第16話 水着を買おう!
「芽衣ちゃん、夏休み、海で遊ぼうよ!」
1学期の終業式の朝、黒髪短髪の少女、
入れ替わってしまったあの日、コンビニでバイトしていた松葉芽衣の友達は、ジッと芽衣の席を両手でバンと叩き、身を乗り出す。
「だから、明日から夏休みでしょ? 一緒に海で遊ぼうよ。他にも、友達みんなに声かけてるから、まだ何人で遊ぶのかまでは決めてないけど、8月4日に行く予定」
「えっと……」
言葉をつまらせながら、松葉芽衣(中身は加村優)は、自分の席にカバンを置いた加村優(中身は松葉芽衣)に視線を向ける。
一方で、優の姿の芽衣は、その視線を感じ取り、キョトンとした顔になった。
「何? 彼氏の許可がいるの? 結構、束縛するんだね。加村くんって」
自分の席の前に立つ女子がニヤニヤと笑うと、芽衣の姿の優は、慌てて両手を振る。
「違うから。悪いけど、この件は保留にしとく」
そう答えた芽衣は、女子の元から離れていく。
それから、加村優の席の前に移動すると、優の姿の芽衣はジド目になった。
「それで、何話してたの? 河瀬さんと」
「ああ、夏休み、一緒に海で遊ばないかって誘われて……」
「……そうなんだ。じゃあ、放課後、水着を選んであげる」
「えっ?」と驚く芽衣(中身は優)の近くで、ふたりのやりとりを見ていた徳郎は頭を抱える。
「あああああ、優が自分好みの水着を着るよう強要するようになった! こんなことするヤツだとは思わなかった!」
「徳郎、俺は別に……それと、海に行くんだったら、俺も一緒に行くから」
その発言に、芽衣の姿の優は思わず目を丸くした。
「おい、優。お前、そんなに彼女が心配なのかよ!」
徳郎が豪快に笑いながら、優の右肩をポンと叩く。
その行動に一瞬驚いた優の姿の芽衣は、隣にいる同居人から視線を逸らす。
「まあ、ナンパしてくるチャラい男から、守りたいから」
「いいぞ。優。8月4日なら、俺は部活で行けないけど、簡単な護身術くらいならレクチャーしてやってもいいぜ。松葉さんにカッコイイところを見せてやれ!」
「それ、本人の前で言うこと?」と芽衣の姿の優が苦笑いした。
午後からは休校になり、部活動に所属していない生徒たちは、一斉に帰宅していく。
明日から楽しい夏休みが始まる。そんな期待を、胸に抱きながら、松葉芽衣は加村優の隣を歩いた。
「とりあえず、財布取りに帰らないとね。お小遣い、まだ余ってるんでしょ?」
優が右隣にいる芽衣に視線を向ける。すると、芽衣は首を縦に振った。
「ああ、この金使っていいのかって悩んじゃってな。今月は、この前渡した5千円以外は使ってないよ」
芽衣の口から発せられた声を聴き、優はクスっと笑い、身を彼女に寄せた。
「良かった。その姿で男子高校生が好みそうなマンガとか買ってるのかと思ったよ」
唐突に耳元で囁かれ、芽衣の頬が赤く染まる。
「そんなの、買うわけないだろ! 最近の少年マンガは女子高生も読むってきいたことがあるから、ギリ行けるかって思ったけど、いろいろ悩んで、買うのをやめた」
「ふーん。一瞬悩んだんだ」
そんな秘密の会話を交わして、10分ほど歩くと、一軒家が見えてくる。
そこは松葉芽衣の暮らしている家で、駐車場には青い軽自動車が停まっていた。
「お母さん、いるんだね」と駐車場に停まった車に優の姿の芽衣が視線を向ける。
それに対して、この家にクラス少女は首を縦に振った。
「ああ、今日は夜勤だって言ってた。多分、今起きてるとおもうけど、会っていくか?」
「うーん。また誤解されそうだから……」
言葉を飲み込んだ優が目を見開き、目の前の家の2階を見上げた。右側にある部屋のカーテンが揺れ、家の中からドタバタという激しい音が響く。
直後、玄関のドアが勢いよく開き、松葉芽衣の母親は両手を合わせながら、玄関先に佇むふたりの元へ歩み寄った。
「芽衣ちゃん。驚いたわよ。2階から何気なく外を眺めてたら、娘が加村くんと一緒に家の前にいるんだもん。もしかして、毎日、一緒に帰ってるの? そういうことは、早く言ってよ!」
「いや、今日は、これから一緒に買い物に……」
グイグイと詰めてくる芽衣の母親に対して、優(見た目は芽衣)は思わず苦笑いした。そんな彼女の右隣で、優の姿になった芽衣は頭を下げる。
「お久しぶりです」
「加村くん、お久しぶり。あっ、そういえば、これからふたりで買い物デートするんだっけ?」
「デートじゃないから!」とふたりが口を揃えて声を出すと、芽衣の母親はクスっと笑った。
「まあ、いいわ。ふたりきりの買い物デート、楽しんでくるが良い!」
豪快に笑う芽衣の母親が、ふたりに背を向ける。そんな後ろ姿を、芽衣の姿の優は右手を前に伸ばして、呼び止めた。
「あっ、ちょっと。8月4日に、海へ遊びに行くから」
その声を聴き、芽衣の母は体を半回転させ、ニヤニヤと笑いだす。
「ふたりきりで海水浴かぁ。いいわ。楽しんできなさい」
「だから、ふたりきりじゃなくて、友達と一緒に遊びに行くの!」
そんな娘の声を聴かず、芽衣の母は、すぐに家の中へ戻っていった。
それから、30分後、東都デパートの水着売り場を訪れた芽衣は、顔を赤く染めた。
当然のように、建ち並ぶ棚には、様々な種類の女性用の水着が並んでいる。
周りにいるのは、殆ど女子高校生のみで、男子は加村優しかいない。
芽衣の右隣にいる加村優は恥ずかしがるような素振りすら見せず、目を輝かせて水着を眺めていた。そんな異様な光景に恥ずかしくなった芽衣は、咄嗟に優の右手を引っ張り、彼の耳元で囁く。
「忘れてないか? 俺は男子高校生の加村優だったんだ。やっぱり、ここは居心地が悪い」
そんな声を聴いた芽衣は優の顔でキョトンとした。
「何、言ってるの? こっちの立場も考えたら、そんなこと言えないでしょ?」
「ああ、悪かったよ。ごめん」
松葉芽衣は変な子だと思われることを嫌う。
そんな気持ちを察した優が芽衣の頭を下げる。だが、優の姿の芽衣は、なぜか微笑み、両手を合わせた。
「さて、似合いそうな水着を選ばないとね。あっ、これとか似合いそう!」
「えっと、楽しんでない?」と芽衣の姿の優は目を点にした。
「この店、お気に入りのブランドの水着とかも取り扱ってるから、迷っちゃう♪」
「誤解を招く発言やめろ!」
強くツッコミを入れたあと、芽衣は優の姿で水色の水着を彼女に差し出した。
「はい。まずは、この青いホルターネックビキニから! 紐を首の後ろで軽く結んで固定すればいいから」
「まずはって、他のも着るの?」
強引に水着コーナーの試着室に連れてこられた芽衣の姿の優は、様々な水着を着せられた。
「うん。いいね。それ。最高!」
優の姿の芽衣が、笑顔のままで、目の前にいる水着姿の松葉芽衣にスマホを向ける。
「だから、写真は恥ずかしいから、やめてくれ!」
そんな叫びを聞かず、優の姿の芽衣はシャッターを押し続けた。
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