第8話 想いを叫ぶ
「本日未明、東京湾で船に乗せられた男性の遺体が発見されました。警視庁は遺体の身元を東京都在住の
福坂徳郎と榎丸一穂から離れていった松葉芽衣は、路上に立ち止まり、加村優の隣でスマホを取り出し、動画サイトにアップされていたニュース映像を目にした。
そこに映し出されているのは、本日未明に殺害されたという暴力団員幹部らしき男。その顔はあの時、あのブレスレットを落としていったあの男と同じ。
「あのあとすぐに殺されてたみたいだな」
芽衣の顔をした優が元の自分の体との距離を詰め、芽衣が手にしているスマホを覗き込む。
「はぁ」と息を吐き出す優の青い顔を芽衣がジッと見つめた。
「大丈夫? 今日は帰った方がいいと思うんだが……」
「……そうするつもり。じゃあね。松葉さん」
優の顔で無理をして笑顔を作った松葉芽衣が右手を左右に振る。
不安が宿った自分の顔を向き合った優は、自分に背を向けた芽衣を呼び止めた。
「ちょっと……」と優が芽衣の口で言いかける声を無視して、加村優の背中が松葉芽衣の元から遠ざかっていく。
それから、すぐに松葉芽衣の自宅に戻った加村優はリビングのソファーに座り、スマホを握り締めながら、溜息を吐き出した。
壁にかけれた時計が午後4時を指し、ボーっと垂れ流されているテレビに視線を向ける優の頭には、不安そうな自分の顔が浮かび上がっていた。
「やっぱり、独りにして良かったのか? あのままどこかに遊びに行って、気を紛らわせた方が良かったのかもしれない。でも、無理して楽しそうに過ごしても、つまらない。ああ、なんで、あの時、気の利いたことが言えなかったんだ!」
誰もいないリビングの中で考えていることを吐き出した瞬間、加村優のスマホが振動を始めた。
画面に視線を向けた芽衣の目に、松葉芽衣という文字が映し出される。
慌てて着信ボタンをタッチすると、芽衣の耳に優の声が届いた。
「松葉さん。ちょっと、いいかな?」
「ああ、いいけど、今、どこにいるんだ?」
「毛利荘のあなたの部屋の中。まだ福坂くんは帰ってないみたい。そっちは?」
「松葉さんの家のリビングだ。帰ってきたら、買い物してくるっていうお母さんからのメモが残されてた。杠先生も不在だな」
「そうなんだ。じゃあ、まずは、ごめんなさい。これから、ウチのお母さんと叶彩さんと仲良く暮らしてね。もう、あなたは松葉芽衣として自由に生きていいから」
「ちょっと、何言ってるんだ?」
加村優の声で伝えられる松葉芽衣の真意が分からず、加村優は芽衣の眉を潜めた。
「ごめんなさい。もうイヤなの。どうしたら戻れるのか分からなくなった。一生、このままなんて、耐えられるわけないじゃない!」
自分の悲痛な叫びを聞き、加村優は松葉芽衣の目を伏せた。
「だからと言って、そんなの間違ってる!」
そんな声は、彼女の耳には届かない。松葉芽衣は、窓から空を見上げ、悲しそうに涙を浮かべる。
「大丈夫。スマホを遺品として引き取ってくれたら……」
このままではマズイと焦る芽衣の耳に、遠くから徳郎の声が届いた。
「ただいまって、優。今、遺品って言わなかったか? それにお前、その顔、どうしたんだよ! 思いつめたような暗い顔しやがって!」
スマホ越しに本気で心配する幼馴染の声を聴き、優は芽衣の頬を緩めた。
「だから、何でもないって」
スマホを右手で握ったまま、加村優の姿の芽衣が視線を後方に向ける。その先には、ルームメイトの福坂徳郎の姿があった。徳郎は心配そうな表情で、優の元へと歩みを進める。
「優、お前がそんな顔するの初めてみたぞ! まさか、あれから松葉さんに告って、フラれたのか? それで自分がイヤになっているんだ。そんなのお前らしくない!」
優の両肩を優しく掴んだ徳郎が、追いつめられている幼馴染の顔をジッと見つめた。それに対して、優は視線を逸らす。
「うるさいな。今の気持ちなんてわかってないクセに!」
「ああ、分からねーよ。一度フラれたくらいでなんだ! 松葉さんが優のことを好きになってくれるまで、何度も挑戦すればいいんだ! そもそも、いきなり告ろうとしたのがダメだったんだ。まずは、友達から少しずつ関係を深めていけばいい」
スマホで優と徳郎のケンカを聞き、芽衣の姿の優は恥ずかしくなり、頬を赤く染めた。
「優。お前に足りないのは、勇気だ。やらなくて後悔するより、やって後悔した方がいいんだ!」
「松葉さんが優のことを好きになってくれるまで、何度も挑戦すればいいんだ!」
幼馴染の声を心に響かせた優は芽衣の首を縦に動かした。
このままだと後悔する。そう思った優は芽衣の手でスマホを右手で握り締めた。
「もしもし。電話中にケンカしないでよ。えっと、福坂くん。それと加村くん。あなたに生きていてもらわないと困るから!」
誰もいないリビングの中で、優の想いが爆発する。その瞬間、静かにリビングのドアが開いた。後方から視線を感じ取った優は芽衣の体を振り向かせる。
その先には、杠叶彩と加村優にとって見知らぬ胸の大きな女性がいた。杠叶彩の右隣で欠伸をする40代前半くらいの見た目の女性は、どこか松葉芽衣と似ている。
誰だろうと疑問に思いながら、優は咄嗟にスマホの通話を切った。
「ただいま。愛が重い芽衣ちゃん」
ニヤニヤと笑う杠叶彩の前で松葉芽衣の姿の優が首を傾げる。
「おかえり。叶彩さんと誰だっけ?」
「芽衣。忘れるなんて酷いわ!」
ショックを受ける謎の女性の右肩を叶彩がポンと優しく叩く。
「おば様。拗ねてるだけですよ。お母さんと中々会えないから」
「そうね。きっとそうだわ」
杠叶彩の隣にいるのは、松葉芽衣の母親らしいと認識した優は、ジッと母の顔を見つめた。
「えっと、ママ、夜勤明けで寝てたんだよね? もしかして起こしちゃった?」
昨日、芽衣が言っていたことを思い出しながら、芽衣のフリをした優が母親を気遣う。
すると、松葉芽衣の母親は、なぜか両手で頭を抱えた。
「うわぁ。いつもはお母さんって呼んでくる芽衣が、ママって呼び出した! 距離を取ろうとしているんだわ」
「おば様。拗ねてるだけですよ。お母さんと中々会えないから」
「そうね。きっとそうだわ」
この件を何回繰り返すのだろうと芽衣の顔で苦笑いした後で、芽衣の姿の優が叶彩の前で首を傾げた。
「ところで、叶彩さん。いつからいたの?」
「今、帰ってきたんだよ。それにしても、気付かなかったなぁ。芽衣ちゃんが加村くんのことが好きだったなんて。そんな素振り、学校でも見たことないのに」
「だから、それは……」
答えに困る芽衣との距離を、杠叶彩はニヤニヤと笑いながら、詰めていく。
そんな娘の顔をジッと見つめた松葉芽衣の母親は、叶彩の隣で首を捻った。
「ところで、加村くんって誰? 同じ学校の男子ってことはなんとなく分かるんだけど」
「ウチのクラスの男子ですよ。気づかない間に付き合いだしたみたいです」
「あら、初めての彼氏? すごく気になるわ」と松葉芽衣の母親が目を輝かせる。
「あなたに生きていてもらわないと困るって? 芽衣ちゃん。重い。重すぎるよ。その愛」
芽衣の顔で苦笑いした優のスマホが右手の中で震える。その瞬間、優のスマホに
松葉芽衣の名前でメッセージが届いた。
「覚悟を決めました。あなたは松葉芽衣として。私は加村優として。お互いに入れ替わっていることを隠しながら、普段通りに学校に通いましょう」
どうやら自殺願望はどこかに吹っ飛んだらしい。
そう思った優は芽衣の頬を緩めた。
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