第19話 もう一度あの場所で 後編

 木々が生い茂った薄暗い公園の芝生の上で、加村優は息を整えた。

 それからキョロキョロと周囲を見渡し、自身のスマホを握り締める。


「危ないから、杠先生に車で送ってもらう」

 スマホの画面には、10分前に松葉芽衣になった少年から届いたメッセージが表示されていた。

「そろそろ来てもおかしくないはずなんだけど……」と呟いた優の視界の端で、黒い影が動いた。


「ふふふ。その銀のブレスレットの変化に気が付いたら、ここに来ると思ってたよ」


 少年の背後から機械で声を変えたような不気味な声が聞こえ、優の姿になった芽衣は目を見開き、背後を振り返った。

 スマホの灯りをランプ代わりにして、背後を照らすと、黒い薄手のパーカーに黒のミニスカートを履いた少女が佇んでいた。

 顔は黒いパーカーのフードで隠され、右手には拳銃のようなモノが握られている。


「あなた、誰?」

「埼玉のショッピングモールで、加村優を襲った犯人だ。あのブレスレットの模様が浮かび上がっていることに気づけば、必ずここに加村優を呼び出し、あの日と同じことをして、元に戻ろうとする。どうやら、我々の予測は当たっていたようだ。さあ、そのブレスレットをこっちに持ってきてもらおうか? 死にたくないだろう?」


 月明りに照らされた拳銃をチラつかせた謎の少女が、銃口を加村優の体に向ける。


「私も待ってたんだよ。あなたが接触してくるの。どうやったら、元の松葉芽衣に戻れるのか教えてくれそうだから」

 冷や汗を掻きながら、優の姿の芽衣は謎の少女に視線を向けた。

 それに対して、少女は不敵に笑う。


「そう簡単に教えるわけがないだろう。さあ、大人しく、あのブレスレットを渡してもらおうか? そうしたら、命だけは……って、お前、何を……」

 謎の少女の視線の先では、加村優がスマホを取り出していた。

「もちろん、警察に通報します。確か、埼玉で松葉芽衣を襲ったことで、指名手配されてるんでしょ? 本当に通報されたくなかったら、元に戻る方法を教えなさい!」

「交換条件を掲示してくるとは、肝の据わった姉ちゃんだ。残念ながら、私は知らないんだ。あの方に例のブレスレットを回収するよう依頼されたからな」

「もしかして、あなた、あのブレスレットを使って、悪事を企んでるの? だったら、渡すわけにはいかないから!」

 臆することなく、謎の少女の顔を睨みつける。一方で少女は目の前にいる少年の姿と埼玉で襲った少女の姿が重なって見え、頬を緩めた。


「要求に従わず、真っ向から対峙しようとするその姿。加村優と同じだな」

「えっ」と優の顔で驚く芽衣の前で、謎の少女は首に縦に動かす。

「同じ顔だ。埼玉のショッピングモールの女子トイレで、頑なに要求を拒んだ加村優となぁ。さて、これが最後の要求だ。大人しくあのブレスレットを渡してもらおうか? そうしたら、あの方に会わせてやる!」

「なんか、要求、変わってない? あの方っていう人に会わせた後で私を殺すつもりなのかな?」

 優の顔で芽衣がクスっと笑う。その直後、どこかからスマホのバイプ音が響いた。静かな公園で響く音を聞いた謎の少女は背筋を伸ばして、パーカーのポケットから黒色のスマホを取り出し、右耳に当てる。

「はい、分かりました」と短く答えた謎の少女は、溜息を吐き出し、パーカーのポケットの中に拳銃を隠し、優に背中を向けた。

「残念ながら、タイムアップだ」

「それって、どういう意味?」

「今日は奪わないから、例のブレスレット、出してみろ。元に戻れねーってことだ。あの方から撤退命令が出たから、今日は帰る!」


 そう告げた少女は、全速力で走りだし、加村優から離れていった。


「例のブレスレットって……えっ!」

 一方でその場に残された優はズボンのポケットから取り出したブレスレットを眺めて、思わず目を見開いた。

 先程まで模様が浮かび上がっていたブレスレットは、無地になっている。



「ちょっと、なんで? どうしてよ!」

 何が起きたのかさっぱり分からず、芽衣は思わず優の頭を抱えた。

 その時、優の視界に、こちらに駆け寄ってくる松葉芽衣の姿が映り込む。

「えっと、くん……」

 優の体の前で向き合うように立ち止まった芽衣が首を捻る。その直後、芽衣は震える手で元の自分の体を抱きしめた。

 突然のことに、芽衣になった優は思わず赤面してしまう。


「ごめん。怖かった。ごめん。今日は……って……」

 涙を流し閉じた瞳を開けた優は、思わず目を見開いた。芽衣の右隣には、なぜかニヤニヤと笑う杠叶彩の姿がいる。

「なんで、ここに杠先生が!」と優の顔で驚いた芽衣の前で、杠叶彩は右手を左右に振る。

「こんばんわ。加村くん。教師として夜間の見回りをしてたら、偶然、松葉さんと出会ったんだよ♪」

 チラリと芽衣に向けてウインクした叶彩の前で、ふたりはお互いに苦笑いした。

 そんなふたりのリアクションを無視して、杠叶彩は腕を組んだ。


「まさか、加村くんが暗所恐怖症だったなんて、初めて知ったわ。それなのに、かっこつけてこんな公園に彼女を呼び出すなんて……」

「多分、違うから!」と優の姿で反論した芽衣が、自分の元の体から離れる。

「じゃあ、アレが怖いんだ。この公園、よく出るみたいだから。幽霊」

 幽霊。その言葉を聞き、優の姿の芽衣は体をビクっとさせて、思わず両耳を塞いだ。

「イヤ。そんなこと聞いたら、もうこの公園行けない!」

「加村くんって、女々しいんだね。って、あれ?」

 ニヤニヤと笑う担任教師は、右隣にいる芽衣と顔を合わせてキョトンとした。

「あれ? 芽衣ちゃん、怖くないの? いつもなら……って……ごめん。加村くん。このこと忘れて」

「ごめん。叶彩さん。もう隠さなくていいから。実は、叶彩さんが松葉家に居候してるってこと、加村くんに話してるの」 

 芽衣の姿の優が叶彩の前で両手を合わせる。その仕草を見て、杠叶彩は重たくなった肩をストンを落とす。


「なんだぁ。そういうことは、早く言ってよ。いつもなら、幽霊の話題になったら、私の腕にしがみついてくる芽衣ちゃん。そんなことより、加村くん。そろそろ帰らないと、門限に間に合わないよ!」


「最後に担任教師らしいこと言いやがった」と芽衣の姿になった優が心の中で苦笑いする。

 その間に、加村優の姿になった松葉芽衣は、ふたりの前で右手を振り、溜息を吐きながら、トボトボと毛利荘へと戻っていった。











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