第15話 元カノの話
翌朝、松葉芽衣の姿の加村優は目を丸くした。
学校の下駄箱の前には、優の姿の芽衣が佇んでいる。
多くの生徒たちが下駄箱の前で上靴に履き替える中で、芽衣の姿の優は困惑の表情を浮かべて、彼女の前に歩み寄った。
すると、近くに本当の自分の姿を見つけた下駄箱の前の芽衣が右手を振る。
「あっ、おはよう。松葉さん。ちょっと、聞きたいことがあるんだけど……」
そう言いながら、優の姿の芽衣は右に一歩踏み出した。
「えっと、加村くん。聞きたいことって?」
芽衣の下駄箱に靴を入れながら、偽りの少女が首を傾げると、加村優(中身は松葉芽衣)はなぜか、両手を合わせる。
「うーん。ごめん。こういうことは、ふたりきりで聞きたいから、今は忘れて」
「なんだよ! それ!」
「ということで、放課後、一緒に帰っていい?」
「えっ」と驚く芽衣の顔を見て、優はクスっと笑う。
「そんなの驚くと、こっちもビックリするから。それで、放課後、大丈夫? 友達と放課後、遊ぶことになってるんだったら……」
「いや、大丈夫」
「そう。じゃあ、放課後も声をかけるから!」
そう伝えると、優の姿の芽衣が彼女の元から離れていく。その後ろ姿を見た瞬間、優は芽衣の頬を緩めた。
その顔には嬉しさが刻まれ、思わずにやけてしまう。
そして、時間はあっという間に過ぎていき、放課後、その瞬間は訪れた。芽衣の姿の優が帰り支度を済ませるとすぐに、優の姿の芽衣が歩み寄ってくる。
「松葉さん。一緒に帰ろう」
その一言を近くで聞いていた徳郎は思わず、目を見開く。
「マジかよ! あの優が、松葉さんを誘いやがった!」
「徳郎、相変わらず大袈裟!」
「優、俺は部活あるから、ふたりきりで仲良く通学路を歩けよ!」
「言われなくても分かってるからな」
豪快に笑いながら、徳郎がふたりの元を離れていく。それから、加村優(中身は松葉芽衣)は本当の自分の体と向き合い、首を縦に動かす。
「帰り支度済んでるんだったら、早く帰ろう」
「ああ」と短く答えた芽衣は机の上に置かれたカバンを手にした。
いつもの通学路を片想い中の彼女と一緒に歩く。
そんな夢のような瞬間が訪れるとは思っていなかった優は芽衣の頬を赤く染めて、隣を歩く同級生に視線を向けた。
「まさか、一緒に帰れるなんて、思わなかった。ところで、聞きたいことって……」
「まずは、夏休みに実家に帰らないのかって聞かれて、考え中って答えてくれてありがとう。夏休みは実家に帰るって答えたら、居心地の悪い赤の他人の家で何日も過ごすことになってたから」
「ああ、そうなんだよなぁ。ゴールデンウィークも実家に帰ってないから、そろそろ帰らないとマズイと思う。でも、今の松葉さんを加村優の家に放り込むのもマズイし……どうしたらいいんだ!」
芽衣の姿になっている優が、その場に立ち止まり、頭を抱える。すると、芽衣は優の姿のままで、本当の自分の姿に身を寄せて、耳元で囁いた。
「ところで、元カノいるの?」
唐突に疑問に、芽衣の姿をした優は目を見開くのと同時に足を止める。
「元カノって、なんで、その話を……」
「日和姫ちゃんだっけ? あの子と付き合ってたんでしょ? 昨日のあの子との電話で、このこと知って、ビックリしたから」
そんな答えを聞き、優は芽衣の顔で溜息を吐き出した。
「はぁ。こうなったら、誤魔化せそうにないなぁ。この前、話しただろ? 埼玉には会いたくないヤツがいるって。そいつが、日和姫なんだ。日和姫は、加村優のもう一人の幼馴染で、保育園からの付き合いだ。徳郎と3人であの日までは、一緒に遊んだよ」
「うん、昨日のやり取り見てたら、なんとなく分かるけど、どうして、会いたくないの? もしかして、元カノだから気まずいとか? それと、あの日までってどういうこと?」
本当の自分の口から飛び出した疑問の声に、優は芽衣の姿で首を横に振った。
「俺は、アイツに酷いことをしたんだ。中2の冬に、加村優のことを好きでいてくれたアイツに俺は酷いことを言った。他に好きなヤツができたから、もう付き合えないって。あの時の悲しそうなアイツの顔は、今でも忘れられない」
「ふーん。その子のこと、嫌いになっちゃったんだ」
「それは違う。加村優は、アイツを捨てた。嫌いになったわけでもないのに……」
「えっと、何言ってるのか分からないんだけど?」
優の姿の芽衣が眉を顰めると、その隣で、少女は首を縦に動かす。
「そうだな。他に好きなヤツができたことは事実だ。加村優は、アイツを捨てて、一目惚れした子を選んだ。その子と付き合いたくて、わざわざ県外の高校を受験して……って……あっ」
口走ってしまった優は思わず芽衣の口を両手で塞いだ。
それは、加村優は松葉芽衣のことが好きだと自白しているようなモノだった。
だが、隣を歩く松葉芽衣(見た目は加村優)はそんなことを気にする素振りすら気にせず、キョトンとした顔になる。
「何? なんか、思い出したみたいだけど……」
「いや、なんでもないから。それで、どう思った? どこかの最低な中学生の話」
優が誤魔化しながら話題を切り替える。それに対して、芽衣は頷いた。
「自分の都合で、女の子を傷つけるなんて、最低だ」
「やっぱり、そう思うよな?」
優の口から発せられる芽衣の声にグサっと心を痛めた優が芽衣の頭を抱える。
「そういえば、あの日までは3人で遊んでたって言ってたけど、その日以来、その子と遊んでないの?」
「全く遊んでないな。学校ではアイツのことを避けてきたし、友達として遊びに行かないかって誘われても、受験勉強で忙しいからって毎回断ってた。そんな加村優と河原日和姫の関係を修復しようしてくれたのが、福坂徳郎だった。それでも、昔のように、3人で遊ぶこともなく、中学卒業から会わなくなった」
「そう言えば、初めて同い年の女の子とカラオケに来たって言ってたけど、その子とはカラオケに行かなかったんだね」
「ああ。日和姫とは一度もカラオケしたことないから」
「じゃあ、初めて女の子のお見舞いをしたっていうのは?」
「日和姫は一度も風邪ひいたことないから、お見舞いに行ったこともないんだ」
そんな昔話を隣で聞いていた芽衣は優の姿で両手を叩く。
「よし、決めた。徳郎はお盆に地元に帰るみたいだから、私も加村優として帰る!」
「はい?」と優は芽衣の顔で困惑した。
「だから、徳郎と日和姫ちゃんだっけ? その子と3人で遊ぶの! 昔みたいに」
「昔みたいにって、忘れてないか? 今の松葉さんは……」
「松葉さん。俺と一緒に地元に帰ってくれ!」
隣の少年が少女の右手を掴み、ジッと彼女の顔を見つめる。
「そんなことしたら、彼女連れてきたって誤解されそうだけど、そう言われたら、行くしかないなぁ」
そう芽衣の口で答えた優は、片想い中の相手と一緒に、通学路を歩き始めた。
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