当てた。


「もしもし、ちょっと、聞きたいことがあるんだけど、今、大丈夫か?」

 スマホから聞こえてきた元の自分の声に、芽衣は優の顔で頷く。

「うん。今、べランダだから。徳郎も近くにいないよ」

「ああ、それで、さっき、怖がってたみたいだけど、何があったんだ? 体が小刻みに震えてて、ビックリした」

 心配になって電話をかけてきた少女の優しい声に対して、芽衣は視線を夜景に映した。

「うん。実は、あの公園にあなたを襲った犯人が来て……」

「マジかよ! 遂にアイツが松葉さんに接触してきたのかよ!」

 優(見た目は芽衣)が驚く声を出す。


「やっぱり、あの人、入れ替わりの秘密を知ってるみたいだった。ブレスレットと交換で元に戻る方法を聞き出そうとしたけど、ボスしか知らないって答えられて、何も分からなかった」

「そうだったんだな。それにしても、なんで模様が浮かび上がったんだ?」

「そういえば、あの時も満月だったから、もしかしたら、満月の光に照らされた時だけ模様が浮かび上がる仕組みなのかも。でも、あれからもう一度、月光をブレスレットに浴びせても、何も起こらなかった」

「ってことは、満月の日に一度だけ模様が浮かび上がる仕組みかもな」

「うん。多分、そうだと思う。私の前に現れた犯人は、模様が浮かび上がっていることに気が付いた私が、あの公園にあなたを呼び出すはずだって予想してた。それに、あの人、模様が消えるタイミングも分かってたみたいだから、一定の時間しか模様が浮かび上がらないのかもね」

「ああ、そこまで分かったんだったら、来月、あの公園であの日と同じことやってみよう! それと、来週のことだけどな。あとでメッセで俺の家の住所教えるから、荷物とか俺の家に送れよ」

「あっ、それなら、明日、松葉さんの家に行くから。服は自分で選びたいし」


「ああ、分かった。じゃあな」


 電話が切られそうになった瞬間、芽衣は慌てて優の声で引き止める。

「あっ、ちょっと待って。徳郎に聞いたんだけど、あなた……ううん、いやなんでもないから」

 急に恥ずかしくなった芽衣は頬を赤く染めて、目を泳がせた。

「おい、徳郎に何を聞いたんだ?」

「だから、何でもないから。それはそうと、来週、夏祭りに行かない? ほら、埼玉なら門限気にせず、楽しめるし……」

「ななななっ、夏祭り!!」

 驚き声を出す芽衣の声を聴き、優の姿の芽衣が自分のスマホを握り締める。

「そのリアクション、こっちまで恥ずかしくなるからやめて」

「ああ、分かった。当日、楽しみにしてるから。じゃあな。おやすみ」

「うん。おやすみなさい」


 スマホから電話が切れたことを示す音が聞こえ、優の姿の芽衣は深く息を吐き出した。



「やっぱり、ああいうことは、ホントの声で聞かないとね」

 そう小声で呟いた少年の顔には、なぜか嬉しさが宿っていた。






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