第13話 決意

「おい、優。ちょっといいか?」

 毛利荘の一室で学習机の前に座り勉強中の加村優の元へ、福坂徳郎が歩み寄る。

 それに対して、加村優の姿の松葉芽衣は顔を上げた。

「何?」

「俺らがよく行ってた地元のショッピングモールで事件があったそうだ」

 衝撃的な事実に、芽衣は優の姿で顔を青くした。

「えっ、事件って?」

「さっき調べたら、もうネットニュースになってた。被害者は女子高生だそうだ」


 そう言いながら、徳郎は右手で握り締めた自分のスマホを優に見せる。

 そこには、ニュースサイトが表示されていた。



「午前11時頃、さいたま市にあるショッピングモールで、女子高校生が襲われる事件がありました。被害に遭った女子高校生に怪我はなく、埼玉県警は逃げた犯人を追っています」


 短いニュース記事を目にした優の姿の芽衣は、その身を震わせる。

 同時にイヤな予感が頭に過り、芽衣は優の姿のままで手していたシャープペンシルを机の上に置く。それから、近くに置いてある自分のスマホに手を伸ばした。


 その動きを見た徳郎は、幼馴染の右肩に優しく触れる。

「大丈夫だ。日和姫も友達と同じショッピングモールに遊びに出かけてたけど、無事だって連絡が来たからな。こんな事件が起きてたってことは、日和姫からのメッセで知ったし……」

 日和姫という聞き慣れない名前を無視して、優の姿の芽衣は表情を深刻なものに変える。

「そうじゃなくて、あのショッピングモールに《《松葉さん》がいるんだ」

「優、お前、彼氏として彼女の行動を把握してたのかよ!」と驚く徳郎の隣で芽衣は優の両手を左右に振った。

「そっ、そんなんじゃないから!」


「まあ、いいけど、松葉さんと連絡できたのか?」

「あのニュースが流れ始めてから、何度も電話してるけど、返事がない。LENEを贈っても、既読すらつかない」

 そう言いながら、優の姿の芽衣は、ベッドの上に転がっていた自分のスマホを握り締めた。丁度その時、スマホが震え出す。

 その画面に表示された加村優という文字を認識した芽衣(見た目は優)が通話ボタンを押し、右耳にスマホを当てる。


「もしもし……」とスマホから聞こえてきた元の自分の声に、優の姿の芽衣は頬を緩める。

「ああ、さん。心配したよ。中々、連絡が取れなくて」

「悪い。実況見分や警察の事情聴取で忙しくて、連絡できなかった」

「えっと、それって……」

 実況見分。警察の事情聴取。その言葉にイヤな予感を覚えた芽衣が優の肌を震え上がらせる。

「えっと、その前に一応確認だけど、近くに徳郎いるよな?」

 声を潜め尋ねてくる元の自分の声に芽衣は静かに首を縦に動かす。

「ああ、今、毛利荘の中だから」と囁くように答えを口にすると、芽衣の姿の優が事実を告げる。


「ここだけの話、あの事件の被害者は松葉芽衣だ」

「なっ!」と優の顔で驚く芽衣に対して、優は芽衣の声で言い聞かせる。

「近くに徳郎がいるんだったら、ここからはメッセで連絡を取り合った方が都合いい。は秘密にしておきたいんだろう?」

「……分かった」と優の口で答えた芽衣がスマホの通話ボタンを切る。

 その直後、福坂徳郎は加村優に詰め寄った。

「優、なんなんだ? あのことって?」

 福坂徳郎はスマホから漏れた声を聞き逃さなかった。

 どうやって誤魔化せばいいのだろうかと芽衣は優の頭を抱える。

「……あのことはふたりだけの秘密だから、徳郎にも話せないんだ」


「なんかよく分からないけど、優、これだけは言っておく。今の松葉さんはすごく不安なはずなんだ。突然誰かに襲われたからな。ちゃんと支えて、男らしいところをアピールしろよ!」

「ああ」と苦笑いした芽衣が優の声で呟く。

「それにしても、優、変わったよなぁ。マジメに勉強するようになったし、この前の期末試験もスゴかった。まるで、別人みたいだ」

 そんな指摘を耳にした芽衣は優の姿でドキっとした。

 その動揺を隠したまま、芽衣が優の姿で両手を天井に伸ばす。

さんに勉強教えてもらったら、なんか勉強が楽しくなったんだ」

「ふーん。そうなんだな。そんな楽しそうな顔で勉強する優、初めてみたぞ! 日和姫に話したら、ビックリするだろうなぁ」

「そうだろうな」と適当に返した芽衣のスマホが震え出す。

 

 そうして、画面に表示されている加村優の文字を認識した芽衣は、首を縦に動かした。

「ごめん、ちょっとトイレ!」と断った優(中身は芽衣)が徳郎から離れ、トイレへと向かう。

 それから、トイレの中に籠り、内側から鍵をかけると、芽衣は優の姿でズボンをお降ろすことなく、洋便器の上に腰かけた。

 


「さっきの話の続き、俺を襲ったヤツは清掃員に変装して、女子トイレにやってきた俺の頭に拳銃を突き付けてきたんだ。そいつは松葉芽衣にしか見えない俺を加村優だって呼んだ。犯人はあの男が落としていったブレスレットを探しているらしい。今度は松葉さんが狙われる番かもしれないから、気を付けてほしい」


 スマホに表示された加村優からのメッセージを読み、優の姿の芽衣は目を大きく見開いた。そのあとで深刻そうな表情になり、顎に右手を置く。


 犯人の狙いは今もこの部屋の中にあるブレスレット。


 犯人は入れ替わりの秘密を知っている。


 メッセージから読み取れる情報を頭の中で整理した芽衣は、覚悟を決め、文字を打ち込んだ。



「もしかしたら、その犯人、元に戻る方法も知ってるかもよ。あの男が殺されて、もう戻れないんだって諦めてたけど、その人が私に接触してくるかもしれないんだったら、このチャンスを逃さない方がいい」


 それから1分ほどが経ち、芽衣のスマホに新たなメッセージが送られてくる。


「俺も松葉さんと同じことを考えてた。確かに、アイツは怖いけど、入れ替わりの秘密を知っているのは、アイツしかいないんだ。危険だけど、踏み込むしかないみたいだな」


 

 そんな加村優のメッセージを読んだ芽衣は、凛とした表情で前を向き、立ち上がった。


 松葉芽衣の姿の加村優に接触してきたのは、入れ替わりの秘密を知る危険人物。

 今度は、その人に会い、元に戻る方法を聞き出す。


 それがどんなに危険なことか分かっていながら、優の姿の芽衣は覚悟を決め、トイレのドアを開けた。

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