第11話 秘密のドライブ

「芽衣ちゃん。今度の日曜だけど、一緒にお出かけしない? もちろん、ふたりきりで!」

 ある7月の木曜日の午後6時55分。松葉家のリビングのソファーに座って、テレビのバラエティー番組を見ていた松葉芽衣に杠叶彩が声をかけた。

 それに対して、芽衣の姿の優は驚き、思わずソファーから立ち上がる。

「そんなに驚かなくてもいいのに」とクスっと笑う杠叶彩と顔を合わせた芽衣は慌てて両手を左右に振ってみせた。

「いや、噂の彼氏さんと出かければいいと思う」

「そのつもりだったけど、なんか忙しいみたいで、断られちゃったの。今度の日曜、暇になっちゃったから、芽衣ちゃんと久しぶりに出かけたいなぁ」

「えっと、どこに行くって?」

「埼玉ショッピングモールだよ♪」

「埼玉! わっ、悪いけど、その話、保留にして。明日までに考えとくから!」

 杠叶彩の前で両手を合わせた松葉芽衣がリビングから慌てて出て行く。

 

 そのまま自分の部屋に戻った芽衣は、「どうすればいいんだ?」と悩みながら、充電中のスマホに手を伸ばした。

 それから、首を縦に動かし、松葉芽衣に連絡を試みた。

 ツーコール後に、松葉芽衣の耳にスマホを当てると、元の体から発せられる声が耳に響く。


「もしもし、さん? 何の用かな?」

「ああ、ちょっと困ったことになったんだが、今、大丈夫か?」

「うん。徳郎、まだ部活から帰ってきてないから」

「それなら、大丈夫そうだな。早速本題だけど、杠先生が今度に日曜、お出かけしないかった誘ってきた。どうしたらいいと思う? 加村優としては行きたくないんだが……」

「なんで?」

「理由は2つある。1つ目は、あの杠先生とふたりきりで外出するのに抵抗があるからだ。こう見えて、中身は加村優だからな。県外で教師と生徒がお忍びデートしてるみたいな気分になる。2つ目は、行先が俺の地元のショッピングモールだからだ。あそこで俺、加村優の知り合いと遭遇したら、どんなリアクションを取ればいいのか分からない。それに、埼玉には会いたくないヤツもいて……」

 芽衣の姿の優の脳裏に、ポニーテールの少女の姿が浮かび上がる。

 すると、芽衣は優の声で明るく笑う。



「ふふふ、それなら暗示をかければ大丈夫。今のあなたは松葉芽衣。元の自分の知り合いに会ったとしても、今のあなたとその人は赤の他人。ただの通りすがりの客に過ぎない」

「いや、そういう問題じゃないから」

「しょうがないなぁ。今から来て。私と加村くんが入れ替わったあの公園に。あそこで秘密道具を渡すから!」

「秘密道具?」と芽衣の姿の優が首を傾げる間に、通話が途切れた。

 

 なんのことだか分からないまま、リビングにいる杠叶彩に声をかけた芽衣の姿の優は、全てが始まった公園に向けて、走り出した。



 満天の星空の下、あの時入れ替わった公園の広場の上で制服姿の加村優の姿の芽衣が周囲を見渡す。それから数秒後、息を切らした芽衣が優の元へ駆け寄った。

「うん。予想通りの時間に来たね。これなら、渡すものを渡してすぐ戻れば、門限に間に合いそう」

「それで、こんなところに呼び出して、何なんだ? 秘密道具って……」

 加村優の手に握られていた謎の紙袋に視線を向ける芽衣の前で、優の姿の芽衣が紙袋の中から透明な箱を取り出す。

「チャララララッ、チャラン♪ ワイヤレスフォン。これを耳に付けて、ボタンを押すと、私と電話できます! 電話から聞こえてきた私の声を復唱すれば、松葉芽衣として自然に話すこともできるでしょう! これで松葉芽衣のフリも楽になるのです!」

 未開封の黒いワイヤレスフォンを加村優の姿の芽衣が元の自分の体の前に差し出す。

「何かと思ったら、ワイヤレスフォンかよ!」

「この前、テレビでイヤホンから聞こえてきた推理を自分がしているように話す刑事ドラマを見てね。これだって思って、昨日、購入いたしました。これがあれば、今度の日曜の叶彩さんとのデートも怖くない。私がサポートするから。ということで、困ったことが起きたら、いつでも使っていいからね。それと、今度、松葉芽衣のお小遣いから5千円お支払い、お願いします!」

「はいはい。また今度な……って、杠先生とのデート確定かよ!」



 

 そして迎えた日曜日。杠叶彩の運転する軽自動車の助手席に座った白いワンピース姿の松葉芽衣(中身は加村優)は目を丸くした。

 助手席に座り、緊張感から体を強張らせた芽衣と一瞬目を合わせた杠叶彩が首を傾げる。

「何、その緊張した態度? 埼玉には何度も出かけたことあるのに……」

 ハンドルを握り、視線を前方から逸らさない杠叶彩が首を傾げた。

「いや、ちょっと……」

「あっ、分かった。加村くんでしょ? あの子の出身地、埼玉だから、緊張してるんだ! これから行くのは、大好きな加村くんの生まれ育った街にあるショッピングモールだからね」

「そうじゃなくて……」

 加村優は松葉芽衣として、学校で人気のある担任教師と出かける。

 そのことに緊張しているとは言えない加村優は適当に誤魔化した。

「その反応、絶対、加村くんのこと考えてるでしょ?」

 杠叶彩がハンドルを握り締めながら、ニヤニヤと笑う。

「デートに誘ってみたいけど、断られたらどうしよう」

 頭を抱え悩む松葉芽衣に対して、杠叶彩は赤信号で車を止めてから、唸った。

「うーん。加村くんなら断らないと思うけどなぁ。だって、あの子、芽衣ちゃんのことが好きみたいだし」

「でも、この前、1ミリも興味ないって言ってた」

「そんなの、照れ隠しに決まってるわ。そうじゃなかったら、この前、風邪をひいた芽衣ちゃんのところにお見舞いに行かないでしょ?」


 杠叶彩が結論付けたのと同時に、信号は青に変わり、軽自動が動き出す。

 その車内で松葉芽衣の姿の加村優は首を傾げた。


 彼女の気持ちが分からない。


 あのとき、お見舞いに来た理由は、元の自分の体が大切だからで、その体の中にいる加村優のことには興味がないのではないのか?


 だとしたら、松葉芽衣が加村優として自分に話しかけてくる理由は?

 

 松葉芽衣の頭の中で疑問点が飛び交い、芽衣の姿の優が唸り声を出す。


「やっぱり、気になるな。どう思ってるのかとか?」

 ボソっと呟く声を聞き逃さなかった杠叶彩が前方に視線を逸らすことなく、目を大きく見開く。

「えっ、今、気持ちを確かめ合いたいって。芽衣ちゃん、加村くんに告るの?」

「こっ、告るとか、そんなんじゃなくて……」

「大好きな男の子が自分のことをどう思っているのかが気になるなんて、やっぱり、好きなんだね。加村くんのこと。すごくいいと思う!」

「だから、そんなんじゃなくて……」

 芽衣の姿の優が慌てて否定するのと同時に軽自動車はトンネルの中へと入っていく。

 暗くなった車窓に松葉芽衣の顔が浮かび上がり、加村優の中で疑念が渦巻き出した。




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