第7話 俺の幼馴染には、年下の彼女がいるらしい。

 2人の高校生がカラオケボックスの近くにあるコンビニの自動ドアを潜り、駐車場に足を踏み出す。

 コピーした探すべき男の似顔絵を握った優の隣で芽衣は優の首を縦に動かした。

「じゃあ、さんはコンビニの右側で聞き込みして。わた……俺は反対側を探してみるから。何か分かったら、逐一、スマホに連絡! 午後5時にあの公園集合!」

「ああ、そうす……」と言いかけた瞬間、優は芽衣の目を大きく見開いた。

 元の自分の驚き顔を目にした芽衣が首を傾げる。

「どうかした?」

「ああ、前の方、よく見て。徳郎が知らない女と歩いてる!」

「えっ?」と驚きながら、芽衣は優の顔を前方に向けた。

 すると、コンビニの前をシマシマ模様の半袖Tシャツにジーパンを履いた福坂徳郎が黒髪ショートカットの少女の右隣を歩いている光景が、ふたりの目に映り込む。

 徳郎の隣を歩いている少女は、白いワイシャツの下に青いショートパンツを履き、白衣のような薄手の白い上着を羽織っていた。


「そういえば、今日はどこかに出かけるって、言ってたなぁ。福坂くん」

 ボソっと思い出したことを芽衣が優の口で呟く。

「っていうか、あの子、誰だ? あんな子、徳郎の友達にいたか? 徳郎には妹もいないし、親戚にもいなかった気がする」

 幼馴染の親友の隣を歩く名も知らぬ女の子のことが気になった芽衣の姿の優が首を捻る。

「そういえば、加村くんと福坂くんって幼馴染なんだっけ?」

「ああ、保育園から一緒だったから、気になるんだよ。もっと近くであの子の顔が見て見たい」

 そんな興味津々な自分の声を聴き、芽衣は優の右手を斜め下に降ろした。

「待って。今のあなたが聞いたら、変に思われるでしょ? あの子のことは忘れて、また今度、福坂くんに聞いとくから」

 声を潜めた優が芽衣の耳元で囁くと、コンビニの前を通りすぎようとしていた福坂徳郎が立ち止まった。


「あれ? 優、こんなところで何やってんだ?」

 コンビニの前に幼馴染がいることに気が付いた徳郎が、優たちの元へ右手を挙げながら、歩みを進める。その後ろを福坂徳郎の隣を歩いていた少女が歩いた。

「ああ、徳郎。このコンビニで買い物しようとしたら、偶然、松葉さんに会ったんだ」

 優のフリをした芽衣が右隣にいる松葉芽衣に視線を向ける。

「優、下手なウソだな」

「えっ?」と徳郎の一言に優と芽衣は、ふたり揃って驚き、目を丸くした。

「優とは、結構付き合い長いからな。一目見ただけで分かった。優、お前……」


 入れ替わっていることがバレている?


 こんな不思議なことを信じてくれるわけもなく、変な子と思われてしまう。


 イヤな予感が芽衣の頭を過り、優の顔に冷や汗が浮かび上がった。


「優、お前はコンビニで松葉さんに偶然会ったわけじゃない。ここで松葉さんと待ち合わせをしていたんだ!」

 優の幼馴染がドヤ顔で言い放つと、芽衣は優の胸をなでおろした。

「もう、何を言い出すかと思ったら……」

「優のことなら、何でも知ってるからな。それにしても、驚いたよ。まさか、あの優が松葉さんとデートする日が来るなんてな」

「デートじゃないから!」

 優と芽衣が口を揃え、否定する。そんなふたりのリアクションを見て、徳郎がクスっと笑う。

「松葉さんも優と同じこと言うとは思わなかった。結構、お似合いのカップルかもな」

「あっ、松葉さん。久しぶり!」

 徳郎の背後から黒髪ショートカットの少女がふたりの顔を覗き込む。

 その声を聴いた芽衣(中身は優)は「えっ」と声を漏らし、視線を右隣にいる優に向けた。



「そのキョトンとした顔、もしかして、覚えてないのかな?」

「えっと、誰だっけ? 覚えてないんだけど」

 思い出そうと頭を抱えるフリをしている芽衣の前で、松葉芽衣の知り合いらしい少女は、溜息を吐き出す。

「榎丸一穂ですよ。去年の夏、ウチの病院に入院してたでしょ? それにしても、フクロウさんと行動してたら、松葉さんと再会できるなんて、スゴイ運命だと思うのさ」

「ふっ、フクロウさん!」

 自分よりも年下な少女の呼び方に呆気に取られた芽衣(見た目は優)の前で、徳郎は背後を振り返り、少女と視線を合わせた。

「アカウント名で呼ぶのやめてくれないか? ハズいから、俺の親友とその彼女の前では、福坂さんって呼んでくれ!」

「SNS上の知り合いは、本名ではなく、アカウント名で呼び合うのがマナーだって、ウチの病院に入院中の女子高生さんに教えてもらったんだけど、まあ、いいや」

「えっと、この子は、福坂……くんの彼女じゃないの?」

 芽衣の姿の優が慣れない呼び方で徳郎に尋ねる。すると、徳郎は頭を掻いた。

「だから、この子は俺の彼女なんかじゃなくて、ただの……」

「SNSで知り合ったプリン愛好家友達の、エノキタケです。あっ、本名も言っちゃった」

 徳郎の言葉をエノキタケと名乗る少女、榎丸一穂が続ける。

 

「エノキタケって」

 優の口で呟いた芽衣が笑い声を吐き出した。

「ウチの病院に入院中の女子高生さんに名付けてもらったんだから、笑わないでください!」

 唐突に声を出し、両手を叩いた徳郎の連れの少女は、視線を芽衣に向けた。

「そういえば、さっきから気になっているんだけど、ウチの病院ってどういうこと?」

 優が芽衣の首を捻ると、徳郎は首を縦に動かし、声を潜めた。

「ここだけの話、エノキタケさんは、榎丸病院の院長先生の一人娘らしいんだ」

「今もこの近くで私に危険が及ばないように、仕様人さんに監視されてるのさ。聞く話によると、フクロウさんは関東大会優勝するほどの空手の達人らしい。私専属のボディーガードとして採用したいよ」



「あまり、年上をからかわないでほしいな。それにしても、スゴイ金持ちだな。エノキタケさん」

 照れた福坂徳郎が褒めると、榎丸一穂は頭を掻く。

「小野寺グループのお嬢様の方が、スゴイから」


「ああ、去年の冬休みに、その小野寺グループのお嬢様が学校説明会に来て、緊張したって、杠先生言ってた」


 優の姿の芽衣が思い出したように呟く。そんな幼馴染と顔を合わせた徳郎は、思わず首を捻る。


「そんなこと、言ってたか? っていうか、なんで超が付くほどの資産家令嬢が、あの学校の説明会に参加したんだ?」


 腑に落ちないような表情の徳郎の隣で、榎丸一穂が頷く。


「あの子、ちょっと訳があって、庶民が通う中学校に通っているんだよ」



 そんなふたりの会話を近くで聞いていた優は芽衣の右手を優しく掴んだ。

 唐突に手を繋がれ、芽衣の頬が赤く染まる。

「榎丸さん。これからふたりで行かないといけないところがあるので、失礼するよ」

 この場から逃げようとする意図を認識した優が芽衣の右手を左右に振る。

「じゃあ、またね」

「あっ、その前に聞きたいことがあるんだが、優が今持ってるその紙、なんだ?」

 徳郎に呼び止められ、優の体が立ち止まる。

「えっと、ちょっと訳があって、この人を探しているんだ」

 そう言いながら、加村優は福坂徳郎に似顔絵を渡した。

 すると、徳郎は眉を潜める。同じように、徳郎の右隣で似顔絵を覗き込んだ、榎丸一穂は、「あっ」と声を漏らした。


「そのリアクション。まさか、この人とどこかで会ったの?」

 心当たりがありそうなふたりの元に松葉芽衣が駆け寄る。

 それに対して、福坂徳郎は首を捻った。

「さっきまで、この近くにあるカフェでプリンを食べてたら、テレビのニュース番組が流れていたんだ」

「昨晩、こんな顔の男の遺体が発見されたって」

「えっ」と驚き、加村優が手にしていた似顔絵をコンビニの駐車場の上に落とす。

 呆然とする元の自分の顔を、優は近くで見ていた。


 

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