第12話 暗殺者

「さあ、到着です!」

 県外にあるショッピングモールの地下駐車場に軽自動車を停めた杠叶彩が運転席から降り、両手を青空に向け伸ばした。

 周囲を見渡し、多くの人々が出入口に向かい歩き出す様子を認識した芽衣の姿の優が、杠叶彩の前に一歩を踏み出す。

「えっと、叶彩さん。これから、どうするんだっけ?」

「決まってるでしょ? ここで芽衣ちゃんにかわいいお洋服を買うの!」

 目を輝かせ、松葉芽衣との距離を詰める杠叶彩に優は芽衣の体で後退りした。

「みっ、見るだけで勘弁して!」


 イヤな予感が頭に過った優は、芽衣のフリをして、駐車場の中で叫んだ。



 加村優にとって馴染み深い埼玉のショッピングモールの中は、日曜日ということもあってか、人が多い。

 そんな2階の人混みの中を、松葉芽衣の姿の加村優は杠叶彩と共に抜けていく。

「あっ、あそこだね。行きたかった洋服店!」

 前方に見えた看板を指差す楽しそうな表情の杠叶彩の隣で、松葉芽衣の姿の優はジッと叶彩の顔を見つめた。

「叶彩さん。私はお洋服なんて欲しくないから!」

「もぅ、せっかく来たのに。かわいいお洋服を買わないともったいないじゃない?」

 頬を膨らませた杠叶彩が松葉芽衣の右手を握り、強く引っ張る。その瞬間、芽衣の頬を赤く染まった。

「ちょっと、いきなり引っ張らないで!」

 恥ずかしそうに視線を逸らす芽衣に対して、叶彩はクスっと笑う。

「昔からやってきたことでしょ? 今更、恥ずかしがらなくてもね」

 加村優と杠叶彩が手を繋いでいるイメージが松葉芽衣の中で浮かび上がり、芽衣の姿の優は心の中で首を左右に振った。


 そうして、宣言通りに連れてこられた洋服店の中で、芽衣の姿の優は周囲を見渡した。当たり前のように、店内には女性ものの洋服が並び、周りには女性しかいない。

 

 こんなところに自分がいていいのだろうか?


 見た目は女子高校生、松葉芽衣だけど、中身は男子高校生、加村優。

 

 そんな自分は場違いではないかと優が考えていると、叶彩は不思議そうな顔で芽衣の顔を覗き込む。

「どうしたの?」

「いや……なんでもないから」と誤魔化す芽衣の前で叶彩が首を傾げる。

「まあ、いいや。さあ、ここから芽衣ちゃんに似合いそうなかわいいお洋服を探しちゃいましょう!」

 杠叶彩が楽しそうに笑い、周囲をキョロキョロと見渡す。そんな担任教師に対して芽衣の姿の優が苦笑いする。

 その瞬間、芽衣の真横をポニーテールの少女が通りすぎていった。

 長い後ろ髪を紺色のシュシュでポニーテールに結ったその少女の身長は芽衣と同程度で、かわいらしい薄手のピンク色のパーカーの下に白いミニスカートを履いている。


「日和姫ちゃん、このヘアピン、かわいいね!」

「そう? 私はあっちのお店の方が好きかも」

 近くで中学校を卒業して以来聞いていない幼馴染の声を耳にした優は目を丸くした。

 だが、地元の高校に通うもう一人の幼馴染は、同い年くらいの女子たちと共に、何も気づかず、芽衣から離れていく。


 その直後、松葉芽衣の背筋が凍り付いた。

 突然、心臓が強く震え、寒気で体が小刻みに震え出す。

 同時に冷酷な視線も感じ取り、芽衣の姿の優は思わず、叶彩の背中に隠れた。

 

 突然のことに驚く杠叶彩が背後を振り返る。

「えっ、何?」

「あっ、その、ちょっと目眩と寒気がして……」

「大丈夫? ちょっと休んでからにしよっか?」

「うん、平気。悪いけど、トイレ行ってくるわ」

 どう答えていいのか分からず、適当に誤魔化した芽衣の姿の優が叶彩の元から離れていく。そんな彼女の後姿を、叶彩は心配そうな表情で見つめていた。



 近くにある女子トイレの中に飛び込んだ加村優が洗面台の鏡の前に立つ。

 そうして、鏡に映り込む松葉芽衣の顔をジッと見つめた優は荒い息を吐き出した。

「はぁ。何だったんだ? さっきの……」

 得体のしれない恐怖が心を支配していくようなイヤな感覚に襲われた優が、松葉芽衣の姿で頭を抱えた瞬間、松葉芽衣の頭に鉄のように固い何かが押し当てられた。


「動くな。加村優だな? 大人しく、あのブレスレットを渡してもらおうか? そうしたら、命だけは助けてやろう」

 得体のしれない恐怖を感じ取った加村優は動くことすらできなかった。背後に立つのは、清掃員の制服を着た身長170センチの少女。帽子を深くかぶり、顔を隠す謎の少女の前で、芽衣の姿の優は鳥肌を立て、目を泳がせた。

「なっ、何のこと?」

「ふっ、とぼけなくても無駄だ。加村優、お前は流星会の禿野豊とコンビニの駐車場でぶつかり、ブレスレットを拾った。さあ、大人しく、あのブレスレットを渡してもらおうか? そうしたら、命だけは助けてやろう」


 背後にいる少女は、この松葉芽衣の姿を見て、正体が加村優であることを見抜いた。

 入れ替わりの秘密を知っているのだろうか? 

 そんな疑問が浮かび、優は怯えながら芽衣の首を縦に動かす。


「お前、なんであのブレスレットのこと知っているんだ?」

「そちらからの質問は受け付けない。さあ、これが最後の要求だ。大人しく、あのブレスレットを渡してもらおうか? そうしたら、命だけは助けてやろう」

 なんとなく、このヤバイ人物にブレスレットの所在を話してはいけない気がする。

 そう思った芽衣の姿の優は首を強く左右に振り、言い放つ。

「断る。お前なんかに渡すわけにはいかない!」

「それがお前の答えか? まあ、いいだろう。どうやら、痛みつけられないと気が済まないみたいだからな。こうなったら、お前を拉致して……」


 丁度その時、女子トイレのドアが開き、杠叶彩が顔を出した。

「芽衣ちゃん。大丈夫?」

 心配して駆けつけてきた杠叶彩の姿を視界の端に捉えた謎の少女が舌打ちする。

「マズイ。清掃中の札を置き忘れた。ふっ、命拾いしたな」

 謎の少女が捨て台詞を吐き、女子トイレから出て行く。

 その瞬間、恐怖が揺らぎ、優は芽衣の姿で尻餅をついた。

「殺されるかと思った」と呟く芽衣の声を叶彩は聞き逃さず、右手を差し出す。

「さっきの子、誰?」

「分からない。でも、すごく怖かった」

 芽衣の姿の優が震える体を起こすと、突然、叶彩は芽衣の体に抱き着いた。

「もう、大丈夫。警察呼んで、犯人、捕まえてもらうから」

 優の中にあった恐怖が、叶彩の体温で消されていく。そんな不思議な感覚を味わった優は芽衣の姿のままで首を縦に動かした。


 

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