第21話 帰省連絡と秘密の雑誌
翌日の午前11時、松葉芽衣の部屋のベッドの上にキレイに洋服が並べられた。それを見て、優の姿の芽衣は腕を組む。
「うん。新しい洋服買い足さなくても、いい感じのコーディネートできたわ! 二泊三日なら、あとはパジャマと替えの下着を準備すれば、お洋服問題は解決だね」
優の顔で納得の表情を浮かべた芽衣の隣で、芽衣の姿になった優が頭を下げる。
「ありがとう。準備を手伝ってくれて」
「まあ、これくらい当たり前でしょ? 誰の助けも借りずに準備しろって言われても、困るだろうし、変な格好で出かけてほしくないから」
「優しいんだな」と芽衣の顔で優が微笑むと、少年は視線を逸らす。
「それより、私の準備も手伝ってもらわないと、困るよ。毛利荘は女子禁制だから、今日と同じことはできないって分かってるけど……」
「ああ、それなら大丈夫だ。行先は俺の家だからな。加村優の服や下着は、実家にあるのを着ればいい。性別とか気にせず、スマホの充電器とか旅行に必要そうなモノを準備しろ」
「なるほどね。参考にさせてもらうわ。一応、あのブレスレットも持っていくつもり。ところで、ちゃんと帰省するって伝えてるんでしょうね?」
優の姿で芽衣が首を捻る。そんな少年に対して、少女は首を縦に動かした。
「ああ、先週、ママにLENEで連絡しといた。来週帰省するって。一応、こっちで知り合った友達も泊めていいかって聞いて、了承してもらったよ」
「そうじゃなくて、あなたの元カノさん。あの子をさいたま駅に呼び出して、遊んでから、実家に戻る予定なんだから」
「そっちは、まだだな。日和姫は俺のママと仲良しだから、ママから聞いて知ってるかもだけど……」
「ねぇ、そっちのスマホにあの子から連絡来た?」
そう尋ねながら、芽衣は優の姿でベッドの上に腰かける。その問いかけに対し、優は芽衣の首を横に振った。
「いいや。あれから音沙汰なしだ」
「だったら、おかしくない? あの子があなたが帰ってくるって知ったら、すぐに何かしらの行動をするはず。それなのに、メッセすら届いてないなんて……」
「ああ、どうすればいいんだ? 日和姫に帰省するって伝えないといけないけど、何を言えばいいのか分からない!」
優が芽衣の頭を抱える仕草を見て、芽衣は優の顔でクスっと笑った。
「この前、ワイヤレスフォン越しに話したでしょ? あのときみたいに、話せばいいよ。まあ、スマホ貸してくれたら、私が話すけど、加村優の言葉で話した方がいいと思う。ということで、台本書いて!」
「台本だと!」と優が芽衣の目を見開く。
「わざわざそんなことしなくても、日和姫にメッセ送ればいいだけの話だろ!」
そんな優の反論に芽衣は納得しない。
「ダメ。メッセで伝えても、あの子は加村くんの帰ってくるって分かったら、嬉しくなって、電話してくると思うから、二度手間になりそう。加村くんのスマホであの子に電話すれば、わざわざワイヤレスフォン使わなくてもいいし」
「うーん。でもなぁ」と考え込む少女の顔を見て、優の姿の芽衣はキョトンとした。
「悩んでるみたいだけど、忘れてない? 私たちは入れ替わってるんだよ。本当の口で話すんじゃなくて、加村くんのフリをした私が話すんだから」
「うーん。だったら、こう伝えてくれ。8月に徳郎と一緒に地元に帰るから、午前10時にさいたま駅に来てくれ。松葉さんも連れてくけど、久しぶりにお前と遊びたい。行先はお前に任せる。以上」
もう一人の幼馴染に当てたメッセージを近くで聞いていた芽衣は、優の首を縦に動かし、右手を彼女に差し出す。
「分かった。じゃあ、スマホ貸して!」
「ああ、とりあえず、こうやって日和姫に電話かけてからな」
そうして、芽衣の姿の優は、元の自分のスマホを操作して、通話ボタンを押した。
コール音が2回鳴る間に、少女は少年にスマホを手渡す。
それから、優の姿の芽衣が慌ててスマホを右耳に当てた。
「もしもし、俺だけど……」
「えっ、ウソ。優? 優から電話?」
スマホ越しに動揺する少女の声を聴いた芽衣は優の顔で苦笑いした。
「えっと、ちょっと、日和姫に伝えたいことがあって……」
「何? 伝えたいことって、あっ、もしかして、あれかな? もう一度、私と付き合いたい」
「話を最後まで聞きなさいよ。8月に徳郎と一緒に地元に帰るから、午前10時にさいたま駅に来てくれ。松葉さんも連れてくけど、久しぶりにお前と遊びたい。行先はお前に任せ……」
順調にメッセージを伝え終わろうとした瞬間、ドアの向こうからノック音が響き
渡る。
「芽衣ちゃん、お手紙が……」
ドアを挟み話しかけてくる杠叶彩の声に、ふたりはギクっとした。
「芽衣ちゃんって、もしかして、優、松葉さんの家から電話してるの?」
「ああ、松葉さんと夏休みの宿題をしてたんだ」と日和姫の追求を躱すと、加村優の元カノは疑惑の声を響かせる。
「ふーん。夏休みの宿題をコツコツとやろうとしなかった優がねぇ。そういえば、徳郎から聞いたよ。最近、よく勉強するようになったって。期末試験も全教科80点以上だったとか」
「ああ、驚いたか? それと、さっきの続きだけど、帰省する日にお前と遊びたいんだ。行先はお前に任せるから、考えといて。以上」
「了解、楽しみだなぁ。久しぶりに優と遊べるの。じゃあ、楽しみにしてるから」
電話が切れると同時に、ドアが開き、杠叶彩が部屋の中に顔を覗かせる。
「あれ。加村くん、来てたんだ。もしかして、勉強の邪魔しちゃったのかな?」
目を丸くして尋ねてくる杠叶彩に対して、優は首を横に振った。
「いや、ちょっと友達を電話してたから」
「それならいいけど、はい、芽衣ちゃん。お手紙だよ」
そう言いながら、杠叶彩は茶色いA4サイズの大きな封筒を芽衣に差し出す。
差出人に白波出版という文字が見え、芽衣(中身は優)は眉を潜めた。
「えっと、それ、なんだっけ?」
「早く読みたいでしょ? 芽衣ちゃんの描いた絵が掲載されたあの雑誌! どうせなら、彼氏さんにも見てもらいましょうよ」
「彼氏なんかじゃないから!」と優が慌てて芽衣の首を強く左右に振る。
そんな仕草を無視した杠叶彩は、ジッと加村優の顔を見つめた。
「加村くん。芽衣ちゃんの秘密、教えてあげよっか。芽衣ちゃん、実は、バードウォッチング関連の雑誌にイラストを掲載してるんだよ。そして、これが明日発売の月刊バードウォッチングの最新号でございます!」
「マジかよ!」と驚いて目を見開いた優が芽衣の体で勢いよく立ち上がる。
そのリアクションに、杠叶彩は目を丸くした。
「雑誌掲載なんて初めてじゃないのに、なんで驚いてるのかな?」
「って、驚いたかな? 加村くん」と芽衣の姿の優の声に、優は首を縦に動かす。
「うん」
「まあ、いいや。じゃあね。加村くん。ごゆっくり♪」
そう伝えると、杠叶彩は封筒を机に置き、芽衣たちに背を向けた。
それから叶彩は、何かを思い出したように立ち止まり、手を叩きながら、再び芽衣たちと顔を合わせる。
「あっ、それともう一つだけ。来週、私も埼玉に行くから!」
「えっ?」と杠叶彩の声に芽衣たちは、ふたり揃って目を丸くする。
「芽衣ちゃんが加村くんの家に行くから、私も保護者として同行するって話じゃないから、安心して。さいたま市で教員の研修があるから、それに参加するんだよ。ついでに大学の後輩と会食する予定。どこかで会ったら、その時はよろしくね♪」
ウインクした杠叶彩が部屋から出て行く。
そうして、ふたりきりになった部屋のなかで、優が芽衣の口で呟く。
「雑誌掲載なんて、スゴイな」
「まあ、初めてじゃないから。これで3回目」
「そうだったんだな。ビックリして、変な誤魔化し方した」
その言葉に優の姿の芽衣がクスっと笑う。
「確かに、あれは少し無理があるよ。ここだけの話、あの日、公園で野鳥の写真を撮ってたんだよ。スマホでね。撮影したかった野鳥が飛んでくるまで2時間も待っちゃった」
「あの日って、まさか?」
「私と加村くんが入れ替わっちゃった日」
その答えに優は首を縦に動かす。
「ああ、何やってたんだろうって疑問に思ってたんだ。プライベートな話を聞くのもどうかと思って、今まで聞けなかった」
「さて、前置きはここまでにして、こちらをご覧ください!」
そう言いながら、芽衣は優の手で封筒から雑誌を取り出し、ページを開いた状態で机の上に広げてみせた。
そこには、黒い鉛筆でスケッチされた野鳥のイラストが掲載されていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます