第14話 もう一人の幼馴染
謎の少女に襲われてから数日程が経過して、芽衣の姿の優はベッドに転がりながら、自分のスマホを眺めた。
画面をスクロールすると、ネットニュースが流れてくる。
【東京環境サミット、主要各国の首相来日】
【怪盗、今度は東都美術館に予告状】
【遺跡発掘展IN埼玉開催】
「やっぱり、まだ捕まってないみたいだな」
どこのニュースサイトにも、埼玉で起きた事件が解決したとは書かれていない。
「もしかしたら、その犯人、元に戻る方法も知ってるかもよ。あの男が殺されて、もう戻れないんだって諦めてたけど、その人が私に接触してくるかもしれないんだったら、このチャンスを逃さない方がいい」
あのとき交わした芽衣の言葉が頭を過り、芽衣の姿の優は溜息を吐き出した。
「いつまでもこのままじゃダメだって分かってるんだが、やっぱり危ないよなぁ」
ボソっと呟いた瞬間、芽衣の手の中でスマホが震えた。
奇妙に思い、画面を見た瞬間、優は芽衣の顔を青く染める。
画面に表示されたのは、河原日和姫の文字。それを瞳に映した優は芽衣の目を泳がせた。
「ひっ、日和姫から電話だと!」
鳴り止まないコール音が静かな部屋に響き、芽衣の姿の優が首を縦に動かす。
「クソ。こうなったら、この前貰ったワイヤレスフォンを使って、毛利荘の電話で日和姫の家にかけるしかないじゃない! でも、俺はあいつと話したくないし……ああ、俺は、どうしたらいいんだ?」
悩む優が芽衣の口で唸り声をしながら、無意識にスマホの画面に触れる。
だが、その瞬間、スマホからもう一人の幼馴染の声が流れてしまう。
「もしもし。優? またくだらないことで悩んでたんでしょ? 私からの電話に出るのかどうか」
芽衣の姿の優は冷や汗を掻いた。推すボタンを間違えてしまい、通話が始まってしまった。
どうやって誤魔化せばいいのかと悩む間にも、埼玉にいる幼馴染は優に語り掛けてくる。
「もしもし、優? もしかして、電波悪いの?」
なんとかしなければならないけど、何も思いつかず、動揺する優は芽衣の口で「うーん」と声を漏らした。
その声を聴き、日和姫は慌てたような声を出した。
「えっ、かける相手間違えて……ないわね。だって、登録されてる優の電話番号をワンタッチでかけたんだもん。あなた誰?」
「ええっと、加村くんが忘れていったスマホを預かってる松葉芽衣です」
「……まあ、いいわ。ところで、芽衣ちゃんだっけ? あなた、優とどういう関係なの?」
「そっ、それは……」
「それは?」
「……ただのクラスメイトです」
「なるほど、即答できない関係なんだ。じゃあね。芽衣ちゃん。早く優にスマホ返してね」
一方的に電話が切れ、芽衣の姿の優はホッとしてベッドの上に寝転がった。
「一時はどうなるかと思ったけど、なんとかなったみたいだ……って、まだ終わってねぇ。早くこのこと、松葉さんに知らせとかないと!」
そのまま、ベッドから体を起こした優は芽衣の姿のままで、スマホを握った。
一方その頃、毛利荘の一室で、福坂徳郎はスマホを右耳に当てていた。
「ああ、優なら、今、トイレに籠ってるところだ」
「そうなんだ。ちゃんと、そっちに帰ってるんだね」
河原日和姫の明るい声に反応した徳郎は頷く。
「当たり前だろ。門限破って、どっかに出かけるようなヤツに見えるか?」
「うん、見えないね」
もう一人の幼馴染の答えに、徳郎が苦笑いする。
その瞬間、徳郎の目にトイレから帰ってきた加村優の姿が映り込んだ。
右耳に黒いイヤホンを填めた優は徳郎の前で首を捻る。
「えっと、徳郎?」
「ああ、日和姫から電話だ。お前、松葉さんの家に自分のスマホ、忘れただろ?」
「ああ、そういえば、そうだった。あの日和姫から電話かぁ」
思い出したように、優が両手を叩くと、徳郎は自分のスマホを差し出す。
その仕草を見て、優の姿の芽衣は首を縦に動かした。
「分かった。じゃあ、借りる」
そう言いながら優の姿の芽衣は徳郎にスマホを掴んだ。すると、彼の目の前にいる徳郎は首を捻る。
「ところで、優。お前の右耳に付けてるのって何だ?」
「えっ、何?」と徳郎のスマホから少女の疑問の声が漏れる。
「ああ、ワイヤレスイヤホンだよ。この前買ったヤツを付けてみたくなってな。カッコイイだろ。まあ、スマホは松葉さんの家に忘れてきたから、アレの中に入ってる音楽は聴けないんだけどな」
右耳から聞こえてきた芽衣の声を復唱した優が笑う。
「それにしても珍しいね。優がそんなの買うなんて……もしかして、誰かさんのプレゼントだったりして」
スマホから聞こえてきた日和姫の声に、優はビクっとして、背筋を伸ばした。その仕草を見た徳郎がクスっと笑う。
「日和姫。それ、図星っぽいぞ。めっちゃ分かりやすいリアクションしたから間違いない! 多分、あれ、松葉さんからのプレゼントだ!」
「松葉さんって、松葉芽衣ちゃんのことよね? さっき、ちょっとだけ話したよ」
徳郎のスマホから日和姫の声が漏れ、優の顔が赤くなる。
「べっ、別に付きあってないから!」
「優、誤魔化すの下手だな」
「変わってないみたいだね。優」
「それで、日和姫、何の用なんだ?」
「ほら、もうすぐ夏休みでしょ? 地元に帰ってくるのかって気になってさ。ゴールデンウィークも帰ってこなかったし、みんな、会いたがってるよ」
「そんなことなら、わざわざ電話しなくても……」
「100日くらい会えてないから、声が聴きたかったの。元カレの声を」
「もっ、元カレ!!」
驚き目を見開いた優(中身は芽衣)がベッドの上に徳郎のスマホを落とす。
「優、酷い。私との関係忘れちゃうなんてさ」
「ああ、悪かったよ。そういえば、俺、付き合ってたんだよな?」
「そうそう。彼女が出来たんなら、ちゃんと紹介するのが筋でしょう。元カノ兼幼馴染として!」
「いや、元カノ関係ないから。第一、まだ付き合ってないんだからな」
「あっ、彼女の芽衣ちゃん、連れてきてもいいからね。あの子と直接、会って話してみたいし」
「うん、また考えとく」
「じゃあね」と一言添え、電話は切れた。
「元カノいるとか、初耳だよ」
芽衣が優の口でボソッと呟くと、徳郎は目を丸くした。
「優、なんか言ったか?」
「いや、何も。あっ、徳郎、スマホありがとう」
適当に誤魔化した優の姿の芽衣は、両手を左右に振った。それから、芽衣は優の姿で徳郎にスマホを差し出す。
「ああ、そういえば、優。お前は夏休みに実家に帰らないのか? ゴールデンウィークはこっちで過ごしてたから、夏休みは帰ってもいいと思うぞ。帰省するって毛利先生に報告しとけば、外泊許可もすぐに取れるぜ!」
優からスマホを受け取った徳郎が彼の前で首を捻る。
それに対して、優の姿の芽衣は腕を組んだ。
「うーん。まだ考えてるところだ」
「なるほど。分かった。優、お前は高校生活最初の夏を松葉さんと過ごしたいって考えてるみたいだな。かわいい彼女と海で遊んだり、一緒に夏祭りに行く。そんな夏を過ごしたいけど、そろそろ実家に帰らないといけない気もする。それが、今のお前の悩みだ!」
右手の人差し指をビシっと立てた徳郎の前で、優の姿の芽衣が慌てて、両手を振った。
「別に、彼女じゃないから!」
「そんな優に、いいことを教えてやろう。夏休みの過ごし方は自由だ。1か月間、地元で過ごしてもいいし、1週間、地元で過ごして、残りの期間をこっちで過ごしてもいい!」
「何、当たり前のこと言ってんだ!」
「日和姫も言ってたけど、松葉さんと一緒に埼玉に帰るって選択肢もあるんだ。次いでに家族に紹介すると良い。お付き合いしている松葉芽衣さんですって!」
「その紹介の仕方、変な誤解を生みそうなんだが……」
苦笑いする幼馴染の前で、徳郎は胸を張る。
「因みに、俺はお盆に帰省するつもりだ」
「そうなんだ。まあ、また考えとく」
そう短く答えた芽衣は優の姿で、首を縦に動かした。
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