第10話 松葉芽衣、風邪をひく

「それでは、朝礼を始めます。まずは連絡事項です。本日、松葉芽衣さんは風邪をひいたため、欠席です。みんな、最近、夏風邪が流行ってるみたいだから、気を付けてね♪」

 担任教師の杠叶彩の声を聴き、加村優は溜息を吐き出し、誰も座っていない松葉芽衣の席に視線を向けた。

 それから5分ほどで朝礼も終わり、福坂徳郎は加村優の席の前に立った。

「優、心配してるみたいだな。松葉さんのこと。初めてだもんなぁ。松葉さんが学校休むの」

「……ああ、心配だ」

「じゃあ、放課後、お見舞いに行かないか? 杠先生からプリントとか受け取って」

 そんな徳郎の提案を聞き、優の姿の芽衣は首を縦に動かした。

「ああ、さんに言いたいこともあるし……」

「よし。そうと決まったら、一緒に行ってやるよ。今日の部活は休みだからな」


「えっ、徳郎も来るの?」

「当たり前だろ? 女の子の家に初めてお見舞いに行くんだ。優、心細いだろ? 住所は杠先生に聞けばいいはずだ。まあ、そういうことだから、今から職員室に行って、杠先生に頼んでくるぞ! 松葉さんの家に、プリントを届けたいって」

 一瞬で教室から出て行く福坂徳郎の後姿に向け、芽衣は優の右手を前に伸ばして、呼び止めようとした。

「ちょっと待って。大丈夫だから!」

 だが、徳郎は足を止めず、職員室へと速足で移動していく。

 そんな彼を見て、加村優の姿の松葉芽衣は溜息を吐き出し、福坂徳郎を追いかけた。


「えっ、加村くんと福坂くんが松葉さんの家にプリントを届けるの?」

 静かな職員室の机の前に座った杠叶彩が、椅子に座ったままで顔を上げた。

「はい。よろしくお願いします!」と明るく答える福坂徳郎の隣で加村優は苦笑いした。

「まあ、いいわ。他の子に頼むつもりだったけど、大好きな彼氏の顔を見たら、すぐ元気になると思う。ということで、あなたたちに任せてみようと思います。終礼の後に封筒渡すから、持っていってね♪」

「かかかかかっ、彼氏なんかじゃないから!」と職員室の中で慌てて否定する加村優の前で、杠叶彩はクスっと笑う。

「そうやって、交際を否定するの怪しいなぁ。まあ、いいわ。加村くん、松葉さんの家の住所、分かる?」

「えっ、なんで……俺に聞くんだ?」

「休日におうちデートでもしているのかと思って」

「いや、分からないな」と優のフリをした芽衣が誤魔化す。そんなウソを信じた杠叶彩は首を縦に動かした。

「そうなんだ。じゃあ、封筒の中に住所と簡単な地図、入れとくから。それと、保健室からマスク拝借しとく。お見舞いに行くんなら、必須アイテムだからね!」



 

「この辺りだと思うんだが……」

 放課後、杠叶彩から渡された地図を右手に持った福坂徳郎が住宅街の中で、キョロキョロと周囲を見渡した。その隣で、加村優の姿の松葉芽衣は、徳郎が持ってい地図を覗き込み、右側を指差した。

「赤い屋根が目的地だってさ。あっちの方、見て」

 そう幼馴染に促され、顔を上げた徳郎が右に視線を向ける。その先には、赤い屋根の一軒家があった。

「ああ、あそこみたいだな。じゃあ、行くか!」

 住み慣れた家に誘導できた芽衣が優の姿で深く息を吐き、一歩を踏み出した。


「あっ、ホントに松葉って表札が出てるぞ! ここが松葉さんの家で間違いないみたいだな! じゃあ、優。インターフォン鳴らしやがれ!」

 松葉芽衣の家の玄関の前に立った徳郎が隣に立つ加村優の右肩を叩く。

「ホントに俺が鳴らさないとダメか? 別に徳郎が鳴らしてもいいんじゃないのか?」

「優、何を言っているんだ? インターフォン鳴らして、松葉さんの彼氏の加村優ですって言えばいいんだ!」

「だから、まだ付き合ってないから! クラスメイトで勘弁して!」

 慌てて否定しながら、芽衣は優の手でインターフォンのボタンを押した。

「えっと、松葉さんのクラスメイトの加村……」

 そう告げた瞬間、玄関ドアの向こう側からドタバタとした音が響き、数秒ほどで松葉芽衣とよく似た女が顔を出した。


「うわぁ。ホントに来た! どっちが加村くん?」

 ジッと玄関先に現れた2人の男子高校生の顔を松葉芽衣の母親が見比べる。

 それに対して、福坂徳郎は右手で隣にいる優を指差した。

 その仕草を見て、松葉芽衣の母親は目を輝かせる。

「ふーん。そっちが噂の加村くんなんだ。さあ、上がりなさいよ。お見舞いに来たんでしょ?」

「はい。お邪魔します」と口にした優の姿の芽衣はジッと目の前にいる自分の母親の顔を見つめた。

 入れ替わってから今まで一度も会えなかった母親が目の前にいる。

 なぜか懐かしい気持ちになった優の姿の芽衣は思わず、加村優の口を開いた。

「お母さん」

 いつも通りに呼びかけた芽衣はハッとした。その発言を聞き逃さなかった徳郎が隣に立つ加村優の両肩を掴む。


「優、お前、お義母さんって言わなかったか? 義理の母さんと書いて、お義母さんだ。優、お前、いつの間に松葉さんと……」

「だっ、だから、違う。お母さん、松葉さんのって言おうと思ったんだ」

 優の姿で慌てて軌道修正した芽衣に対して、徳郎は優の右肩を強く叩いた。

「お母さん。松葉さんの。なんで倒置法なんだよ!」

「そういう気分だから」

 そんなやり取りを近くで見ていた松葉芽衣の母親はクスっと笑う。

「加村くん。面白い子みたいね。さあ、入って。芽衣の部屋は、2階だよ。その代わり、うつすと悪いから、お見舞いは3分以内でお願いね♪」


 そうして、松葉家に徳郎と共に足を踏み入れた優の姿の芽衣は、封筒の中に入っていた白いマスクを着用した。

 そのままマスクを着用した松葉芽衣の母親に案内され、ふたりは松葉芽衣の部屋に移動する。

 コンコンと目の前のドアを松葉芽衣の母親が叩き、ドアを開ける。

「芽衣、彼氏の加村くんとそのお友達がお見舞いに来たわよ」

 松葉芽衣の母親の呼びかけと共に、2人の男子高校生が部屋の中へと入る。

 その先には、パジャマ姿の松葉芽衣がベッドの上で仰向けで横になっていた。

 その直後、松葉芽衣はベッドの上で上半身を起こし、ドアの近くにいる加村優に視線を向けた。


 咳き込む口元をマスクで覆った芽衣の赤い顔をニヤニヤとした表情で見つめた彼女の母親が豪快に笑う。

「ハハハハッ。うつすと悪いから、3分間だけお見舞い許可しようではないか! 大好きな彼氏の顔を見て、早く風邪を治すが良い!」

 松葉芽衣の母親が娘の部屋から出て行くと、福坂徳郎は手にしていた茶色い封筒を松葉芽衣の元へ差し出す。

「学校から預かってきたプリントが入っている」

「ああ、あっちにある机の上に置いといて」

「分かった」と短く答えた徳郎が近くに見えた学習机に向かい、一歩を踏み出す。

「ゴホッ、それにしても、お見舞いに来るとは思わなかったよ」

 芽衣の姿の優が咳き込みながら、お見舞いにやってきた加村優に視線を向ける。

「あなただけの体じゃないんだから、気を付けなさい」

 優の姿の芽衣が重なりそうになる視線を逸らす。

 そんな優の発言を聞き逃さなかった徳郎は封筒を机の上に置き、イッキに幼馴染との距離を詰めた。

「お前ら、いつの間に妊娠したんか?」

 驚きの表情になった福坂徳郎の前で優の姿の芽衣が慌てて両手を左右に振る。

「だから、そういう意味じゃないんだ! 信じてくれ!」


 そんなやり取りを芽衣と入れ替わった優は微笑ましく見ていた。

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