第17話 海水浴に行こう!
高校生活初めての夏、バスを乗り継ぎやってきた海岸で、松葉芽衣は溜息を吐き出した。
砂浜には、多くの家族連れや若者たちが溢れている。楽しそうに海で遊ぶ姿を目にした瞬間、彼女の後ろ髪が波風で揺れた。
すると、茶髪でサングラスを掛けた若い男が少女の周りを囲んでいく。
「姉ちゃん。ひとりか? 俺らと遊ぼうぜ!」
かわいらしい少女が青いホルターネックビキニを着て、海岸の前に佇んでいる。
その光景を見た男たちは、光に吸い寄せられた虫のように次々とナンパしてくる。
「あの子、かわいいなぁ」
「胸、めっちゃデカくね」
四方八方から、そんな声を聴き、芽衣は赤面した。
周囲から感じ取った視線は、大きな胸元に向けられていて、男たちはかわいらしい少女の顔に見惚れていた。
それは、当然のようだと松葉芽衣になった加村優は思った。
一目惚れするくらいかわいい少女が、ひとりでいると必ずナンパされるに決まっている。自分の行動が間違っていたと、芽衣は溜息を吐き出した。
「いや、今日は友達と来てて……」
慌てて男たちから離れようと、芽衣の姿の優は、後退りした。
だが、男たちは芽衣を包囲していく。
「連れねーな。友達と来てるなんて、ウソなんだろ? 俺らと一緒に遊ぼうぜ」
芽衣は左右に首を振り、後ろに一歩引いた。
すると、誰かの上半身に、少女の背中がぶつかってしまう。
「はぁ。最初からナンパされるなんて。ひとりになるから狙われるんだよ」
背後から聞き覚えのある少年の声を聴いた芽衣は、振り返り、頬を赤く染めた。
そこには、加村優がいる。
「お前、なんなんだ!」とナンパ男は、少女を守るように一歩を踏み出す少年を指差す。
「この子の友達です。さあ、変態ナンパ男なんかほっといて、一緒に行こうか?」
背中に隠れていた少女に視線を映した少年は、自分の右手を差し出し、咄嗟に彼女の手を握った。
突然のことに、芽衣(中身は優)は頬を赤く染めた。
それから、ナンパ男に背を向け、全速力で駆け出していく。
海岸から数メートルほど離れた海の家の前でふたりは立ち止まった。
それから、優の手を離した芽衣は、彼に頭を下げる。
「えっと、助けてくれてありがとうございました!」
「あんなところにひとりでいるからナンパされたんでしょ? 謎の人だかりを見つけて、駆けつけたら、案の定、松葉さんがナンパされてて、ビックリした。すぐに助けられて助かったけど、迂闊すぎ!」
「ごめんなさい」と再度、芽衣が頭を下げる。
そのあとで、優の姿になった芽衣は首を傾げた。
「結構早かったね。もしかして、楽しみ過ぎて、服の上に着てた?」
「ああ、埼玉は内陸県だから、海に来るとテンション上がるんだ! すごく嬉しくて、家で水着に着替えてから、ここまで来た!」
優が芽衣の顔で楽しそうに笑う。その隣で優の姿の芽衣はジド目になった。
「ところで、替えの下着は? まさか、濡れた水着を着たままで家に帰るつもりじゃないんでしょ?」
優の姿の芽衣がジド目になる。それに対して、芽衣の姿の優は苦笑いした。
「ああ、ちゃんと持ってきてるよ」
「それならいいけど、良かったね。ここの着替えスペースが全室個室になってて……」
「ああ、実は、この海岸に行こうって提案したんだ。ネットで調べたら、ここの着替えスペースは全室個室になってるってレビューサイトに書いてあったから」
「そうなんだ」と芽衣(見た目は優)は納得の表情を見せ、少年の耳元で囁いた。
「実は、私も安心してた。あれなら不特定多数の男の裸を見なくて済むから」
「あっ、こんなとこにいた! 探したんだよ!」
その直後、ふたりの元にかわいらしい白いフリル付きの水着を着用した河瀬ミクが歩み寄った。その近くには、松葉芽衣の友達たちが数人いる。
「えっと、ちょっと……」と河瀬に対して、芽衣が適当に答える。そんな友達を見て、河瀬はニヤニヤと笑った。
「ふたりきりで何か話してたみたいだね。大好きな彼氏さんと♪」
「だから、彼氏じゃないから」と優が芽衣の声で慌てて否定する。
「加村くん。彼氏なんだから、ちゃんと芽衣ちゃん守りなさいよ!」
全く話を聞かない河瀬がジッと加村優の顔を見る。
「ああ、ついさっきもナンパされてた松葉さんを助けたところだ」
「スゴイ! 頼りになるね!」と河瀬が両手を合わせて、目を輝かせる。
そんな加村優の顔を、松葉芽衣は見つめていた。
あのとき、ナンパされていた松葉芽衣を加村優は助けた。
もしも、入れ替わっていなかったら、同じようにナンパされている彼女を助けることができただろうか?
そんな疑問が頭に浮かび、芽衣は思わず首を捻った。
すると、加村優は彼女の顔を覗き込んだ。
「悩んでる顔、見せないでほしい」
数センチの距離で向き合い、繰り出された声に、芽衣(中身は優)はドキっとした。それと同時に、周囲にいる女子たちも胸を躍らせる。
「聞いた? 悩んでる顔、見せないでほしいだって! 悩みがあるんだったら、一緒に考えてやるって意味でしょ? 加村くん、カッコイイ!」
河瀬の明るい声に、向き合ったふたりの顔が赤くなる。
「そうだ。砂浜で写真撮影しよう。ツーショット写真。あとで送ってあげるから、私のスマホで撮ろ」
「うん、いいね」と優が即答すると、芽衣は動揺した。
初めてのツーショット写真に抵抗を示さず、すぐに了承した。
それはどういうことなのだろうかと、考えを巡らせている間に、芽衣は砂浜の上に連れてこられた。
足元で波と砂を感じ取った松葉芽衣の右隣に加村優が並び、目の前にはスマホを構えた河瀬の姿。
「はい、チーズ!」と河瀬が合図して、シャッターが切られた瞬間、優は咄嗟に芽衣の手を握った。突然のことに、芽衣の顔が赤く染まる。
「うん、みんな、見て。いい写真だね。ラブラブカップルだって分かる気がする!」
スマホに映るふたりの写真を眺めた河瀬は、周囲にいる友達に写真を見せびらかした。
「なんで、いきなり手を……」
一方で、芽衣は腑に落ちないような表情で隣にいる優の顔を見つめていた。
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