第9話 テスト勉強
加村優と松葉芽衣が入れ替わって初めての月曜日。
福坂徳郎と共にいつもの教室を訪れた加村優は、教室の入り口の前で周囲を見渡した。教室の中には、既に多くのクラスメイトたちがいて、会話を楽しんでいる。
その中から席の前でソワソワとしている松葉芽衣の姿を見つけると、優は徳郎の隣から一歩を踏み出した。
「おはよう。松葉さん」
笑顔で芽衣の姿をした優の前に加村優が姿を見せる。それに対して、芽衣の姿の優は会釈した。
「おはよう」と芽衣のフリをした優が返すと、両目を見開いた福坂徳郎が優と芽衣の元へと駆け寄った。
「マジかよ。優。お前、スゴイな! 優から松葉さんに話しかけるなんて、スゴイことだ!」
「徳郎、挨拶したくらいでオーバーだ」と優の顔をした芽衣が苦笑いすると、徳郎は優の両肩を優しく掴み、ジッと幼馴染と視線を合わせる。
「優、俺は嬉しいんだ。先週までウジウジ悩んで松葉さんと挨拶すら交わしてこなかったお前が、今日、俺の目の前で挨拶した。それはスゴイことなんだ!」
「やっ、やればできるからな」と優の口で呟いた芽衣が目の前に飛び込んでくる徳郎から視線を逸らす。
それから芽衣は、優の顔を右に傾ける。
「えっと、松葉さん。放課後だけど、期末試験勉強会するから。場所は後程、お知らせします」
「おっ、スゲェ! 優が、先週の俺のアドバイスを参考にして、松葉さんを期末試験勉強に誘いやがった!」
大袈裟に驚く徳郎の隣で加村優は苦笑いして、「ああ」と呟く。そのあとで徳郎は笑顔で両手を1回叩いてみせた。
「悪いが、俺はその勉強会に参加しないから。優、松葉さんとふたりきりで試験勉強して、赤点回避してこい!」
「ああ、赤点回避ね。松葉さんと勉強したら余裕なはずだ。本気の加村優を見せてやるから、覚悟しとけよ!」
そんな会話を近くで聞いていた松葉芽衣の姿の加村優は動揺して、目を泳がせた。
いつもと同じ受け身な態度なのに、初恋の相手と試験勉強をすることになった。
それもふたりきりで。
なぜと松葉芽衣の頭にクエスチョンマークを浮かべた優は芽衣の席に腰を落とし、元の自分の顔に視線を向ける。
「誘ってくれて嬉しいけど、なぜあなたとふたりきりで勉強会を開催しないといけない?」
「おっと、誘ってくれて嬉しいって言ったぞ! 優、良かったな。少しだけ意識されてるっぽいぞ!」
「徳郎、少し黙って」
「福坂くん。少し黙って」
芽衣と優の声が重なり、福坂徳郎はクスっと笑った。
「お前ら、息ピッタリだな。俺は邪魔みたいだから、自分の席に戻ってるぜ」
豪快に笑う福坂徳郎の後姿がふたりの元から遠ざかっていき、加村優の姿の芽衣はジッと元の顔を見つめた。
「兎に角、放課後、すぐに帰らないでよ!」
そして、迎えた放課後。加村優の姿の松葉芽衣は両手を部屋の天井に向け、伸ばした。一方で、芽衣の姿の優は目を点にする。
「うーん。やっぱり、この部屋が1番落ち着くわ」
「どこで勉強会するのかと思ったら、松葉さんの家かよ!」
「ああ、このベッドの柔らかさ、最高だよ。やっぱりいいね。ホントの自分の部屋!」
松葉芽衣が加村優の体のままでベッドの上に寝ころんだ。
そんな芽衣に対して、優は芽衣の顔を赤くした。
「俺が松葉さんのベッドの上で寝転んでるみたいに見えるから、やめてほしい」
「別にいいじゃない。中身は松葉芽衣なんだから!」
「見た目は加村優だからな!」
優が芽衣の口でツッコミを入れると、芽衣は優の体をベッドから起こす。
「そうそう。今日、お母さん遅番だから、この家にいるのは私だけ。だから、都合がいいの。今なら、周りの目を気にせず、松葉芽衣になれるから。あっ、試験勉強は毎日やるから。今日は私の部屋だけど、明日からは学校の図書室でね♪」
「そんなことより、なんで試験勉強会なんてやろうと思ったんだ?」
素に戻った松葉芽衣の意図が分からず、優は芽衣の首を傾げた。
それに対して、芽衣はカバンからノートを取り出し、机の前に置き、広げてみせた。
「昨日マジメに試験勉強してみて、気が付いたことがあるの。今の私の見た目は加村優だけど、頭脳は松葉芽衣のままみたい。いつも通り、問題をスラスラと解けたから、間違いないと思う」
「ああ、松葉さん。俺の体でマジメに試験勉強してたんだな。俺なんか、試験勉強なんか忘れて、昨日はゴロゴロしてた」
「そうでしょうね。昨日、マジメに試験勉強してたら、福坂くんがビックリしてたから。ということで、加村くんは、今度の期末試験で全教科95点以上を取っていただきます!」
「はい?」と松葉芽衣の声を出し、目を点にする加村優に松葉芽衣が詰め寄る。
「だから、いつも通り、全教科95点以上キープしといてね♪」
「いつも通りって言われてもな。俺は60点以上取ったことないんだが……」
「入れ替わった所為で、成績下がったら許さないから!」
「理不尽だ!」と優が芽衣の頭を抱える。
「まあまあ。そのための勉強会なんだからね。私と一緒に勉強して、全教科95点以上を目指し、松葉芽衣としての名誉を守る。今度の期末試験は、そんな大切な試験なんだよ! あっ、この加村優の体で今の加村くんに勉強教えてたら、周りから赤点常習犯の加村くんが成績優秀な松葉芽衣に勉強を教えてるように見えるね。だったら、試験範囲の問題集を一緒に解いて、お互いに問題集交換して丸を付けあう。そんなやり方で行きましょう!」
「まあ、いいか。あの松葉さんと一緒にテスト勉強できるんだからな」
「えっと、何か言った?」と松葉芽衣が優の表情を不思議そうなものに変え、元の自分の顔を覗き込む。
「いや、何でもないから。兎に角、全教科95点以上取れたら、松葉さんが喜ぶんだよな? だったら、マジメに勉強する!」
「さて、あまり時間ないし、まずは数学から。問題集の30ページ、開いて!」
加村優と松葉芽衣。ふたりきりの試験勉強会は2週間続く。
そして、期末試験終了から数日後、杠叶彩は採点済みの答案用紙を教卓の上に置き、教壇の前で教室内にいる生徒たちを見渡した。
「それでは、化学の期末試験答案用紙を返却します。その前に重大発表です。なんとぅ、このクラスの中で、地獄の夏休み補修&80点取るまでエンドレス再試験に参加する生徒は……」
緊張の空気が教室内に漂う中で、杠叶彩は教卓をバンと叩く。
「……いませんでした。みんな、おめでとう! 補修のない楽しい夏休み、カミングスーンなのです!」
明るい表情でウインクしたまま、右手でピースサインを作った担任教師が緊張した空気を破壊した。教室の中から笑い声が漏れると、杠叶彩は咳払いする。
「ゴホン、では、出席番号1番……」
マジメな表情に戻した杠叶彩の呼びかけで、答案用紙が返される。
「やっぱり、スゴイよ。松葉さん。全教科95点以上だ!」
杠叶彩による化学の期末試験答案用紙返却が終わった後の休憩時間、松葉芽衣の席の前まで移動した加村優(中身は松葉芽衣)は机の上に置かれた芽衣の答案用紙を覗き込み、ビックリした表情を見せた。
「これくらい当たり前だよ」と芽衣のフリをした優が胸を張る。
その一方で、優は芽衣の顔をホッとしたような表情にした。
「それにしても、スゴイな。あの優が全教科90点以上の優等生に急成長するなんて」
ビックリした表情の福坂徳郎がふたりに近づく。それに対して、芽衣は優の顔で笑った。
「松葉さんの教え方が上手いからだ」
まさしくその通りだと優は心の中で頷いた。
自分と入れ替わってしまった芽衣と一緒に勉強しなかったら、こんなスゴイ点は取れなかった。
そう思いながら、優は心の中で手を合わせた。
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